守護竜人ラピスの提案<後>
「非常に不本意だが、緊急時であるし、これもいたしかたあるまい。レクセル、頼む……」
「承知いたしました!」
なにかを堪えるように拳を握りしめるアルスの目の前に、レクセルはどこからともなく取り出した大きなついたてをたてかけた。
ついたての陰に隠れ、なにやらアルスがごそごそ衣擦れの音をさせている。ラピスが目をぱちくりさせていると、
「よし、よくはないがあけてくれ……」
「ヨロコンデ!」
消え入るようなアルスの声を合図に、レクセルが勢いよくついたてを取り払った。
現れたのは、さっきまでの颯爽とした青年貴族の姿とは一転、貴婦人が舞踏会に着て行きそうな裾の長い豪華なドレスを身につけ、恥ずかしそうに立つアルスの姿で――
「ど、どうであろうか。昨年末の騎士団女装男子コンテストでは辛くも二位だったのだが……」
「アルス様、その恥じらった仕草がなんとも言えません! このレクセル、新しい分野に目覚めそうです!」
「そ、そういう趣味があったんだねアルス……」
「ち、違いますって! ラピス様が常々、私が女子なら問題はなかったのにと言うから、不本意ながら妥協案を……って、レクセル、魔導写実画記録機は不可だ!」
「えー、魔法の水晶鏡の待ち受け画面にしたいから撮らせてくださいよう」
「ダメだダメ! で、ラピス様、姉上が戻ってくるまで、これでなんとかならないものでしょうか……」
さすがに唖然としているラピスに、若干開き直った様子でアルスが訊ねる。
「き、気持ちは伝わってくるけど、いくら美男でも、二十歳越えちゃうと筋肉がつきすぎて男臭さを隠しきれないよね……」
「も、もっと若ければよかったのです?!」
「そういうワケじゃないけど! いや、アルスがそこまでするのは正直ちょっとびっくり」
「あれ、ラピス様引いちゃってる? わたしはかなりいい線行ってると思いますけどー」
「私も中々のものだと思うのだが」
「だからそういうことじゃなくて!」
どこからか取り出した手鏡を見て自分で感心しているアルスに、ラピスは珍しく焦った様子で声を上げた。
「僕はこう、この辺がふわふわとして柔らかいのがいいの!」
「えー、ラピス様が常日頃、アルス様が女子ならよかったのにっておっしゃってたから、このドレスも張り切って作らさせていただいたのに」
「それは悪かったよ! 騎士団の次の余興にでも使ってよ!」
「次があるかはわからないですしー……」
「と、とにかく、契約は女子とじゃなきゃダメ! これは曲げられないの!」
「ええー?」
恨めしそうなレクセルに、さすがにラピスも気後れした様子だ。
「でも、アルスの気持ちも判るし、ここはこっちもすこし歩み寄ろうかなと思う」
「ええ!」
「じゃあ私と暫定的に契約を?!」
「だから聞いてってば! アルスは着替えて!」
「はぁ……」
「着替える前に待ち受けの画像を……」
「それは不可だ!」
レクセルの頼みを即座に却下し、アルスがついたての陰でもとの姿に戻ると、ラピスは改めて二人を見据え、
「僕としても、契約者が不在の状態が長く続くのは好ましくはないんだ。この地を守護する竜としての力は、人間との契約があってこそ十二分に発揮できるものだし、契約者不在の状態が続いて霊力が衰えたのをよそに勘づかれたら、別の領国領主が領地拡大のために目をつけないとも限らないからね。ほかの竜人に縄張りを荒らされるのは不愉快だ」
「私も、それは懸念しております」」
アルスも大きく頷いた。
「でもさっきも言ったけど、僕らにとって、この土地を守ることと、人間の国家を守ることは関係ないことなんだよ。ふさわしい素質さえ備えてさえいれば、契約者がヴェルーリヤ領主の直系じゃなくてもボクは構わないんだ。ただ、君らの一族は、ボクとの契約で得られる霊力を使って、ボクの好みに沿った平和的な統治を長年行ってきた。そういう点では安心できる契約相手だったから、優先して契約してきただけでね」
「はぁ……」
「だから今回は、君らの事情が落ち着くまでの間、それなりの素質のある女子に、一時的に契約を代行してもらう形にしてあげてもいいよ」
「本当ですか!」
「うん、その間に、フレアを探すなり、アルスが子供を作るなりすれば君らは問題ないんでしょ」
「こ、子供?!」
さらっと言われて、アルスはさすがに焦った様子で、
「こ、子供をといったら、結婚前提じゃないですか! まだ相手もおりませんよ! あの、有り難いんですが事情が落ち着くまでって、どれくらい待ってくださる気なんです?」
「人間の子供が大人になるのって、たかだか一五年そこらでしょ? アルスだって昨日生まれたようなもんじゃない」
竜人種の寿命から見たら、一〇年二〇年など長いうちには入らないらしい。しかし人間の基準で二〇年などみたら、下手をすると世代がひとつ代わっている。
「いや……、剣術大会の本戦が来月だし、姉上にはそれまでに戻ってもらわないと」
「アルス様! 長く待っていただけるにこしたことはないではないですか!」
「そ、そうだな」
「して、ラピス様。それなりの素質って、どんなものなんです?」
レクセルの問いに、ラピスは胸を張って答えた。
「強い、きれい、かっこいい!」
「どこかの食堂の宣伝文句みたいですね……」
アルスは呟きながら、姉と母親の姿を思い起こした。
二人とも、短気でクセのある性格だが、自分の血縁だけあって顔立ちは確かに美しく、武術などアルス以上の実力を持つ。
「ちなみに、強くて綺麗なら、まな板でもよいです?」
「ううん、ぎゅっとしたときにもふもふって埋もれられるくらいがいい」
「それはちょっと基準高いですね……わたしも好きですけど」
「なんの話だ」
「とにかく、話は決まりました!」
なんだか来たときよりもうきうきした様子で、レクセルはアルスを振り仰いだ。
「すぐに城に戻って、水晶鏡で探索しましょう! 強くてきれいでボンキュッボンですね!」
「最後がなんか変わってるけど、条件さえおおむね合致してれば僕は構わないよ」
「公務で新しいお姉様候補を探せるなんて、美少女魔導師になった甲斐があるというものです」
「だからお前はもう少し反省しろ!」