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異世界に契約者を求めるのは間違っているだろうか<前>

 レクセルの研究室兼自室は、城の敷地の中央部、城主一族のみが入れる庭園の、更に空中に漂っている。実際は階段を兼ねたアーチ型の支柱に支えられていて、城主の血族であれば容易に渡っていけるのだが、余人の侵入を許さないために支柱は幻惑魔法で隠されているのだ。

 夜間に庭園から見上げると、可愛らしい外灯のようにほんのりと浮き上がって見える。

 だが、中は見かけよりずっと広い。少女趣味にピンクのレースやぬいぐるみで飾られている寝台周辺以外は、割と古風な「魔法使いの部屋」風だ。

「この部屋に殿方をお通しする日が来るなんて……」

 背後でアルスが扉を閉じると、レクセルは美少女らしく恥じらった様子で口元にこぶしを当てた。

「殿方に関心がないくせに無駄な読者サービスはやめろ」

「無垢な男性読者のときめきを無碍になさらなくても」

 咎めるように言いながら、レクセルは部屋の隅に立っていたあるものを、ずりずりと部屋の真ん中へと引っ張ってきた。

 それは、紫色の布で作られた背の高いテントだった。下々の娯楽にあまりなじみのないアルスにも、繁華街の片隅で怪しい占い師が露店営業するような簡易天幕だというのは容易に判った。

「……なぜ室内でこんなものを」

「水晶鏡を使うには集中力が不可欠でございますし」

「見料一件30ダラム、追加応相談というこの札は……」

「ふ、ふいんきでございます」

 動揺した様子で『なぜか変換できない単語』を口走りながら、レクセルはテントの中に潜り込んだ。

 テントの中には、小さな丸いテーブルと、それを挟んだふたつの丸椅子が用意されている。テーブルはレースで飾られ、緋色のクッションに載せられた四角い水晶鏡が置かれている。水晶玉が水晶鏡になっただけで、怪しい占い師の仕事場そのものだ。

 上部に飾りつけられたガラス玉に指先で魔灯を点け、丸椅子に腰掛けると、レクセルは向かい側に座ったアルスを真面目な顔で見上げた。

「それで、『契約にふさわしい女子』を探索する範囲なのですが、アルス様はどうお考えでしょう」

「やはり、まずは領内の……」

「領内には、ラピス様のお眼鏡にかなう女子は存在いたしません」

「……なぜ断言できる」

「そりゃもう、普段からこの水晶鏡で素敵なお姉様を探しておりましたし、休日には出会いを求めて人気の観光スポットに安い占いの店を出し女性客を釣り上げ」

「それは男がやったら犯罪ではないのか」

 咎めるアルスの声を、レクセルは聞こえないふりで受け流し、

「それに、美しさだけならまだしも、フレアスティ様に並ぶほどの武芸を身につけた女子がいたら、噂にならないわけがございません。領内におられない以上、別の場所を探してみるしかございません」

「それもそうだが……、領内以外の場所か……」

 領内の住人であれば、土地を守護する霊力が切れれば困るのは同じだから、協力してもらうのは比較的容易なはずだ。

 しかし、領地外から探すとなると問題が出てくる。ラピスとの契約でもたらされる霊力はそれこそ神の域だ。そしてラピスとの契約者のみが扱える守護宝剣フルグールの力は、その気になれば神竜すら射落とすという。

 そんなものを、うかつに別の領国の人間に持たせるわけにはいかない。万一よその領国領主と縁続きだったりしたら、この領国そのものが乗っ取られてしまう可能性もでてくるのだ。

 まったく利害が絡まず、姉が戻ってくるまでの短期間だけ代わりを務めてくれる、野心のない、正義感の強い、美しく強い女性……

 ラピスが譲歩してくれたときは、助かったと思ったものの、ひょっとしてこれは姉を捜し出して連れ戻すより無理難題なのではないだろうか。

しかし実際問題、こうしているうちにも既に土地を守護する霊力の供給が絶たれていて、今は蓄積分で賄っているに過ぎないのだ。一刻も早く、ラピスの力をこの土地に仲介してくれる契約主を見つけなくては、都市機能を維持している魔力もじきに絶えてしまうだろう。

「アルス様、わたしにひとつ、探索先のご提案がございます」

「なんだ?」

「異世界でございますよ」

「異世界……?」

「この大陸の中でも、特に王国テールエルデが神竜や竜人と関わりが深いのは、かつてこの地全体が神々の世界と重なり合っていた為だというのは、アルス様もご存じでございましょう?」

 アルスは頷いた。

 アルスの国に伝わる伝承では、かつて王国テールエルデの統治する森林一帯は、神の世界と「重なって」いて、人と神々はそれぞれの世界を自由に行き来することができたのだという。

 時が経ち、互いの世界の重なりが薄れて、魔力に劣る人間の力では自在に行き来することは出来なくなった。しかし、今でもこの土地は神々の世界に一番近く、ラピスのように強大な魔力を保有する竜人種は、その世界に扉をつなげ、行き来が可能であるという。

 時々ラピスが、国内ではなじみのない形の服や道具で遊んでいるのも、アルスは見たことがあった。

「ひとくちに『神々の世界』と申しても、それはひとつだけに留まらず、その世界の中で暮らす者も多様とのことでございます。各世界を守護する神々はもちろん、その世界ごとに、様々な文化を持った人間も多く存在すると。異世界の住人であれば、この土地と大きく利害がからむことはございませんし、この地に愛着がない分、逆にビジネスライクな契約も成立するというものではございませぬか」

「なるほど……」

 いつになく真剣なレクセルに、アルスもつられて真面目な顔で頷いた。

「しかし条件に足りそうな女子を見つけたとして、こちらに呼び寄せることは可能であるのか?」

「まったくこちらと接点がない者を、強引に呼び寄せることは出来ません。ですが、こちらの世界とつながりの深い者が迎えに行って、連れてくるのであれば大丈夫です」

「ほう?」

「あれですね、湖で溺れてる人を助けるために、命綱をつけた衛兵が泳いで向かって抱きかかえたところを、陸にいる人間が引っ張って呼び戻すような感じですよ」

「判ったようなわからないような……」

「それと。異世界転移の魔法は、双方の世界の容量キャパシティに干渉するため、魔力を大きく消耗します。今の状態で数撃ちゃ当たる的な召喚はできません。チャンスは一度切りだと思ってください」

「一度か……それは厳しいな」

「ただ、無事に契約が済めば土地の霊力は元通りに供給され、使える魔力も回復します。契約してさえいただければ、あとは自由に元の世界と行き来が出来るようになりますから安心かと。もちろん、こちらにもある程度滞在していただかないと、守護契約の意味がありません。最低でも週の半分をこの国で過ごせるよう、手厚い待遇が必要かと存じます」

「なるほど、帰る場所があるのなら、こちらで野心を抱く懸念も減るというもの」

 どのみち、あまり悠長なことをいっている時間はない。勇者を呼び出したつもりが魔王だった、という事態にさえならなければ大丈夫だろう。

「判った、その方向で行こう。候補者を何人かあげた上で再度相談しよう。どれくらいかかりそうだ?」

「そのことですが……」

 真面目な顔で問うアルスを、レクセルは更に真面目な顔で見返した。

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