何でも手入れは重要
村の集会所にある倉庫の前では、多数の剣や槍、盾、胸当て等がそれぞれ木箱に纏められて並んでいた。
既に、四、五人が集まっており、各々が箱の前で手入れを始めていた。
俺はみんなに挨拶しつつ、フランツさんを探しても見当たらない。
おそらく倉庫かなと考えていると、やはり倉庫に人の気配を感じたので、ドアから覗いてみた。
「フランツさーん、手伝いに来たよー」
「おう、ユウか。わざわざすまないな」
中から胸当ての木箱を担いだ、身長二メートル位で筋骨隆々な大男が出てきた。
相変わらずフランツさん、デカいな。
髪を剃っていて、顔の彫りが深く、強面に見えるが、自宅で花の栽培している明るくやさしい人だ。
「早速だが、この防具から初めてくれ。全体的に量があるからな。まあ、明後日位までには終わらせたいから期待してるぞ」
「魔物が来ても大丈夫なように頑張るよ。剣を磨いたり、銃の整備は好きだですからね」
胸当ての木箱を置いてもらい、手入れを始めた。
「それに父さんや母さんも道具の手入れが一番重要だって言ってたしね」
フランツさんも隣の剣が入ってる木箱の前で腰を降ろした。
予想はしてたけど、やっぱりあまり手入れされてないな。
ここ六年で武器が必要な事件無かったんだろうなぁ。
「ほんとにわりーな。五歳になろうというガキに手入れまで頼んじまって」
「そんな事ないよ。出来る事をやってるだけだから」
フランツさんは、本当に申し訳ないといった顔で話してくる。
そんな顔しないでほしい、苦に感じてないんだからさ。
「ユウは昔から器用だな。一度教えると大体出来ちまう。しかも、応用しようって考えちまんだもんな。まっ、こっちとしては助かるけどよ」
器用かな?
「それに普通のガキだったら何も考えず、村の中を走りまわってるところだもんな」
確かに今のところ、教わった事は大体出来るけど、俺にも苦手なことはあるよ。
例えば魔力操作とか、魔法発動とか……
「う~ん。走りまわるっていっても、毎日、父さんとの日課でやってるからなぁ」
「日課か……。たまに俺も見かけるけどよ。結構ハードに見えるぞ、ありゃあ。ちなみに今のメニューはどんなだ?」
「裏手の広場を走ったり、腕立て伏せとかやって、疲れたなーって感じになると父さんに呼ばれて組手をやる感じかな。そんで立てなくなると日課終了になるよ」
まあ、終了と同時に一時間位、休憩が必要なんだけどね。
でもまだまだ体力が足らないと感じる。
しかし、父さんが言うには、これ以上の日課の延長は無意味らしいから、仕方ないな。
毎日の積み重ねが大事だからな。
「ルシウスの大将も厳しくしてるな。体力、ギリギリで訓練してんだな。つらくねぇか?」
「全然、毎日やってる事だからね。体は動かすのは好きだから。夕方の日課のほうが辛いよ」
「夕方? ……ああ、ローザの方か。やっぱ、魔術関連か」
フランツさんは思い出した様に話した。
「うん。母さん、魔術の仕組みとかいろんな事を教えてくれるから、そこは楽しいんだけどね。未だに魔道具に魔力通せないからね。魔力操作の練習は、ほんとにつらいよ」
「そうか。どんな人間でも最低限の魔力は纏ってるから出来るもんなんだけどな。ユウでも教わって出来ない事があるんだな」
魔力操作って父さんも言ってたけど、みんな出来る事が当たり前みたいなに言ってるけど……
魔力の魔の字すら今のところ感じる事ができない。
「まあ、魔力操作なんていつかは出来るようになるさ。出来ないって聞いたこと無いしな。ユウの事だ、先に魔術が使えるかもしれんしな」
「そうだね。いつか使えるようになりたいね。それまでは練習あるのみだね」
「ユウのすごい所はその考え方と実行し続けることだな。さすが、シリウスの大将とローザの息子だな」
そういえばフランツさんて父さんの事を『大将』って呼んでるな。
他の村の人達は、普通に『さん』や村長を付けてるのに何でだろ?
