入学式
4月の初め。まだ桜は7分咲きのようで、花びらをあまり落としていない。
そろそろ花見シーズンか。あいつらは元気でやってるだろうか。
「ーーであるからして、えーこの学園に入学した諸君、ご入学おめでとう!これからさまざまな困難が諸君たちを待ち受けるだろうがーーー」
…長い。さっきからもう何人目だ。だいたい、どうして式典というのはこうも挨拶が長いんだ。おめでとうと頑張れくらいでいいではないか。残りは下駄箱にでも貼っとけ。
「ふぁ…」
10時に開始したはずなのに、気づけばもう11時半だ。これから各科ごとのホームルームをやって今日は終わるそうだが、この調子ではあと30分はかかりそうだ。いっそ夢の世界にと思ったが、周りが誰1人頭を下げていないのを見て思いとどまる。
仕方ない、最初くらい真面目にいこう。
無事に入学式が終わり、それぞれが自分のクラスに向かう。
全校生徒数が一万を優に超えるこの学園は、上が八階、下は地下二階まであり、敷地総面積は東京ドーム5つ分とも言われている。
もっとも、大まかに分野分けされているため授業中に東京ドーム2つ分移動、という事にはならない。
「えっと、俺のクラスは…」
かさり、と学園の地図を開く。学園は上から見ると星の形をしていて、その中央に入学式をしたホールがある。
地図によると、どうやら俺の科は星型の上の角に当たるらしい。
「ってことはこのまま真っ直ぐか」
そう思い顔を上げて俺は硬直した。
…おいおい、まさかこの距離を歩けっていうのかよ。
やっとの思いで教室に入ると、すでに何名かは席に着いていた。
「えっと、失礼します」
教卓では担任と思しき女性が何やら書類を読んでいた。
俺の声に気付いたのか、束ねた髪をふわりと揺らしこちらを見た。
「ああ、えっと…坂谷君ね。席は自由でいいから、好きなとこ座ってて」
教卓に立つ女性はそう言って再び書類に目を落とした。
…好きなとこに座っていいと言われて、自ら前に座る物好きなどいない。
見ると、まだ後ろの方が残っていた。取られる前に座ってしまおう。
縦五列、横四列のため机同士の間がかなり広い。これでは隣の女子と肘がぶつかるどころか、落とした消しゴムさえ自分で拾うはめになりそうだ。
ようやく席に着き、一息吐くことができた。どうせなら窓際をとってしまおうかとも考えたが、直射日光の恐ろしさを考え一つ隣にずれる。見ると真ん中辺りが人気のようで後ろの方はほとんど空いている。俺は隣に女子が座ることを期待しつつ、入学式で配られた資料を読むことにした。
資料の半分を読み終えた頃、担任と思しき女性が声を上げた。
「はい、では注目!」
はっとして顔を上げると、いつの間にかまばらだった席は全て埋まっていた。
「まずはみんな、入学おめでとう!私は担任の水原香織よ。これから三年間よろしくね」
そう言って担任、もとい水原は微笑んだ。まだ20代半ばだろうか、笑うと目尻が下がり幾分幼く見える。
「えっと、まず最初に言っておきたいことがあるの。みんなはこれから三年間ここで勉強するわけだけど、その際君たちは『情報処理科』の生徒って事になるからね。みんなはもう知ってると思うけど、『特別科』はこの学園の秘密機構なの。後で配る学生証にも『情報処理科』って書かれてるからね」
なるほど。敵を騙すにはまず味方からってわけか。芸が細かい。
「ちなみに今年の入学者数は20名よ。せっかくだし、みんな仲良くね。って言っても、この科を選んでるようじゃ、そうは言ってられないかな」
顔を動かさずに周りを盗み見ると、みんな思っていたより普通そうなやつばかりだ。これなら確かに『情報処理科』でも通じそうだ。
「なんか話が長くなっちゃったね。みんな疲れてるだろうし、今日はもうここまでにしよっか。じゃあ最後に…」
「ようこそ、『スパイ科』へ!」