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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第九話  悩み、戸惑い、逃げ出して

 それからの三日間は、瞬く間に過ぎて行った。

 藤吾が礼菜を誘って度々綾香の前に現れ、怒りに燃える彼女をリエラが宥めることで何とかその場を取り持つ。その繰り返し。

 鍵を握るといっても過言では無いレストが傍観を決め込んでいる以上、至難な道になることは予想通りであったが、それにしてもきついものだった。

 何せ二回三回とそんなことが続けば、綾香もいい加減此方の思惑に勘付く。そうすると今度は此方にまで怒りが飛び火して、恐ろしい威圧感に晒されるはめになったのだ。

 友人の為、という大きな理由がなければ、とうに投げ出していただろう。誰だってこんな胃の痛くなる思いは勘弁である。

 そして何よりきついのが、そうまで努力しても尚何一つ進展というものが見られないことであった。まあやったことといえば二人を会わせて適当に会話に巻き込んで話させようとしただけなのだから、当然といえば当然なのだが。

 いや、一応作戦を練りはしたのだ。だが結局の所問題は綾香側にあり、全ては彼女の心に懸かっている以上、副会長を含めた三人だけで話し合っても限界がある。

 それとなく綾香に礼菜を嫌う原因を聞いてもみたのだが、欲しい回答は返ってこなかった。これでは相変わらずただ意固地になっているだけなのか、それとも何か別の理由があるのか、それすらも不明なままだ。

 副会長も記憶の限りを思い返して悩んでくれたものの、思い当たる節は無いという。正に八方塞がりである。

 ただこの進展の無い三日間で、唯一良かったことがある。副会長が、それなりに上機嫌であるということだった。

 普通ならば何の進展も無い以上、落ち込むものでは無いか? と思うだろう。実際その点について、礼菜は肩を落として落胆を露にしている。

 が、同時に藤吾達と過ごしたこの三日、彼女は何度と無くレストと話し、同じ時間を共有することが出来たのだ。綾香の妨害によってあまり多く話せたわけでは無いし、二人の関係を傍観すると決めたらしいレストは随分と淡白な反応しかしなかったが、それでもこれまでに比べれば格段の接触である。

 彼に惚れている礼菜にとっては、その時間は至福の時であったことだろう。最も、綾香との関係を思えばやはり、手放しで喜べるものではないが。

 そして手放しで喜べない原因が、もう一つ。


「はあ~。このままで良いのかなぁ」


 項垂れる芦名藤吾。彼こそ、その原因であった。

 彼が思い悩むのは礼菜と綾香の仲を修復する方法、では無い。いや、勿論それについても悩んではいるのだが、今彼の心を占めているのはもっと別の部分。


 即ち、礼菜と自身のことであった。


 元々彼が礼菜に声を掛けこの事態の収束を願ったのも、憧れていた彼女と懇意になれたら、とかすかな希望を抱いたことが大きい。彼女の口からレストが、自分以外の男が好きだと聞かされた今でも、その気持ちは変わっていない。いやむしろ、共に過ごすにつれて大きくなっている有様である。

 近くで彼女の声を聞くたび、彼女の笑顔を見るたび、胸が高鳴る。共に次はどうしよう、と考える時間は、不謹慎ながらわくわくして楽しくて仕方が無い。

 憧れが大半であったはずの感情が、少しずつ愛に置き換わっていく感覚。それを自覚していながらも、止めることが出来ない。こんな思いを抱いていても苦しいだけだと、そう分かっているのに変わる心は止まってくれないのだ。


(何とかして、彼女に振り向いてもらえたら……いや、でもその為には)


 あいつを、超えなければならない。レスト・リヴェルスタという、不世出の天才を。

 考えた瞬間に、理性が無理だと悲鳴を上げた。近くで見てきたから良く分かる、あの男がいかに規格外であるか。あの男を超えるということが、困難を通り越して最早不可能であるという事実が。

 容姿でも、学力でも、実力でも、何一つとしてあいつに勝てる要素など持ち合わせていない。性格は、タイプが違いすぎて何ともいえないが、それは逆に言えば彼女がレストの性格を知った上で尚惚れている以上、全く別の性格の己は彼女の好みから外れている可能性が高い、ということを示していた。

