女騎士エイミーの憂鬱<後>
事務所の隅の応接セットで、ラフな格好の男二人が退屈そうに待っていた。
グルメ雑誌の取材と聞いていたが、チャラさをかっこよさと勘違いしていそうな残念感漂う若いカメラマンと、あまり清潔感のない中年の記者で、とても食べ物を扱う雑誌の取材には思えない。
「いやー、見せてもらいましたよ、エイミーちゃんにセシルさん。すごいですね、アニメがそのまま現実になったみたいで驚きました」
二人が近寄っていくと、中年の記者が自己紹介もしないうちから、馴れ馴れしく話し始めた。その横では、撮りますよと前振りもなく、カメラマンがデジカメのシャッターを切り始めている。
不躾さに戸惑って英美は草壁を見たが、草壁は困った様子ながらも割って入る素振りを見せない。
「よくこんな格好しようと思いましたね? それって、エイミーさんのこだわりとかですか? この店のキャストはみんなファンタジーゲーム風の格好してるけど、やっぱりあなたもそういう非現実的な世界にあこがれがあったりするんですか?」
「あ、あの?」
「今、本の即売会なんかでオタクの集まるとこで、アニメキャラの格好で写真を撮らせたりするのがはやってるじゃない? そういうのに便乗した企画なんですかね?」
「ちょっと待って、これって食事の紹介の取材なんですよね? ステージの企画そのものは、店長から聞いてもらった方がいいと思いますけど……」
「うん、伺いましたけど、やっぱり一番人気のあなたのお話も聞きたいじゃない? そんな格好で人前に出るんだから、よっぽど好きじゃないとできないでしょ。それに……」
記者の話し方も不躾だが、カメラマン役の男が必死で英美のローアングルを狙って来るのも気持ちが悪い。思わずカメラを避けるように身を反らせていると、
「ちょっと待ってと言っているでしょう」
相手の勢いに飲まれていたセシルが、不意に低い声でカメラマン役の男の手にあるデジカメを鷲づかみにした。
顔つきが普段の気弱そうなものから、舞台上の『セシル』に切り替わっている。
睨み付けられ、怯んだ様子でカメラマンは腕を引っ込めようとしたが、セシルはデジカメごと男の手を掴んだまま動かない。
「僕らはキャストだから、一番いい撮られ方っていうのをよく知っています。ポーズもつけずに勝手に撮影するのはやめてもらえますか」
「いや、店長さんには取材の許可を……」
「それは、お店の取材ですよね? エイミーは撮っていいなんて言ってませんよ?」
よほど腹に据えかねたらしい。いつもは舞台以外だと、温厚すぎて物足りないほどなのだが、今は英美もおどろくほどの迫力だ。
「今撮った分のデータを消してください。隠し撮りみたいな画像を、お預けするわけにはいきません」
「隠し撮りって、それはちょっと言い過ぎでしょ、セシル……」
曖昧な笑顔で取りなそうとした草壁の態度が、更に癇に障ったらしい。セシルは厳しい表情で草壁を見返した。
「草壁さんも、うちの店を変に誤解されるような紹介記事になったら不本意じゃないですか? エイミーはうちの看板なんだから、取材の方にも、イメージを壊さないように扱ってもらわなきゃ」
「あ、おい」
セシルは有無を言わせず男の手からデジカメを取り上げ、撮影済みの画像のサムネイル画面開き、眉をひそめた。
「な、なんだよお前、データを勝手に削除するのは器物破損……」
「勝手に写真を撮るのは肖像権の侵害です。それにこれは、お店の紹介に全く必要なさそうですね」
その画面をセシルに見せられ、英美は顔を引きつらせた。
やけに近寄って撮っているとは思ったが、思った以上に胸元の谷間や腿あたりを狙った画像ばかりで、顔すら映っていないもののほうが多い。
「なにこれ……」
「なにこれって、そ、そういうのが狙いなんでしょ?」
若干開き直った様子で、中年の記者がへらへらと笑う。
「あなたも、見て欲しくてそんな恰好してるんでしょ? 雑誌に載れば、いろんな人に喜んでもらえるんだからいいじゃない」
「舞台の役柄を現実と混同されても困っちゃうな。とにかく、これは消させてもらいます」
