自己紹介はスマートに
どうやら、今日はこれで終了のようだ。
これから明日、明後日の二日間はホームルームが続き、本格的に授業が始まるのはそのあとかららしい。
周りを見ると、すでに何人かは教室を出ていた。
さて、帰るか。
配られた資料をバッグにしまっていると、プラスチック製のカードが目に入った。さっき水原から配られた学生証だ。
『国立特別技術者養成学園 情報処理科[坂谷 優人]』
顔写真と肩書き。それに性別と生年月日のみのシンプルなカードだ。ICチップが埋め込まれているが、どこで使うのだろう。
ま、そのうちわかるか。
「ねえ」
不意にどこからか声がした。何だ、奇襲か。スパイ科なのに殺し合いが始まるっていうのか。
きょろきょろと周囲を見渡すが声の主は見当たらない。
聞き間違いだろうか?
学生証を財布にしまおうと思いバッグを漁っていると、再び声が聞こえた。
「ねえってば!こっち、目の前だよ!」
はっとして顔を上げた。どうやら前の席の人が話しかけてきたようだ。
「あ、ああ、すまん。ぼーっとしていた」
「いや、こっちこそごめんね。急に話しかけたりして」
へへ、と困ったように笑っている。
肩につかないくらいのストレートヘアとぱっちりした二重。色白で小顔なのも相まってまるで小動物のようだ。
なんだよ俺、入学初日からツイてるじゃねえか。
「俺は坂谷優人。これから三年間よろしくな」
そう言って手元の学生証を相手に見せる。
初対面はとにかく挨拶が大事だ。ここは気取らず、けどチャラくならないよう気遣ってみる。
ってか、こんな可愛い女子とお近づきになれるとかどんなラブコメだよ。ありがとう、神様!
「えっと、さかたに君かあ。難しい名前だね」
呼びにくいらしく、少し舌ったらずな感じになっている。
「そうだな。友達からは『さかやん』って呼ばれてたし、あんまりちゃんと苗字で呼ばれることはなかったかもな」
「その呼び方いいね。そう呼んでもいい?」
「もちろん」
よし、まずまずの滑り出しだ。
相手も俺に習って自己紹介をしてくれるらしく、わざわざ学生証まで出してくれた。
「えっと、真壁美琴です。よろしくね」
そう言ってはにかんだ。
…かわいい。
美琴ちゃんって呼んでもいいだろうか。いやでもここは真壁さんと呼んで「下の名前でいいよ」と言ってもらうのを待つべきか。
そんなことを考えていると、不意に見せてくれた学生証が目に入った。
『国立特別技術者養成学園 情報処理科[真壁 美琴]』
いたって普通の学生証だ。
ただ一箇所を除いては。
「ねえ、ここさ…」
しかし、開くドアの音に遮られてしまった。
「あれ、まだ残ってたの?」
見ると担任の水原が心配そうにこちらを見ている。
慌てて周囲を見渡すと、どうやら俺たち以外はすでに教室を出たようだ。
「ああ、すいません。すぐ帰ります」
「慌てなくていいよ。ふふ、さっそく仲良くなってくれたみたいで嬉しいよ」
水原は嬉しそうに目を細めている。
俺は学生証を財布にしまい、そのままバッグに放り込んだ。
「さかやん、準備できた?」
「おう、大丈夫だ」
では失礼します、と水原に声をかけて俺たちは教室を出た。
背中から水原の声が飛んだ。
「お疲れ様。明日からよろしくね。坂谷君、それに真壁君」
その言葉に、俺はさっき見たものが正しかったのだと再確認させられた。これだけかわいくて、小動物のような真壁美琴の学生証。その、性別の欄。
そう、真壁美琴は男だったのだ。