女騎士エイミーの憂鬱<前>
「私は最強の騎士エイミー! これでも改心しないなら、次は手加減しないわよ!」
倒れた三人の男を前に、謎のポージングを決めて、やたら露出度の高い鎧姿の女騎士が大きく声を張り上げた。人気のない裏路地の風景なのに、なぜか大きな拍手が辺りを包み込んだ。
合わせて、エンディングを告げる音楽が賑やかに流れ始める。
観客の拍手が手拍子に変わる中、隅に控えていた今までの出演者達が、手を振りながら背後に並び始めた。今まで倒れていた暴漢役の男達も、ごく自然に起き上がってその列に加わっている。
その中心で、膝をついて控えるエイミーと、貴族風の金髪の青年にスポットライトが当たると、
「キャー! セシル様ー! こっち見てー!」
「エイミー! エイミー!」
拍手と一緒に黄色い声や野太い声が飛び交いはじめた。拍手と歓声に見送られながら、するすると幕が引かれて舞台が見えなくなると、
『本日は「ファントム・キャッスル」に登城いただきまことにありがとうございます。昼の公演はこれで終了です。引き続き、お食事とご歓談をお楽しみ下さいませ』
アナウンスが流れ、店内に落ち着いたBGMが流れ始めた。
ざわめいていた客席は次第に落ち着きを取り戻し、客達は中世の居酒屋風の店内で、改めて食事と酒を楽しみ始めた。
この冒険者カフェ『ファントム・キャッスル』は、簡単に言うと「中世ファンタジー世界風カフェバー」だ。
「メイド喫茶」「執事喫茶」の中世ファンタジー版、と考えると判りやすいだろう。
店内は異国情緒……というより、『日本人が考えるファンタジー世界』風の内装が施されている。ウェイターやウェイトレスも、いかにも中世ファンタジー風世界の町娘、町の青年といった感じの服装だ。
この店の人気のサービスが、刀剣類の小道具さえ身につけていなければ、コスプレ客も歓迎という点。そして休日になると、店側が用意する『キャスト』と呼ばれるスタッフも一緒になって客席に顔を出し、ファンタジー世界の酒場のような会話、寸劇で楽しませてくれるのだ。常連客になると、キャストと一緒になって寸劇に参加する者もおり、ファンタジー世界の住人になりきることが出来る。
そしてもうひとつが、平日は夕方一回、週末になると日に三回ほど行われる、キャストによるミニステージだった。
ステージではキャストが持ち回りで、数パターンの短いストーリーを演じる。中でも人気の高いのは、青年貴族役のセシルと女騎士役の英美が出演する、勧善懲悪シナリオのアクションステージだ。
女性とも男性とも言い切れない中性的な美形金髪ハーフのセシルと、理想的な女騎士姿の英美の人気は幅広い層に及んでいて、週末となると二人目当てではない客を探す方が難しいくらいなのだ。ちなみにセシルは本名である。
「うーん、決め台詞の最後、ちょっと間違ったのばれちゃったかなぁ」
それまで、落ち着いた優雅な仕草で客席に手を振っていたセシルが、幕が引いたとたん、心細そうな顔で英美に話しかけてきた。声の調子も、さっきまでの張りのあるハスキーさとは打ってかわった頼りなさだ。
セシルは舞台上では天才的な演技力を見せるのだが、普段はとても穏やかで控えめだ。そのギャップもまた、ファンの女性達の女心を刺激するらしい。
「大丈夫大丈夫、それに、回によって少し違いがあった方が、常連さんも喜ぶって」
「そうかなー……」
「『セシル様』は固定ファンがついてるものね。いつもと違う部分があると、サプライズだと思って自慢話にする人も多いんだってよ」
彼女に励まされ、セシルはやっと硬さのとれた笑顔で頷いた。
「英美は……『エイミー』は、いつもほんとかわいくてかっこいいからすごいよね。男の人にも女の人にも人気あるし、出てくるだけで盛り上がるもの」
「なに言ってるの、お客さんはあたしが『女騎士』の格好してるから喜んでるだけよ。女の騎士にこういう鎧を着せるのが、アニメやゲームで流行ってるんだって」
英美は自分の姿を見下ろして、呆れたように肩をすくめた。
銀色をベースに、黒と金でアクセントをつけた『女騎士の鎧』。
一見本物の金属で出来ているような作りだが、知り合いのコスプレイヤーが魂を込めて作ってくれた「衣装」で、素材は造形用のソフトボードがメインだ。肩当てだけでなく、胸甲部分に籠手、膝当てもセットで用意されている。
しかしその下は水着のように布地が少なく、首元の広い部分に二の腕、腹、腿などは素肌がそのまま露出されている。
いかにもファンタジーアニメやライトノベルに出てくる『女騎士の鎧』なのだ。
露出部分が多いので、身につける者のスタイルがよほど良くなければ、見られたものではない。それを英美はなんの違和感もなく着こなしてしまう。
店の常連客からは『三次元の奇跡』とまでいわれるほどの、完璧な女騎士ぶりだった。
だが、着ている当の本人はといえば、
「こんな鎧が実戦で役に立つわけないじゃない。戦うどころか、これじゃ日焼けも防げないし、気温が下がったらすぐに体力消耗するし、普通に草むらを歩くだけ草木でこすったり虫に刺されたりでお肌が傷だらけよ。それに金属鎧が直に肌に当たったらかぶれちゃうし痛いじゃないの。こんなの、戦場じゃ無駄に人目を引くだけで全然いいことないわ。ほかはリアリティリアリティってうるさいクセに、女の子にこんな格好させて戦わせても平気だなんて、なんか変よね」
「まぁまぁ、アニメや小説の服装に、真面目に突っ込んじゃダメだよ」
「その点『セシル様』はいいわよね、ちょっと今風にアレンジしてるだけで、ほんとにありそうな服だもの。ほかのキャストはみんな、割としっかりした設定なのに、なんで史実には存在しない装備の『女騎士』がこんなに世間に有り難がられるのか、ほんと判んないわー」
「エイミーは、それだけかっこいいってことだよ」
セシルは冷静に吐き捨てる英美を、逆にうらやましそうに見返した。
「その鎧だって、スタイルが良くないと着こなせないもの。体にメリハリがないと映えないし、でも筋肉ムキムキだと色っぽさがなくなっちゃうし、お客さんはその絶妙なところがちゃんと判ってるんだよ」
「だといいんだけどねー……」
「英美ちゃん、セシル、取材の人たちが最後に話を聞きたいって言ってるんだけど」
声に気付いて二人が振り返ると、舞台裏に続くドアから顔を出し、執事風の燕尾服を着た年配の男が手を挙げている。店長の草壁だ。
『ファントム・キャッスル』では、裏方のスタッフも、急に店に出ても雰囲気を壊さないような服装をいつも心がけていた。
「ちょっと事務所まで来てもらっていいかな。二人の写真も撮りたいんだって」
「はーい」
英美が軽く手を振ると、草壁はまた慌ただしく顔を引っ込めた。
「雑誌の取材が入ってたの、忘れてたわねー」
「グルメ雑誌の取材って言ってなかったっけ?」
「だったらステージの写真をちょっと載せるくらいでもいいと思うけど。少し休憩しておきたいから、早く済ませて欲しいわね」
連れだって舞台裏のドアに向かいながら、英美は軽く首をすくめてみせた。