「あっ、なにするんだよおい!」
セシルは構わず、事務所で撮られた分の画像をクリアしてしまった。店内の取材分の画像も一通り眺めてから、やっとデジカメを返し、
「なんだか話が通じないみたいなので、僕らの取材はお断りさせてもらいます。僕らに関する写真の提供もお断りします。ステージの趣旨については店長から話を聞いてください」
「ちょ、ちょっとセシル!」
「いこう、エイミー」
「う、うん」
場を取り繕うとする草壁には構わず、セシルは自分の体を盾にするように、さっさと事務室から英美を連れ出した。背後で文句を言う二人を、草壁がなだめているのが廊下まで聞こえてくる。
「あ、ありがとうセシル」
「いや、草壁さんがよくないよ。僕らにあの態度なら、最初から草壁さんにも礼儀なんかわきまえてなかったと思うよ。幾らお店に宣伝になるっていっても、相手はちゃんと選ばないとだめだよ」
そのまま舞台裏の休憩室まで戻ると、セシルはやっと少し落ち着いた様子で、英美に向き直った。
「草壁さんも、いろいろな所から取材が来るようになって戸惑ってるのよ、きっと。あとでちゃんとお話しして、取材を受けるときの内容についても、きちんと決めておかなきゃ」
「そうだね……、今までも、割と色眼鏡でみた質問をしてくる人はいたけど、あんな風に、ポーズもつけさせずに撮り始めるのは初めてだったからね。接客業だと、いろんなお客さんが来るもんだけど、取材する記者にも色々な人がいるんだろうね……」
話を持ちかけられたときは、『こんな恰好で大丈夫なのか』と半信半疑だった「女騎士」姿もでのステージも、今では男女問わずのお客さんが楽しんでくれていて、そのこと自体は成功だったのだと思う。
ただ、話題になればそれだけ、いろいろな人と接する機会が増える。キャストとして客と接するときも、体を触ろうとしたり、野卑な言葉でからかってくる者は、いないわけではなかった。
それでも店でなら、騎士エイミーとして、役になりきったたしなめ方も出来た。それが逆に周りの客には、演出として喜ばれることもあったのだ。
しかし、店ではない場所での取材で、あんなに不躾なことをされると、素の自分で対応しなければいけないだけに困ってしまう。きちんとした千引きは必要だろう。
「あ、ここにいたか、二人とも」
少し気を取り直して、スタッフ用の給茶器のお茶で一息ついていたら、『取材』を終わらせたらしい草壁が、休憩室に顔を出した。英美は当然、なんらかのフォローがあるかと思ったのだが、草壁は不機嫌そうに、
「あの二人はなんとかなだめて帰ってもらったけど、セシル、もう少しなんとかならなかったのか? あれ」
「え?」
「確かにあの二人も図々しかったけど、一応取材に来てくれてたんだしさ。機嫌損ねて変なことを書かれたら、かえって困るだろう」
あっけにとられて言葉が出ないでいるセシルから、草壁は英美に視線を移し、
「英美ちゃんも、その恰好が目玉なんだから、少し我慢してサービスしてあげてよ。子供じゃないんだし、男性客にどういう見られ方してるかも判ってるでしょ」
「サービスって……何言ってるの草壁さん。そもそもこれをどうしてもって頼んできたの、草壁さんでしょう? ちゃんと対応するから、嫌なことがあったら言ってくれって、あの時も言ってたじゃない」
「それはそうだけど、実際に企画が当たってるからこその、今のエイミー人気でしょ。それなりのお給料もだしてるし、それに見合った仕事はしてもらわないと困るよ」
英美の抗議にも、草壁は不愉快そうに眉をひそめるだけだ。
「人気が出て、ちょっと天狗になってるんじゃない? 気持ちは判るけど、お客さんは大事にしてよ?」
半ば吐き捨てるようにそう言うと、草壁はさっさと休憩室から出て行ってしまった。
「なんだあれ……。英美に土下座する勢いで『女騎士』役を頼んだのは、草壁さんじゃないか。閉店するかどうか悩むくらいだったこの店が、持ち直してここまで伸びたのは、英美が頑張ってくれてるからなのに、今になって何言ってるんだ」
