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女騎士エイミー、異世界へ<前>

 目を開けると、視界に飛び込んできたのは周囲を木の枝と葉で覆われた、不思議な空間だった。

 高い天井の隙間から木漏れ日が差し込み、小鳥がさえずりながら飛び交っている。かと思えば、枝の隙間に生えた草花の上で蝶が躍っていたりと、空が見えないのにまったく圧迫感がない。

「……っと」

 足元が、舞台の板から、枝の絡み合ったでこぼこした床に切り替わったのが感覚で理解できた。多少バランスを崩し、思わずよろめいた英美を支えたのは、それまで手を取って目前に控えていた銀髪の男だった。

 男の腕に抱き留められるシチュエーションは、ステージでも経験がない。突然周りの風景が変わったことよりも驚いて、英美はとっさに動けない。

「大丈夫であるか、エイミー殿」

「え、ええ……って、ここは一体……」

「あーっ、ずるいですアルス様! 私より先にお姉様におさわりだなんて、月に代わってお仕置きレベルです!」

 英美の問いかける声が、背後からの抗議の声にかき消された。

 揃って振り返ると、蒼いローブを羽織り、月とハートをかたどったステッキを持った少女が、英美ではなく銀髪の男を見て頬をふくらませている。ステッキを持つのと反対の手には、デジカメを思わせる謎の小箱を手にしていた。魔法使いなのか魔法少女なのかよく判らないが、今はこういうアニメキャラがいるのかも知れない。

 よくよく見れば、銀髪の男が着ている中世の貴族風の服も、コスプレにしてはかなり本格的な作りのものだ。今のコスプレイヤーは手間と金を惜しまないというし、よほどこだわりのあるコスプレなのかも知れない。英美には、元ネタがさっぱり判らなかったが。

「いかがわしい言い方をするな! というかお前が持ってるものはなんなのだ」

「せっかく間近でお姉様の活躍が見られたので、保存版の活動写実画をと……」

「私が必死で出て行く機会を測っていたというのに、お前はなにをやっていたのだ!」

「それはもう一番いい角度アングルで撮れる場所を探して」

「どや顔で説明するんじゃない!」

 それまでの女性向けノベルチックな出会いシチュエーションを見事に打ち砕く応酬に、英美が呆然としていると、アルスと呼ばれた男ははっとした様子で、

「驚かせてしまい申し訳ない、エイミー殿。ここは我が国を守護する竜人、ラピス殿の『ゆりかご』だ。邪魔が入らない広い場所となると、城よりもここのほうが都合がよかったのでな」

「竜?」

 竜といったら、七つの玉を集めると願いを叶えてくれるとか、世界の半分をやろうとか言っちゃうとか、伝説の武器防具を授けてくれる系のあれだろうか。英美はぼんやりと考えた。でも、竜のゆりかごってなんだろう?

 優先順位の低い疑問に首を傾げる英美に、

「エイミー殿の国に、竜は棲んでいないのか? こちらの世界でも、土地によっては灰竜も棲まないところもあるから、無理もないかも知れぬが」

「棲む?」

 こちらの世界とか、竜が棲むとか、なにを言っているのだろう。

 いきなり場所が変わって焦ったけれど、これは舞台の延長で、この人は新しい脚本の設定の説明を迫真の演技でしてくれてるのだろうか。それにしては、大道具がとても凝ってるし、観客席も目に入らないけど……

「口で説明するより、見ていただいた方が良いな。アジュール!」

 アルスが上空に向けて呼びかけると、枝と木の葉でドーム状になっているこの空間の、天井近くで飛び回っていた小鳥が、答えるように大きく旋回した。

 すばしこく動くので小鳥かと思ったら、形は首の長い白鳥に似ている。鳥は、空気抵抗を利用するように、ゆったりと翼をはためかせながら、三人のそばに降りてきた。ぼんやりとそれを見上げていた英美は、近寄ってくるその生き物が、遠くから眺めていたときの印象とは大きさが桁外れなのに気付いて、目を見開いた。

「あれが私の騎竜である蒼竜ラズワルドドラゴンのアジュールだ。」

 アルスが得意げに示すそれは、頭の大きさだけで人間の子供くらい軽く飲み込んでしまいそうな巨大な生き物で――

「わ、ワニ……?!」

「いや? あれは……」

 背や首は青く美しい鱗に覆われているが、下から見える腹の部分、伸びた脚と足に生える爪は、どう見てもは虫類そのものだ。

 巨大なは虫類の腹部分が迫り降りてくる光景に、英美の頭の中が真っ白になりかけた、その時、

「だからさー、君らの常識は下々の非常識なんだって、いつも言ってるじゃない。二人揃ってなにやってるの」

 咎めるような幼い男の子の声が背後から聞こえた。

 後ろに倒れかけた自分の背中を、小さな手のひらが支えようとしているのを感じ、英美はとっさに片足を支えにして踏みとどまった。このまま倒れたら、小さな子供を下敷きにしてしまう。

 英美が体勢を崩したのに気付いたアルスが、慌てて体を抱き支える。

「エイミー殿、大丈夫であるか?」 

「あっ、アルス様ったら何度もずるいです!」

「君は少し黙ろうか」

 抗議の声を上げるレクセルを制しながら、英美の前に立ったのは、碧い瞳にみどりの髪を持つ男の子だった。英美の目には、小学校低学年ほどの幼い子供に見える。

「アルス、灰竜に慣れてる人だって、神竜の大きさは驚くもんだよ。彼女がどういう生態系の世界に住んでるのかも判らないのに、いきなり見せたらダメでしょ」

「面目ありません、ラピス様……」

「まったくアルス様は成長なさいませんね」

「お前には言われたくない!」

 自分の頭越しに、息のあった漫才のようなやりとりをしている大人二人を困った様子で眺め、ラピスと呼ばれた少年は、英美に向かってにっこりと微笑んだ。

「君、今、僕の上に倒れないように頑張ったんだね」

「え、あの……」

「この子なら、怖がらなくても大丈夫だよ。僕の兄弟みたいなものだし、この二人よりはずっと賢いからね」

 言葉に合わせ、降りてきたアジュールと呼ばれた竜が、少年の肩当たりに頬をすり寄せてきた。

 口を開けたら人間一人くらい簡単に丸呑みできそうなほどの頭の大きさなのだが、英美を怖がらせないようにか、牙を見せないように口を閉ざしたままだ。

 比較された二人は、しかし特に腹を立てる様子もない。レクセルはさりげなくアルスと英美の間に割って入りながら、

「気が利かないアルス様が驚かせてしまって申し訳ありません」

「お前に言われたくはない! だが、確かに性急に過ぎたかも知れぬ、エイミー殿、申し訳ない」

 どうやら本気で心配してくれているのは確からしい。自分をからかったり騙すような意図は、彼らにはないようだ。

 そうすると、目の前の光景は演技でも3D映像でもないのだろうか。しかし、夢にしては感覚が生々しすぎる。

「まぁ立ち話もなんだし、あっちでお茶でもしよう。ここよりは、落ち着くと思うよ」

 言いながら少年は、自分の背後を指で示した。

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