薔薇園の向こう側
とりあえず帰ろう、と廊下を歩きだす。
「そういえば、僕のことは美琴って呼んでくれると嬉しいな、さかやん」
そう言って、上目遣いに微笑む。
…くそう、かわいいじゃねえか!
「お、おう。よろしくな、美琴」
にやける口元を必死に抑える。
いけない、美琴は男なんだぞ。
「そうだ、さかやんもこのまま寮に行くよね?」
階段を降りながら美琴が聞いた。
「ん、ああ。そうだな。今日は疲れたしこのまま寝るよ」
「じゃあ一緒に行こっか」
どうやら寮は校舎と繋がっているらしく、一度下駄箱で靴を取り、それを手に持ったまま寮のある方に向かって歩きだした。
美琴が一緒でよかった。一人だったら絶対に迷子になっていただろうし、挙げ句の果てに校舎内を彷徨い歩く幽霊として七不思議にされていたかもしれない。
中履きのまま裏口から校舎を出る。しばらく室内にいたので、陽の光が目に痛い。
校舎の外は芝生で、人が歩く道は中履きでも通れるようにとの工夫なのか、コンクリートで固められている。
しばらく無言で歩いていた美琴だが、急に立ち止まってこちらを振り返った。
「ほらさかやん、あれがこれから暮らす寮だよ!」
嬉しそうに美琴が指を指した先には、なるほど国立だなと納得してしまうほどの建物が建っていた。
縦はきっと三、四階くらいなのだろうが、いかんせん横に長い。おまけに玄関までの道はレンガのブロックで丁寧に舗装されている。寮の敷地をぐるりと囲うように生えているこれは薔薇だろうか、蕾がいたるところにある。
だが、それだけではなかった。レンガのブロックを歩きながら周りを見ると、噴水やらテーブルやらがいたるところに点在していた。お茶会でもするのだろうか。
それにしても…
「なんか、日本じゃないみたいだな」
そうひとりごちると、前を歩いている美琴が振り返らず答えた。
「なんでも、設計したのがフランスの人らしいよ。デザインを募集した時に満場一致で決まったとか。その人の趣味も相まって、こんな風になったみたい」
おいおい、国立の学校だぜ?ちょっとは頑張ってくれよ日本人。
地面がレンガから大理石になった頃、顔を上げると目の前には両開きの大きなドアがあった。
「えっと、じゃあ開けるよ?」
「そうだな」
初めて入る場所だからか、美琴はうっすらと緊張感の色を滲ませている。
目の前でこうも緊張されてしまうと、こちらとしても身構えるものがある。
美琴がドアを引く。
からん、とドアベルが鳴り渡り、室内にいる人影がこちらを振り返った。
「やあ、いらっしゃい。華乃寮へようこそ」