 この三日間、共に過ごしていたからこそ分かる現実。九条礼菜は、己を恋愛対象として見ていない。彼女を恋愛対象として見ているからこそ、芦名藤吾はその無情な現実をひしひしと痛いほどに感じ取ってしまっていた。

 幸い、馬が合わないわけではない。慣れて緊張も少なく話せるようになった今の調子ならば、彼女と良いお友達になることは出来るだろう。しかし同時に、それ以上には到達出来ない。

 ならばと、すっぱり断ち切ろうとしても――それで切り捨てられないからこその、愛であり恋なのだ。どうしても心の何処かで思ってしまう、俺にもチャンスは無いのかと。

 遂には、悪辣な手段までもが頭に浮かんできて――


「いやいやいや、何を考えているんだ、俺は」


 慌てて頭を振って馬鹿な考えを追い出した。

 友情を砕いたり、彼女を傷つけるような手段で恋人になれたとしても、意味は無いのだ。胸を張って俺は彼氏だと言うことなど出来ないし、心のもやも晴れはしない。

 ぶつかるならば、真っ直ぐに。しかしその真っ直ぐな道では勝ち目が無いからこそ、こうまで悩んでいるわけで。


「ええいやめやめ、こうして悩んでいても仕方が無い」


 ループしかけた思考を振り切って、ベンチから立ち上がった。ぐっと拳を握り締め、決意を新たにする。


(とにかく今は、二人の仲を直すことが先決だ。全ては、それから)