「あのひとたちに、なにか言われたのかな……」
「気にすることないよ」
持ち直していた気分がまた沈んできてしまった。
草壁は、英美がなにも我慢をしていない、など本気で思っているのだろうか。
ステージの撮影はお断りしているけれど、これだけカメラ付きの携帯電話やスマートフォンが普及してしまうと、知らないうちに撮られていることはままある。
事前に撮影お断りとアナウンスはしてもらっていたし、目に余る者は注意してもらっていたが、それでも多少のことは我慢してきた。そういうのも、草壁には通じていなかったのかも知れない。
きまずい空気になっているところに、
「エイミー、セシル」
銀の盆を片手に、ホールからやってきた町人姿のウェイトレスが声をかけてきた。
「ファンだって言う女の子達に、二人がいつお店に出てくるのか聞かれちゃったのよ。ちょっと顔出してあげて……なにかあったの?」
「あ、ううん、すぐ行くわ」
英美は明るく答えると、気遣わしげなセシルに、大丈夫だと笑顔で頷いて見せた。
……その日は連休の初日だった。イベント帰りの者も多いのか、夜は昼以上に客でごった返していた。
有名ファンタジーRPGの勇者様ご一行や、サムライ風の和服の一団、なぜかロードバイク用のコスチュームで身を固めたグループもある。なりきることに抵抗のない人たちは、場の雰囲気を楽しむのも抵抗がないものだ。演じる側もとてもやりやすい。
内容は昼のものと変わりないが、昼よりも多く売れる酒の助けもあって、舞台で繰り広げられるエイミーの活躍に、観客は拍手喝采で盛り上がっている。
「私は最強の騎士エイミー! これでも改心しないなら、次は手加減しないわよ!」
かっこよくポージングしたエイミーに、観客の盛り上がりも最高潮だ。気分的に持ち直した様子の英美に、セシルもほっとした様子で、いつも通りの演技を続けている。
だが、普段はこのタイミングで流れるはずの、エンディングの音楽が遅れているようだ。
こんなことは月に一度、あるかないかのミスだ。しかし舞台上でうろたえるわけにもいかず、エイミーはなにかの演出だというようにポーズを保っている。
と、観客席が妙にざわざわしているのが、英美の耳にも入ってきた。
観客の視線の先に目を向け、英美は目をしばたたかせた。
自分たちと、最後の出番のために袖に控えている出演者達の間に、いつの間にか、初めて見る顔の男が佇んでいる。
「そなたの勇敢さ、とくと拝見させていただいた」
凝った貴族風の衣装にマントもそうだが、紫がかった銀髪と、濃い青紫色の瞳が特徴的な美しい青年だった。顔立ちも日本人のものではないが、言葉にたどたどしさはない。
店側が用意した、新しいキャストだろうか。エイミーは思わず目をしばたたかせた。
そうするとこの展開も、この男の登場にあわせた新しい演出だろうか。何も聞いていないけれど。
「美しく気高く、正義感にあふれた強い女性。そなたこそ、私達の探していた女性に違いない」
エイミーの後ろで、セシルも怪訝そうに目を細めた。
だが観客はサプライズだと思ったのか、期待に満ちた表情で彼の台詞に耳を傾けている。
「そなたを見込んでぜひともお願いしたい、我が国の窮地を、どうかその力で救っていただけないものか」
青年はエイミーの前に歩み寄ると、優雅な仕草で膝をつき、頭を垂れた。どう反応するべきか、エイミーとセシルは一瞬目を見合わせた。
だがすぐに、エイミーは頭を切り換えた様子で、
「どこのどなたか存じませんが、名のある貴族様とお見受けします。困っている人を助けるのは騎士の務め、私でお役に立つのなら、ぜひご協力いたします」
「やはり、私が見込んだとおりのお方。頼もしいお言葉、安心いたした」
青年は顔を上げ、あでやかに微笑んだ。セシルとはまた違うタイプの、精悍さの感じられる美青年だ。不覚にもエイミーは軽くときめいてしまった。
「早速、我が国へお越し願いたい、エイミー殿」
青年は膝をついたまま、慣れた仕草でエイミーの手を取った。その瞬間――