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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第十二話  決戦当日

 朝日がゆっくりと海の向こうから顔を出し、世界に光が溢れ出す。

 七月初旬、雲も少なく良く晴れるであろうこの日、人々はそれぞれの思いを胸に徐々にその意識を取り戻す。

 ある者は、頂点を獲るという夢の足がかりとして。ある者は、愛する人に纏わりつく虫を叩き落す為。ある者は、迷う心を振り切れず、単なる惰性の為。そしてある者は、己の想いを成就させんが為。

 その熱量も、賭ける思いも様々に、しかし誰にも平等に今日という日はやって来る。

 開幕まで、後数時間。遂に運命の、高天試験開催日――。


「さあ、どうなるかな」


 朝焼けの中で、魔法使いが静かに笑った。


 ~~~~~~


 ざわざわと、数え切れない程の人間が波打ちざわめき、第三模擬戦場という名の会場を埋め尽くす。手続きを終え、一箇所に集められた高天試験の参加者達は、皆これから始まる試験について様々に議論を交し合っていた。

 既に参加者の受付を締め切った今になっても、未だ試験の内容に関しては一切説明が無い。確かに去年までの試験も内容の公表は遅かったが、それでも流石に前日までには情報が出されていたものだ。それがまさかこの段階になっても尚欠片も開示されないなど、前代未聞にも程がある。

 去年は万を超えていた参加者が、今年は六千人程しかいないと言えば、その重大さが分かるだろうか。いかにお祭りのような行事とはいえ、内容も分からない試験に参加しようとは中々思えるわけがない。それでもこれだけの参加者が集まる辺り、何だかんだで皆暴れたいのか、それとも単に評価が欲しいだけなのか。

 どちらにせよ、去年までの試験に比べれば小さなものになる――という考えは、些か以上に早計だ。何せ今年は、三学年合同試験。一学年三~四千人だった昨年と比べれば、実に二倍近い生徒が一つの試験で争うのである。単独規模という点で言えば、過去最高といっても過言では無い。

 そんな、無駄に大きくなった試験の内容がまさにこれから、皆に発表されようとしていた。会場に備えられたスピーカーから雑音が飛び、しかしすぐに消え、若い女性教師の声が取って代わって鳴り響く。


『あー、あー、大変お待たせしました。これより皆さんに、今年度の高天試験、その内容を公表いたします』


 ピタリと、会場中が静かになる。誰もが口を噤み、スピーカーから聞こえる声に耳を澄ます。そしてそれは、此処以外の場所から見ている者達も変わらない。

 高天試験は、期末テストの終わりを祝う祭りの意味も籠めたイベントの為、皆で楽しめるようにその様子が学園各所に中継される。それは例えば寮や食堂のテレビという小さな領域から、学内ネットワークを使ったネット配信、そして各模擬戦場での魔法を利用した超大型スクリーン投影まで、多岐に渡る。学内の者ならば、誰でも自由に試験を観戦することが出来るのだ。

 とはいえ、参加者達と違って外野は実に気楽なもので。お菓子やジュースを片手に、友人とやんややんやと騒ぎたてながら見るのが通例となっていた。最も、参加者達にしたところで誰もが真剣に試験に臨んでいるわけでもないのだが。

 そんな半分真剣、半分お祭り気分な参加者達の無言の急かしに応えるように、スピーカーは更に音を吐き出し続ける。


『今回の、高天試験の内容は……』


 内容は? と固唾を呑んで待つ聴衆達をたっぷり五秒は焦らした後、


『障害物競走になります!』


 大きな声で、そんな子供染みた内容が大々的に発表されたのであった。


 ~~~~~~


「障害物競走ねぇ。まあ、その字面とは違って内容は、結構本気のレースみたいだけど」


 一通り競技についての発表・説明が終わり、ざわつく周囲を見渡しながらリエラはぼやくように呟いた。

 最初に障害物競走だと聞いた時は運動会で行われるようなものを思い浮かべ、何だそれはと思ったものだが、詳しく内容が開示されていくにつれて、その印象は大きく様変わりすることを余儀なくされた。

