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看板騎士エイミーの華麗なる竜退治<前>

 それはまさに『晴天の霹靂』とも言える光景だった。

 地を割るような轟音が空気を揺さぶる。同時に、晴れ渡った蒼空を切り裂くように、強烈な稲妻が城と天をつないだ。

 街の者たち、空を戦場にして争っていた兵士達が見守る中、その稲妻の後を追うように、青空よりも更に蒼く澄んだ光が天に伸びた。

 それは、風のように空を翔る蒼竜と白竜の背に乗った者たちからもはっきり見えた。ただならぬ気配を感じたのか、白竜達が怯えた様子で動きを鈍らせている。

「な……なんだあれ?」

 状況を忘れ、トロイがあっけにとられた様子で声を上げた。

 城から空に伸びた光の柱、その中から舞い上がった巨大な瑠璃色の竜が、鱗を蒼く輝かせながら、自分の存在を見せつけるように光の柱の周囲を大きく旋回している。

「あなたたちはまだ、守護契約の場を見たことがないのですね!」

 後ろ手に縛り上げられながらも、ウィタードの背中にかじりつくように暴れていたレクセルが、明るい声を上げた。

「契約? 領主も先代も逃げてしまったのだろう? 竜人は気むずかしく、気に入ったものでなければ領主の血族であっても簡単に契約はしないと聞くぞ、だから私も苦労して……」

「ははぁ、あなたはどうにもアルマースの守護竜人に気に入ってもらえなくて、いつまでも後継者として認めてもらえないから、手柄を多く積もうと弟の話に飛びついてしまったのですね」

「う、うるさ……いぃ?!」

 図星を指されて、ウィタードが張り上げた声の語尾が、悲鳴のような驚愕の声に変わった。

 まるでこちらのやりとりを聞いていたかのように、瞬時に向きを変えた瑠璃色の竜から、稲妻のような光が放たれ、ウィタードとトロイの乗る白竜の間の空間を文字通り貫いたのだ。白竜たちはそれこそ本能的な動きでその稲妻を避けたため、後ろ手に縛られたレクセルが危うく転げ落ちそうになった。

「ら、ラピス様、それに、エイミー殿……?!」

「なんだと?!」

 アルスの声に、トロイが驚愕の声をあげる。その時には既に、巨大な瑠璃色の竜は彼らのいる空域の間近まで迫っていた。その背に確かに、栗色の髪の人影を乗せている。

「お姉さま! このレクセルの窮地を見ておられずに飛んできてくださったのですね! やっと真実の愛に気付かれたのですね!」

「お前は喋るな! 全然窮地に見えぬ!」

「どういうことだトロイ、領主が逃げ出して、竜人はこの地を見放したのではなかったのか?!」

「そ、そうだ……あれは先代領主の騎竜であろう? 新しい契約者が現れたように見せかけて、我々の士気を下げようと……」

 トロイの言葉を遮るように、額に美しい鱗をつけた巨大な竜が咆哮を上げる。

 それは刃のように空気を打ち、白竜達と眼下で小競り合いを続ける双方の灰竜達が、怯えた様子で動きを硬くした。行き場なく旋回していた乗り手のない白竜も、思わず動きを止めて瑠璃色の竜に向かって首を巡らせる。

 その背には、碧く美しく光を放つ、独特なデザインの『女騎士の鎧』を身につけたエイミーが、翠の刃の美しい剣を掲げている。剣は全体に、さっきの光の矢と同じ青白い光を帯びていた。

「な、なんだあの格好? あれで戦士なのか?」

 当然といえば当然のウィタードの声に、レクセルが冷ややかに、

「見た目に捕らわれ、真価から目を逸らす愚か者の言いぐさにございますね。あれは美しく優れた戦士でなければ身につけることの出来ない、最強の鎧でございます。エイミー様は新しい契約者として、この国の守護竜人ラピス様に選ばれたのでございます! あの額の鱗と、守護宝剣フルグールを持っているのが何よりの証」

 確かにエイミーの額では、今までなかった蒼い鱗が太陽の反射とはまた違う不思議な輝きを放っている。

 今エイミーが身につけているのは、ファントム・キャッスルで使うものと似た形の鎧だった。しかし肩当てや胸甲といった本来金属の色に塗られている部分は、今は美しい瑠璃色の輝きを放ち、エイミー自信も体全体が月の光りを受けたように淡く美しい光をまとっている。

 魔導の心得がなくても、一目でエイミー自身が大きな力に守られているのが判る神々しさだった。

「いやいや剣はともかく、あんな格好必要ないであろう! 腹も太股も丸出しで嬉しい……じゃない鎧として全然意味がないではないか」

「美しい戦乙女をそんな目でしか見られないなんて汚らわしい! さすが上級者でございますね!」

「だからなんの上級者なのだ!」

『なんかみっともないから黙っててくれる? 見せ場なんだけど』

 軽い咆哮と一緒に、ラピスの呆れ声が飛んできて、レクセルとウィタードは思わず首をすくめた。

 軽くたしなめたつもりなのだろうが、咆哮は突風のように白竜の肌を叩き、二人を乗せたまま軽くよろめいている。世の理とは違う力で飛んでいるはずの神竜が、だ。

 間近まで迫ると、エイミーを乗せた瑠璃色の竜は、アルスの蒼竜よりも更に大きい。額の鱗には金粉を思わせる輝きがあり、それが大きさを除けば唯一蒼龍と違う部分だった。

「この私が来たからには、もう好き勝手させないわよ、グレッグ三兄弟……じゃない、トロイグロス!」

「グレッグって誰だよ?!」

「とにかく! 心改めて悪さをやめるならよし、そうでなければこの竜騎士エイミーが、天に替わって成敗します!」

「ここまで来てはいそうですかって帰れるわけがないだろう、なんだよ裸みたいな格好しやがって、それで騎士だとか戦士だとか……っ?!」

 トロイが言い終わらないうちに、首をもたげたラピスの咆哮が、今度はトロイの乗る白竜に叩きつけられた。白竜は目に見えて怯んだ様子でよろめいている。

 トロイがなんとか体勢をたて直そうするが、それよりも早く、一気に間を詰めたラピスの背から、瑠璃色の鎧をきらめかせ、エイミーが軽やかに飛び降りた。

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