俺は、そのことについて聞いてみたら、フランツさんは教えてくれた。
「ああ、言ったこと無かったか。俺や自警団の奴らはみんな大将の部下だったんだよ。俺達は王都の騎士団に所属していてな。大将は当時、二十四歳で『七剣』に数えられるほど強く、リーダシップも問題無かったことから、最年少で騎士団の団長なったんだ」
フランツさんが遠い日を懐かしむ様な優しい笑顔で話している。
「それに大将は、王国最強と呼ばれていたんだぞ。あと、ローザも最年少で宮廷魔術師に抜擢されるほど優秀だったな」
父さん、母さん達は凄かったんだ。
たしか『七剣』って前に読んだ本では、世界で武力に優れた上位七人に贈られる称号だったかな。
ちなみに『七杖』なんていう魔術に優れた七人もいる。
「ただ、約六年前に事故で右腕、右脚を負傷したんだ。その負傷がもとで、日常生活は大丈夫だけど、戦闘は難しくなってな。それを機に騎士団を辞め、『七剣』を返上し、ローザを連れて故郷であるこの村に帰って来たんだ」
フランツさんは、さっきまでの笑顔から哀しげな顔になってきてしまった。
こういう顔は好きではないので、話を変えなければ。
「父さんが前に竜種を倒したことあるって言ってたけど、冗談とかじゃなかったんだね」
「たぶん、騎士団が遠征した時の話だな、それ。あん時は、先発部隊の俺達がワイバーンに襲われて手も足も出ないくて部隊壊滅を覚悟した時に、大将が単騎で駆けつけてくれな、あっという間に討伐してしまったんだ。あの勇姿には男でも惚れるな」
「男でも……」
「バカやろう。例えだよ。例え」
冗談はさておき、フランツさんは父さんの事、本当に大好きなんだな。
普段、迫力のある顔してるのに父さんの話になるとずっと笑顔だったもんな。
「……ついでだから聞いちゃうけど、ここにいるみんなって村でも浮いてるよね。昔から村に住んでた分けじゃないんでしょ?」
「六年前からだな。俺達の場合は、大将に付いて来たんだ。他にも付いて来たいって奴は多くてな。騎士団の半分位が希望者になっちまった。さすがに騎士団が崩壊しちまうんで、古参の俺達が会議で決まったんだよ」
父さん、慕われすぎだ。
よほど、みんなの中心にいたんだな。
「あの時のみんなの羨ましい目は気持ち良かったな」
フランツさんは、豪快に笑いながらガッツポーズをする。
おっと、周りのみんなもガッツポーズとってるぞ。
「そんでこっち来たら、ユウも知っている通り、俺達は自警団組織して村の安全を守ってるんだ。ふう、おしゃべりこの辺にして手入れに集中するか」
フランツさんに同意して体を木箱に戻し、胸当ての手入れをしていく。
予定より多くの手入れをすることが出来た夕方。
フランツさんが集会所に集まっているみんなに向けて号令をかける。
「よーし、今日はお疲れ。みんなのお陰で予定よりかなり早い進捗だ。明日は、残りの木箱の手入れして、銃関連の整備を始める予定だ。しっかり寝て、明日もよろしくな。それでは解散!」
周りのみんなも各々自宅へ帰っていく。
俺も帰ろうかというところでフランツさんが呼び止められた。
「ユウには、明日は銃関連を頼みたいからそのつもりでよろしくな。銃整備が出来るのは、俺とお前入れて三人しかいないからな」
「もちろん、そのつもりだよ。父さんから使用は禁止されてるけど、銃って何だか格好良いよね。整備を手伝えるだけで今は満足だよ」
「そこまで好きか……。そうだ! 今回の報酬ってわけじゃないが五歳になったら、大将に許可貰って教えてやるよ。今のユウなら問題無いだろ」
俺は、満面の笑みで挨拶をして、家に帰った。
来月から銃が使えるようになるとは、楽しみで仕方がない。
この後、母さんと夕方の日課をして、ご飯を食べ、今日一日が終わった。