 何せ高次元の実力者(公表はされなかったが、恐らくはナインテイカーが関わっているのではないかとリエラは疑っている)の協力により次元を歪めて作った巨大なスペースに、専用のコースを作り、誰が一番早くゴールに着くのかを競う試験だというのだ。

 コース中には参加者を阻む幾多の障害物が用意されており、それらを越えていかなければならないのだという。しかも、他の参加者を攻撃して蹴落とすことも容認されている、どころか推奨されているというのだから、これはもう単なるレースでは無い。

 戦争である。六千を超えるテイカー達が覇を競って争う、サバイバルである。いかに上手く抜きん出て、いかに上手く障害をかわし、いかに上手く落とされないよう立ち回るか――速さは勿論のこと、戦闘力や場を見極めての戦法の構築など多様なスキルが高いレベルで備わっていなければ、一位を取ることは難しいだろう。

 なる程確かにこれならば、テイカーの実力を測るに申し分ない試験だ。加えて、競技自体の見世物としての側面も十分。おまけだと言いながら、学校側もそれなりに考えているらしい。


『え~、ちなみに補足ですが、今回の試験における『障害』は、基本的にどのような越え方をしてもらっても構いません。正面から力づくで突破するもよし、身を隠して通過するもよし、奇策を用いて抜けるもよし。究極的に言えば、無視して下さっても結構です。た・だ・し!』


 スピーカーから聞こえる声に、力が入った。皆が、疑問気に眉を顰める。


『最後の障害に関してだけは、無視して通ることは許されません。これだけは必ず、皆さんの実力で打倒してから突破して下さい。それが、このレースに置いてゴールする為の、唯一の限定条件になります』


 何だそんなことか、と辺りは一様にほっとしたような空気に包まれた。実際そんな条件でもなければ、一部の速度特化、或いは空間跳躍などの移動手段に特化した参加者以外はまるで勝ち目がなくなってしまう。

 コースは相当に長いらしく、おまけに転移魔法についても一定の対策はなされているらしいので、そう簡単にいかないようになってはいる。が、それでも有利に違いは無いそれらの者達に対する逆転の目を残す為、必ず阻まれる障害というのは必須だろう。

 そう、ほとんどの者達は楽観的に考えていた。最終関門の内容が謎のままなのだから、当然の反応である。

 しかしそんな群集の中にあって、嫌な予感というものを敏感に感じ取っている者もいるわけで。リエラは正に、そんな『感じ取った者』の一人であった。


「……なんだろ。急にゴールがものすごく遠いもののような気がしてきた」


 そう、それはまるで、模擬戦でレストを相手にした時のような――


「いやまあ、今から考えていてもしょうがないか。まずはその最終関門まで辿り着くことを考えないと」


 頭を振って、嫌な予感を振り払う。これから六千人に及ぶ敵の真っ只中を抜け、仕掛けられた幾つもの障害を踏破し、レースを攻略していかなければならないのだ。実力者も多く居る、余計なことを考えている余裕は無い。が、


「はぁ。何かあんまり、気乗りしないな」


 思わず、リエラは溜息を吐いていた。別段、試験の内容自体に不満があるわけでは無い。ただ、ここ数日の陰鬱とした空気や出来事、それによって気落ちした彼女の心が、レースに対する気概というものを底辺にまで減少させているのだ。


(そんなに張り切らなくても良いかなぁ。それよりも、綾香と副会長の方に気力を割くべきかも。どうしたら良いんだろう、あの二人)


 そんなことまで考えてしまう。いつも通りならば張り切って一位を狙いに行くのだが、どうにも今はやる気が出ない。

 どうせ全校生徒(特にレスト)が参加しているわけでも無いから、勝った所でこの学園の一番になれるわけでも無いし。そんな風に適当に折り合いをつけ、そこそこで行こう、と結論を出しかけて、


「浮かない顔だな」


 堅く厳つい声に、伏せていた顔を上げた。

 いつの間にやら隣に、男が立っていた。頑強な筋肉で全身を覆った、岩のような大男。二メートル近い身長のその男は、同い年とは思えない程老けた中年男性のような渋い顔に付いた鋭い双眸で、此方をじっと見下ろしている。