「あ、藤吾く~ん」


 思考を終えたのを見計らったかのようなベストタイミングで、ゆったりとした声が己の名を呼ぶ。元から良く聞いてはいたが、此処数日で特に聞きなれた、甘く優しいその音色。

 振り向けば、いつものように彼女が手を振って此方に小走りで駆け寄ってきていた。急いで手を振り返す。


「おはよう御座います、副会長!」

「おはよう御座いますぅ、藤吾くん」


 元気よく挨拶を交わすと、共に並んで学園へと歩き出す。彼女に相談を受けて(というか聞き出して)から、学園に行く時はいつもこうだった。

 作戦会議の為にも一緒に登校しませんか、と此方から誘ったのだ。なけなしの勇気を振り絞って提案し、オーケーが貰えた時には、思わず飛び上がって喜んだものだった。


「そうだぁ、藤吾くん」

「はえ? な、何すか?」


 と、その時のことを思い出していて上の空だった藤吾を下から覗き込み、礼菜が笑う。鼓動のギアが二段階は上がり、顔は夕陽よりも真っ赤に染まる。

 狼狽する彼にまた一つ微笑を零し、彼女は続けた。


「藤吾くんはいつも私のことを、副会長、って呼びますよねぇ?」

「え、ええ。副会長は、副会長ですから」

「でもそれって、ちょっと距離のある呼び方だと思うんですよぉ」

「距離?」

「はい~。こうして一緒に登校して、一緒に過ごして……私達ってもう、友達じゃないですかぁ」

「友達、ですか。はは、そう、ですね」


 ズキリと、僅かに胸が痛んだ。しかしそのことにも気付いた様子は無く、無邪気な顔のまま彼女は唇を動かす。


「なのでぇ、出来れば名前で呼んで欲しいな、と」

「な、名前!? それはつまり、九条さん、と?」

「違いますよぉ」


 頬に手を当てた彼女は、ほんの少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめると、


「礼菜、と。そう呼んで下さい」


 見蕩れるほど綺麗な微笑みと共に、そう言った。

 押さえ切れない程に、胸の高鳴りが加速する。鼓動が身体を飛び出て彼女にも聞こえてしまうんじゃないかって、そんなありえないことを考えてどぎまぎしてしまう。


「あ、え、えと……」

「駄目、ですかぁ?」


 残念そうに小首を傾げる彼女の姿を見れば、断りの言葉など出て来るはずが無く。


「わ、分かりました。礼菜、さん」

「はい~。これからもよろしくお願いしますねぇ、藤吾くん♪」


 上機嫌な彼女に、また一つ胸を高鳴らせ。親しくなれた嬉しさと、しかしそれでも届かない空しさを抱えながら、足を揃えて朝日に照らされた道を歩き出す。


 楽しそうに話し合う二人を、校舎の屋上から平淡な瞳が見詰めていた。


 ~~~~~~


 いつものようにチャイムの音が鳴る。けれどそれを聞く生徒達の反応は、いつもとはまるで違って実に悲哀に溢れたものだった。

 それもそのはず、何せ今鳴ったのはテストの終わりを告げる鐘。未だ答えの出ぬ問題を、記入のミスを置き去りに、担当の教師によって無情に幾多の紙束が回収されていく。

 現在お昼の十二時過ぎ。三日に渡る一学期の期末テスト、その一日目が半分終了したところである。これから昼休みを挟んで、午後からは実技関係のテストが予定されている。

 リエラ達のような実戦型のテイカーは担当教諭との模擬戦を、逆に技術型のテイカーは研究結果の発表などといった試験が待ち受けているが、ペーパーテストに比べれば皆気負いは少ないようだ。特に実戦型はその傾向が顕著である。

 何せ実戦型のテイカーは、護衛や警備、軍に警察、はたまたスポーツマンなど将来の道こそ多様にあるものの、テストされるのは結局の所(色々な意味で)強いかどうかの一点に尽きるからである。

 やるべきことは自身の全力を以ってぶつかることのみ。実戦型を選んでいるだけあって脳筋の多い彼等にとっては、正に願ったり叶ったりの試験であった。

 さて、そんなわけでレスト達四人もまた、午後からの試験に備えて英気を養おう、としていたのだが……。


「「「…………」」」


 男達の机をくっ付けて作った即席のテーブルを囲み昼食を取る彼等の空気は、どうにも普段からは考えられぬ程重かった。これは何もテスト期間中だから、というわけでは無い。

 ここ数日の副会長関連の動き、その積み重なりの結果である。具体的には、綾香はずっと暗い調子でレスト以外の二人と微妙に距離を置いているし、藤吾は副会長の想い人であるレストに対して何とも言えない複雑な思いを抱えてしまっているし、それらを察したリエラはしかしどうにも出来ず頭を悩ませているし。普段通りなのは暢気にニーラお手製の弁当に舌鼓を打っているレストくらいのものだろう。

 そんな訳で三者三様、特にその内の二人が重苦しい空気を醸し出している今、会話が盛り上がるわけもなく。実に粛々と、彼等の昼食は過ぎ去ってしまっていた。

 やがてゆっくりとした食事が終わると、もう時間も近いからと各々試験会場に向かって移動し始める。ここでもまた、碌に会話は無い。仕方が無いこととはいえ、友人同士でぎくしゃくしている現状に、リエラはやるせない思いを抱かざるを得なかった。


「あらぁ~皆さん、これから実技試験ですか?」


 と、そんな彼等に掛かるのんびりとした声。振り返る三人とは裏腹に、綾香だけは顔を俯かせ唇を噛み締める。


「あ、れ、礼菜さん。はい、俺達は試験会場がちょっと遠いんで、早めに行かないと行けないんです」

「そうですか~。実は私もなんですよぉ」

「そうなんですか? それは奇遇で「先に行きます」え、ちょっ!?」


 藤吾の言葉を遮って、ぼそりと宣言した綾香が一人廊下を駆けて行く。彼等四人の中で唯一補助型の彼女は、更に試験会場が遠いので先に行かなければならない――などというのは、理由にはなるまい。

 このどうしようもなく一人きりの状態が、皆と居るはずなのに感じる疎外感が、彼女の足を動かしていた。こんなものを感じる位ならば、ただ一人で居た方がずっと良い。


「あ、ちょっと綾香!」


 突然の行動に驚きながらも、急いでリエラが後を追う。けれど藤吾は、その場を動くことが出来なかった。追いかけた方が良いのは分かるが、しかし副会長を放っておくことが出来なかったのだ。

 ちらり、と横目で副会長を窺えば――彼女は去って行く綾香に悲しみの視線を向けながら、そっとレストの制服、その袖を握っていた。近くに居たから、というだけでは無い、明らかな思慕の表れ。

 それを目にした途端、藤吾の脳内を嫌な感覚が突き抜ける。心は波打ち、血液が逆流しそうになる。胃が、口から出て行ってしまいそうだ。


「すいません礼菜さん、俺も行って来ますっ」


 だから駆けだした。胸にたゆたう淀んだ思いを振り切るように、返事も聞かず言い捨てて。

 後ろから戸惑いの声が聞こえた気がしたが、藤吾は振り返らなかった。決して彼女達が見えない場所に着くまで、ずっと、ずっと。

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