第十一話 希望の可能性
「そういえば」
期末試験の全てが終了した、その直後。午前中で学校も終わりということで、試験から開放された喜びから数多の生徒達が歓喜の声を上げ遊びに繰り出そうとしている、その最中のこと。
他の者達と同じように集まり、しかし他と違ってやけに暗い空気を出している四人組み――その中心人物であるレストは、ふと思い至ったように呟いた。
なんだろう、と他の三人が揃って彼に顔を向ける。が、皆表情は優れない。これは決して、試験が上手くいかず後悔や反省に塗れている、というわけではなく、もっと別のところに原因はあった。
綾香は、ここ数日の礼菜との接触、そしてつい先日の彼女とレストのやりとりの衝撃からまだ立ち直れておらず、また立ち直る希望も見えず。
藤吾は、礼菜と綾香の仲の修復が一向に進まないこと、そして何よりどんどんと積もり行く副会長への思いと彼女が愛しているのは親友のレストだという相反する事実に陰鬱とした思いを抱えて。
そしてリエラは、そんな二人の醸し出す重苦しい空気に当てられ、解決方法はないのかと頭を悩ませて。
それぞれに抱える事情があり、せっかく面倒なテストが終わったというのに、三人共にそれを喜ぶことも出来ず顔を付き合わせる結果になってしまっていた。
唯一無事なのは、気楽に魔法で空中に絵なんて描いているレストのみ。七色に輝く魔力で描かれたおっさん顔の少年の絵は実に見事で、リエラはその少年との因縁も合わせて不機嫌さを倍増、全ての元凶とも呼べる男をぎらりと睨み付けた。
が、鋭い視線を向けられた当の本人はというと、まるで気にした素振りもなく空中の絵画をさっと手を振って消すと、続ける。
「明日は高天試験だが、結局君達は参加するのかい?」
何とはなしに気になった、という態で出された質問に、三人は揃って視線だけを軽く交えて互いの出方を窺い合う。以前ならばこんな他人行儀なことはなかったというのに、ここ数日の間で出来てしまった、悲しい癖だった。
「前にも言ったけど、私は参加するつもりだけど」
こういう時には、一番ましなリエラが先陣を切るのが常だった。これもまた、ここ数日でついてしまった癖だ。
ちらりと、視線で彼女が後の二人を促せば、はっとしたように藤吾が続く。
「あ、ああ、俺も参加するつもりだぜ。あやっちは、どうなんだ?」
そうして、自力では話し出すことすら困難な状態の友人へと問い掛けた。だが彼女は答えることも出来ずに俯き、表情を更に暗くするのみ。
「私……私は……」
高天試験――そのワードを受けた綾香の脳内では今、レストと礼菜のやりとりが鮮明に幾度も幾度も繰り返されていた。
場面が一巡する度に、彼女の心は泥沼の底に沈んでいって――
「出ないのかい?」
愛する師匠の声に、ほんの少しだけ浮き上がり、顔を上げる。
それでも気持ちは晴れることは無く、素直に出ない、と答えを返そうとして。
「そうそう、先程発表されたのだが」
それよりも早く、レストが口を開いた。唇が、動きを続ける。
「今回の高天試験は――」
そうして発せられた言葉は、綾香の心を大きく揺さぶった。
「全学年、一緒に行うそうだよ」
思わず目を見開く綾香を余所に、リエラが純粋な疑問をそのままぶつける。
「え? それって、一年も二年も三年も、区別無く争うってこと?」
「ああ。種目は相変わらず明かされていないが、去年までと違い学年別ではないらしい。中々思い切ったことをしたものだ」
「大丈夫なの、それ? 普通に考えれば、三年生が一番有利なんじゃあ……」
一概には言えないが、常識的に考えれば一年(或いは二年)分のアドバンテージを持つ三年生が、実力的には最も高いはずである。一緒に試験を行えば、上位陣の大半は彼等が占めることになるのは想像に難く無い。
「まあ、それぐらいは良いだろうさ。元よりおまけの試験であるし、それに三年生は卒業も近く今後の為にも少しでも評価が欲しい、という者も多いだろう。多少のハンデは許容するべきだ」
「そうね。それにまあ、所詮は実力勝負。三先生だろうがなんだろうが勝てば良いのよね、勝てば」
にやりと、リエラは笑った。もとよりテイカーの頂点に立つことが目標の彼女にしてみれば、全員一緒くたにして頂点を競う、というルールはむしろ望むところである。
どうにも重苦しかった心に火がつき、やる気を燃やす彼女の隣で……綾香は一つの可能性に思い至り、ぎゅっと拳を握り締め、
「――私も参加します」
「え?」
藤吾は思わず呆けた声を出していた。先程までは明らかに参加する気のなかったはずの綾香が、今は強い想いを宿した瞳で前を見据え、決意も顕に参加を表明する。一体この短い間に、彼女に何があったというのか。
(全学年統合に何かある、のか? 可能性としては……三年生の、副会長?)
そこまでは、予想がついた。が、それ以上の事情を知らない彼では、その先に思い至るわけもなく。わけが分からぬまま、ただひたすらに頭を悩ませることしか出来なかった。
黙ってしまった藤吾と綾香に代わり、リエラが訊く。
「レストはどうなの? やっぱり参加しない?」
「ああ。だから私は、外から君達の奮闘に期待させてもらうとするよ」
言って、心底楽しみそうに笑う。そんな彼に、何だか嫌な予感を抱き顔を顰めるリエラ。
その横で、綾香は静かに思いを馳せる。
(師匠はあの人に、『高天試験で優勝したら付き合う』と言っていました。補助型の私では優勝は無理でしょうが、それでも彼女の妨害位は出来るはずです)
――絶対に、叩き落す。希望を見つけ覚悟を決めた綾香の姿を、目を細めたレストがじっと見詰めていた。




