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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第七話  藤吾と礼菜

 期末試験を極々間近に控えた今となっては、学生達はそのほとんどが多かれ少なかれ自分達のテストに向けた勉強に励んでおり、此処総学の広大な敷地内は平常時に比べ随分とぴりぴりした空気が満ちることと成っていた。

 ある者は教室で、ある者は寮の自室で、ある者は模擬戦場で。それぞれどんな分野のテイカーか、そして何を重要視するかという違いはあるものの、学園中が正に試験ムード一色だ。

 だがそんな中にあっても尚、勉強をしない者も居る訳で。芦名藤吾もまた、そんな不真面目な生徒の一人であった。

 ペーパーテストはいつも赤点ギリギリ、実技も所持する魔導機――TAKENAKA――の扱いにくさが故に、あまり芳しくは無い。一応魔法の腕前自体はそれなり以上に優秀なおかげで何とかなっているが、基本的に理屈ではなく感覚で魔法を扱う彼にとっては、まじめに魔法の理論について学んだところで大した成果も上がらない。

 そもそも普段からTAKENAKAを使いこなす為に猛特訓をこなしている彼にとっては、試験だからといって今更これ以上にするべきことなどありはしないのだ。

 そうして今日も今日とて身体を動かしてばかりで、頭の運動は全くする気のなかった彼だが、本日に限ってはその不真面目さが特大の幸を齎していた。

 桜舞う屋外の一角に設置されたベンチに座る彼の隣には、一人の少女。ゆるやかな雰囲気を持ち、お嬢様然とした彼女はこの学園の生徒会副会長、九条礼菜である。

 風が吹き彼女の美しい金色の髪が揺れる度、香水の良い香りがさらりと漂ってきて、藤吾の心臓はどうしようもなく脈を早め爆音を上げる。

 脳内は普段の能天気さとはかけ離れて緊張に包まれ、唇は乾き唾の一つも出てこない。芦名藤吾十七歳、これまでの人生で最大の緊張である。


 そもそも何故こんな状況になったのかと言えば、説明だけならば至極単純。いつも通りの特訓の帰り道、一人歩いていた藤吾は同じく一人で佇む礼菜の姿を発見し、声を掛けた。そうして立ち話も何だろうと近くのベンチに腰掛け、今がある、というわけである。

 自分から声を掛けておいて何とも情けないことであったが、それも仕方が無いだろう。藤吾にとって礼菜は正に雲の上の存在、ついこの前までは敬愛し憧れる遥か遠いアイドルでしなかったのだから。

 ファンクラブの一員として同士達と遠巻きに騒ぐことはあっても、実際に話したことなどほとんど無いし、当然触れ合ったことなど皆無である。こんな近い距離で二人きりなど、ちょっと前までは想像も出来ない程の奇跡だったのだ。

 本当は以前から、どうにかしてお近づきになれないかと考えてはいた。しかし、その切欠がなかった。だが今は違う、ついこの間の一件が、彼に切欠を与えてくれていた。

 成績優秀なレストは以前生徒会に誘われたことがあり、その縁で副会長とも多少の面識があるということは藤吾も知っていたし、その縁を何とか利用出来ないか、と何度も画策したものだが、驚くべきことに機会は向こうから来てくれたのだ。

 そう、レスト達と共に四人で昼食に向かう途中、彼女が話し掛けてきてくれたことである。正確には藤吾にではなかったし、交わされた会話にもほとんど混ざることは出来ていなかったが、それでも最後にはまた話しましょう、という意向を伝えることは出来た。

 それこそが切欠であり、話し掛ける建前上の理由であり、いざとなるとどうしても尻込みしてしまう彼の背中を押してくれる最大の理屈。あまりにか細い希望の糸。

 藤吾は察していた。これぞ千載一遇の機会、きっと今を逃せば俺は一生この人と懇意になることなど出来はしない、と。だからこそ勇気を振り絞り話し掛け、そして緊張で固まってしまったのだ。

 初めは良かった。拙いながらに、当たり障りのない話題で適当に会話することには成功していたのだ。が、元より優れた教養を持っている訳でもない彼のこと、話題はすぐに底をつく。好きな漫画についてや教師や学業への愚痴ならば幾らでも話せたが、流石にそんな話を副会長にする気にはなれなかった。

