第1話
闇。
光が一切存在しない世界を、言い表すにはその一言で十分事足りた。ここは、儚き人生を終えた魂が向かう最後の地。名前なんて無い。魂の終点、とでも言っておこう。下手に名前をつけて、俺は中二の病になんぞ、かかりたくはないからな。
ここには、全ての次元の世界から集められた魂が、何もすること無く、唯ふよふよと浮かんでいる。もっとも、暗闇の中でその姿を見ることは出来ないのだが、気配や体の感覚で分かるのだ。ここの魂には、自我が無い。記憶やら、感情やらを全て完全に失っているからだ。あ?[じゃあなんでお前、普通に喋れてんだよ?]だって?細かいことは、別に良いじゃないか。直ぐに理解するさ。それより、話を戻すぞ。何故魂が、こんな所に集められて居るのかというと………うーむ、難しい。上手く説明することが出来ない。強いて言うなら、輪廻転生が一番近いのかもしれないなぁ。俺の経験上、そう考えている。まあ、さすがの俺でも、この世界についちゃ、まだ分からないことの方が多いんだけどな。
魂は、しばらく漂っていると、ふと何かに引っ張られるようにして、この世界から消え去る。消え去るって言っても、もう分かってるだろうが、新しい世界で、新しい命に宿り、新しい人生がスタートするだけだ。そして、人生を終えてこの地へ戻ってくる。うむ、やはり輪廻転生だ。我ながら良い例えをしたものだ。まあ、そんな訳でいきなりこの世界に来てビビってるとは思うが、なにも気にすることはない。なにせ、この俺がいるからな!魂の先輩として、お前に色々教えてやるよ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーよっ、と。いつか一人ぐらいは現れるであろう、俺と同じく記憶を失わなかった魂に向けての説明はこんな感じで良いだろ。途中の質問のタイミングも完璧だ。
はあ。
溜息がつい漏れ出てしまう。もう何度推敲を繰り返したのだろうか。初めて会う人に、好印象を与えながら、且つ、頼りになる人だと思わせる口調。質問をし易いように間を開けて喋りながら、且つ、聞き取りやすい速さにする。あえて、途中で口調を変え、説明の合間で悩む素振りを見せる。など、工夫した要素は数え切れない。工夫しすぎて、逆に少しおかしくなってしまっているくらいだ。周りには、もちろん誰もいない。一人で喋っているだけである。
しかし、疲れたなぁ。ちょっと休憩。
黙り込むと、周りからは、音が一切消えてしまう。生きている証拠である心拍音も、呼吸する音も無い。なにせ、魂だからね。一人何もすることが無いので、また、いつものように自分の現状について、考え始めてしまう。
俺は、魂なのに記憶がある。周りの魂には、記憶が無い。この違いは何だ?分からない。もう何度転生したのかも忘れてしまったし、過去の記憶も増えすぎて、おぼろげになって、しまっている。魂として初めての時の人生の記憶は、いまや、全く思い出すことが出来ない。
記憶があるのは、死ぬときの生に対する執着が関係しているのかと思い、最初の頃の転生で人生を謳歌して試した(多分そうだったと思う)が、あえなく失敗した。その後も、考え得る限りの人生の生き方、死に方を試したのだが、現在も記憶は残ったままだ。最近では転生の謎を解くのも半分諦めて、どれだけ人生を楽しめるかに重きを置く事にしている。後悔なんて数え切れないほどしてきたからな。本気で生きて、楽しんでこそ、人生だ。
転生する世界は色々あった。転生する世界に規則性はなく、順調に同じ世界に年代を追って転生している場合も有れば、いきなり、戦国時代辺りに転生したこともあるし、第二次世界大戦中の世界に転生したこともある。科学が発達した未来文明の世界にも転生した。もっとも、この転生する世界には、平行世界も多くあったので、同じ世界に転生したというのも、間違っているのかもしれないが。
多くの転生の中でも、共通点は一つだけある。どんな世界に転生したとしても、生まれたときから、なぜかその世界の言語が理解出来て、喋れるのだ。最初の頃は、赤ちゃんの頃にべらべら質問とかしちゃって大変だった。今は、もう失敗なんてしない。
これだけ多くの転生をしていながら、まだ魔法を使うことの出来る世界には、転生したことがない。何故だろう?一度転生してみたい。もしかすると、何か転生の秘密も分かるかもしれないしな。奴隷を買ってみるのも良い。楽しみが広がるな!
うっ。
そうだ。この魂なのに息が出来なくなる感覚の後、意識が遠くなって…………
ああ、確かにこんな感じだった。魂が身体に宿ったのだろう。体の感覚からして、この身体はまだ赤ちゃんだ。今は、暗闇の中にいるが、目を開けると、だいたい女性がいる。どこの転生した世界でも、赤ん坊の初めての出会いは、両親か、助産婦だったからな。
そんなことを考えながら、新しい人生に胸を踊らせて、目をゆっくりと見開くと………
◇ ◇ ◇
そこには、俺を見下ろす竜がいた。