プロローグ
目の前に広がる光景は黒一色だった。
さっきまでは目を瞑っていても光を感じられた。
いや、光を感じていたか?
たった先ほどの事なのに分からない。
まるで自分が闇の世界に埋没してしまったようだ。
瞼を開けようとしても開く感覚が無い。
鼻、口、首、手、足……動かせるという感覚が無い。
さらに意識も朦朧としている。
さっきまで何を考えていたのかも分からない。
「……身体ガ……動カ……ナイ」
「そうだね」
「ン? ……汝……ハ……誰ダ」
女性の声だった。
おそらく子供の声だろう、幼さが混じっている。
今まで近くに誰か居ることに気が付かなかった。
気付けなかったのか、我ともあろうものが。
いや、感覚が無いのだからしかたない。
今も唇から声を出している気がしない。
「そーだねー。とりあえず神様とだけ名乗っておこう。チャオ」
神様とは随分適当な返しだな。
それにしても神様とやらは何者だ?
しかも軽すぎる。
「……ヨロ……シク……神様」
「うーん。反応が鈍いねー。俺は誰だ!誰だ!って意識を集中してごらん」
「……」
そういえば、我は誰だ?
我は誰だ。
我は誰だ。
我は……。
自身に問い掛けていくと意識がハッキリしていくのを感じる。
身体の感覚も戻ってくる。
視界は黒のままだったが……。
「……我ハ『■■』」
「おー。随分ハッキリしてきたようだね」
パチ、パチ、パチと拍手まで聞こえてきそうだ。
妙なテンションだな神様。
何でこんなに明るく接するのであろうか。
意識が明るくなってから考えても、自己紹介で「神様」と名乗る者など間違いなく初対面のはずだ。
胡散臭すぎるな神様。
それにしても此処はどこだ?
「それじゃあ、時間も無いことだし、早速契約の話といこうか?」
「契約? ソノ前ニ我ハドウナッテシマッタノダ? 此処ハ何処ナノダ? 何故何モ見エナイ? 何モ感ジナカッタ?」
「そうか。自分がどうなったかわからないんだね。そうだねー、簡単に行っちゃえば、君、死んじゃったんだよねぇ。ちなみにここは肉体と精神の狭間ってところかな。そんでもって今の君は魂? とか精神体? だけみたいな状態だから何も見えないし、何も感じられなかったんだよ。理解できた?死んじゃって残念だったね。アタシにとってはラッキーだったけど」
「何故ソンナニ嬉シイノダ? 我ハ使命ヲ果タセナクテ只々悔イルノミナノニ……我ハアノ方ノ側デ死ニタカッタ」
そうだ、我はあの方――『女神』様――にお仕え出来なくなってしまった……
我の唯一の使命を半ば、いや始まっていないのに放棄せざる負えないとは……
「あー『女神』様? の事かぁ。それは残念。死んだものは仕方がない。でもまあ、落ち込むのはまだ早いよ。だから、契約の話を持ちかけたんだからね?」
「人事ダナ」
「まあ、人事だからね」
「フン、マア良イ。ソレデ契約トハ何ダ?ソレヲスルト生キ返ラセテモラエルトデモ言ウノカ?」
「半分正解だね。えーそれでは、契約内容を説明するよ」
オホン!!と咳払いをして、神様とやらは契約内容を話始めた。
「あなたは死んでいます。あなたは生き返りたいですね? それでしたら、アタシが五割の確率で願いを叶えてあげます。叶える為の条件ですが……一つ、これからある異世界へ転生してもらいます。一つ、その世界で生涯を全うし、『徳』を得てもらいます。一つ、アタシからの要請が来たらアタシに協力してもらいます。以上の条件を実行したら、天寿を全うしたタイミングで元の死んでしまった因果律を強引に弄って再度転生させて死ななかった事にしちゃいますよー」
要するに異世界へ行って、天寿を全うすれば今回の死が無かった事に出来るらしい。
五割の確率と言うのは、天寿を全う出来なかった場合だろう。
「だんなー、こんな良い話は滅多にありませんぜー?」
では徳とは何だ?
天寿まで常に良いことしなくれはならないのか?
おそらく人間なら良いことも悪いこともするだろうから判断が付きにくいな。
「あれー、もっしもーし?聞こえてましたかぁ?」
「……『徳』トハ何ダ?」
「そーですねー。『徳』を得るってのは、簡単に言うとアタシにとって良いことをすれば良いんですよ。注意が必要なのは、アタシに対してであって、その他有象無象に対してではありません。こんな感じでユーアンダスタン? ……まぁ、君の場合は問題なく動いてくれて天寿迎えれると思いますよー。細かいことなんて気にしなさんな」
ふむ、悪い話ではないな。
「最後ニ質問ダ。異世界トハドンナ所ダ?」
「そりゃ、異世界と言ったら『剣と魔法の世界』に決まってるじゃないですか」
剣と魔法……だと!?
……まぁ良いか、選択肢は無いしな。
「それじゃあ、これで契約してもいいよね?」
「アア……ソレデハ頼ム。ドウセ、契約シナケレバ死ンダママダシナ」
「おーけー、あっ! 注意事項もあったの忘れてました。転生とは人生のリセットみたいな物なんでー、そのタイミングで記憶は無くなります。極たまーに前世の記憶的な事で思い出す人いますけどレアなケースですね。ちなみに君はイレギュラーな存在だから記憶は残るから注意事項の説明忘れてたよ」
イレギュラー?
なんの事だ?
「あと、ここであった事は誰にもぜーったい言わないでね。これはアタシのお・ね・が・い……ああ、ちょうど時間だ。空間の維持は難しいねー」
「チョッ」
「それでは夢? と希望? に満ち溢れている異世界へー、レッツゴー」
その瞬間まで光も刺さず只々黒かった視界が白へ反転した。
それと同時に我の意識も飛んでしまった。
意識が飛んで行くなかで、神様は小声で何かを呟いた気がする。
「君の相棒にもヨロシクね」