 硬直する脳みそではこれ以上何を話して良いか分からなくて、けれどもっと彼女と話していたくて。仕方が無く、藤吾はついに、最後の切り札を切ることを決意する。


「あの、副会長」

「何ですかぁ?」


 冷や汗が噴出し、目が泳ぐ。これは正真正銘、最後の手段だ。

 下手をすれば彼女の深い部分、根底にすら触れるかもしれない。未だ出会って二回目の、ほんの数分話をしただけの自分が突っ込んで良いことでは無いのかもしれない。

 しかし同時にそれは、上手く行けば彼女との距離を一気に縮められるということを意味していた。賭けにはなるが、どうせ今のままでは彼女と望むような『深い仲』になれる可能性はゼロなのだ、希望を繋ぎたいのならば行くしかない。

 覚悟を決め、藤吾はその乾いた唇を無理矢理開く。


「この間の、あやっち……じゃなくてその、綾香とのことなんですけど」


 ついあだ名が出かけて、慌てて訂正。改めて問い掛けたのは、二条綾香についてであった。

 先日の邂逅で、二人の間に何かしらの因縁めいたものが存在していることは歴然としている。それもちょっとやそっとでは無い、とても大きなものであろうとも。

 ならばこれに関われば、単なる一ファンや知人ではなく、友人、或いはもっと深い中――要するに恋人になることも不可能ではないはずだ。

 幸い綾香と友人である自分ならば、彼女とのことを聞いてもそれ程不自然では無いはず。もし何らかの誤解が原因での不仲ならば、間に入ることで問題を解決することすら不可能では無い。


(そうなればワンチャン、俺に惚れてくれるかも……!)


 輝く未来を想像し、内心浮かれる藤吾。

 ここまで聞くと彼が友人をだしにして恋人を作ろうとしている最低な男にも思えるかもしれないが、そんなことは無い。

 確かに礼菜と恋人になりたい、という思いも本当だが、同時に二人に仲良くなってもらいたい、と思っているのも本心なのだ。

 何せ綾香は友人、礼菜は憧れの人である。二人がいがみ合う姿など、見たいはずが無い。それに一友人として、綾香のことが心配だというのもあった。

 馬鹿で単純だからこそ、とても友人思いなのだ、芦名藤吾という少年は。


「綾香さんのこと、ですかぁ」

「はい。……どう考えても、普通じゃありませんでした。もし何かあるんなら言って下さい、俺、綾香の友人として……そして副会長のファンとして、出来ることがあるならしたいんですっ」

「ですがぁ……」

「遠慮しないで言って下さい! 男・芦名藤吾、副会長の為とあらば何だって頑張っちゃいますから!」


 言って、勢い良く己の胸を叩く。多少強引でも構わない、此処は押すべき場面のはずだ。

 真剣な表情で己をじっと見詰める藤吾の気迫に負けたのか、やがて礼菜は口を開くと、ぽつぽつと語り出す。


「実はぁ……」


 そうして語られた内容は、藤吾に大き過ぎる悩みを齎すこととなるのであった。


 ~~~~~~


「どうかしたかい? 藤吾」


 声を掛けられ、はっとする。慌てて現実に意識を戻せばそこはいつもの教室で、声を掛けて来たレストを初めとしてリエラ、綾香の計三名が揃って此方に目を向けていた。


「食事の最中にぼーっとしてるなんて、あんたらしくないんじゃない?」

「おいおい、何言ってんだリっちゃん。俺だって考え事に耽ること位あるぜ」

「考え事? 藤吾が? 一体どんなよ」

「えっ!? あっ、それは……」


 言えない、まだ言うわけにはいかない。全てを話してくれた副会長の信頼の為にも、今後を考えても、下手に話すわけにはいかなかった。

 挙動不審なままついちらちらと、綾香と、そしてレストに視線を向けてしまう。明らかに疑わしい挙動であったし、実際奇妙な目で見られたが、何かしら事情があると察してくれたのだろう、二人は軽く首を傾げるだけで何も聞いてはこなかった。

 が、リエラだけはその真っ直ぐな性格もあって、露骨に疑惑の目を向けている。


「それは? 何?」

「え~と、あー……そ、そう! 今日は購買部に行くのが出遅れたせいで碌な物が買えなかったからな、次は誰よりも早く着いてやるぞって、そう考えてたんだよ!」

「ああ、そういえば今日はやけにのろのろ動いてたわね。いつもは授業が終わると同時に速攻で駆け出すのに、一体どうしたの?」

「え? いや、それは~……」


 墓穴である。何とか言い訳を考えるが、その度にまた怪しい点をリエラに突っ込まれ、狼狽しながら答えればまた突っ込まれ。

 どうにも上手い終わりを付けられず、必死で誤魔化し続ける友人の姿を見ながら、レストは呟く。


「足掻くと良い。それがまた一つ、君を成長させる」


 言の葉は、昼休みの喧騒に紛れて消えた。

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