「あんた……古賀、荘厳そうげん

「覚えていたか」

「そりゃね。自分を、それもあんな劇的に負かした奴を、忘れるわけないでしょ」


 少年の名は、古賀荘厳。以前リエラと決闘し、その場で魔導真機の使い手として目覚めたことで彼女を打ち負かした、大斧型の魔導機と重力を操る実力者だ。

 リエラにとってはレスト同様、何れ倒さねばならぬ強敵ではあるのだが……元より関わりが無かったこともあり、決闘以来ほとんど出会う機会も話す機会もなかった相手である。

 幾ら上の空だったとはいえ、始めからこの巨体が隣に居たのならば流石に気付いているだろう。詰まり彼は、わざわざ此方の隣にやって来て声を掛けた、ということになるのだが。


「一体何の用?」


 正直、心当たりは何一つ無い。リエラからすれば倒すべき敵でも、彼からすれば既に負かした相手だ。とっくに忘れられていてもおかしくない、とすら思っていたのだが。

 そんな此方の疑問に彼は、その大木のように太い両腕を組んで、


「一つ、言いたいことがあってな」


 そう、答えた。

 言いたいこと? と更に疑問を深めるリエラに、荘厳は視線を前に戻し続ける。


「お前はそんなに、賢い人間か?」


 むっ、とリエラの表情が変化する。


「馬鹿にしてるの?」

「いいや。ただ……小難しいことで悩むのは、お前にとって正解かどうか、という話だ」

「小難しい、こと」

「そうだ。お前らの事情など、俺は知らん。が、少なくともお前がうだうだと考えるより突撃する方が向いているタイプだ、ということは分かる」


 荘厳の表情は、ぴくりとも動かない。ただじっと、前だけを見続けている。


「中途半端でいることは気に入らない。お前は、そういう性質の人間のはずだ。違うか?」

「……違わない」

「ならばこの試験に臨む心も、どちらかはっきりつけろ。初めから参加しないか、もしくは一位を絶対に取りに行くか。余計な悩みなど、その炎で燃やし尽くして、な」


 言葉は、驚くほど素直に胸の内に入り込んできた。

 リエラの心に、小さな火が灯る。


(……私は、何を悩んで気落ちしていたんだろう)


 その火は徐々に広がって、炎となる。


(そうね。変に遠慮したり、回りくどい手を使ったり――そんなのは、私のやり方じゃない)


 やがて炎は全てを呑み込み、彼女の心を真っ赤に染める。


「ぐだぐだ気を使ってないで、真っ直ぐ切り込むべきだったのね、私は」


 前を向く彼女の瞳には、太陽よりも激しく燃える紅蓮の炎が宿っていた。


「決めたっ。私は、この試験で優勝する。その上で、二人の問題にも思いっきりぶつかってく。それで面倒なことになっても、そんなの私の知ったことじゃない」


 晴れやかな顔で宣言するリエラにはもう、先ほどまでの暗さは欠片も存在していなかった。

 その姿をちらりと横目で見て、荘厳は口元だけで小さく笑う。


「残念だがそれは無理だな。優勝するのは、この俺だ」

「へぇ、良い度胸じゃない。丁度良いわ、この間の雪辱……この試験で晴らしてあげる」


 にやりと笑い、闘志をぶつけ合う二人に合わせるように、スピーカが再び音を吐き出した。


『えーそれでは、十分後に試験開始となります。それまでにトイレや装備の点検など、準備を整え再び此処に集合して下さい。勿論その間に、他の参加者と協力関係を結んでも構いません。ただし、試験開始前に闇討ちするような真似は絶対にしないこと。もししようものなら、試験は即失格、評価も大幅にマイナスとなります。では以上、解散!』


 放送が終わると同時、一斉に喧騒に包まれる第三模擬戦場。そうして各々が試験に向けて、短い時間を有効に使おうと動き出す。

 人の荒波が起きるその中で、互いに背を向けたリエラと荘厳は、別れの言葉の一つも無しに迷い無くその場を離れて行ったのだった。

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