女騎士エイミーの葛藤<中>
「エイミー様の世界で、周りの方々がどのような仕打ちをしたのかはよく存じませんが、もし私どもが恩を忘れ、エイミー様が私どもをもう助けるに値しないと思われたなら、その時は遠慮なくお見捨て下さい。それはエイミー様の当然の権利でございます」
それは、英美には思いもよらなかったことだった。
確かに、店のためにと言われて承諾したのは自分自身だ。
ついつい、お店のみんなのこと、セシルのことを考えて我慢してきてしまったけれど、英美はキャストとして十分以上に務めてきた。それにきちんと応えてくれない店そのものに、どうして英美が黙って従わなければいけなかったんだろう。
英美がうんと言いさえすれば、この戦闘だってもっと楽に終わったかも知れないし、町の人たちもずっと安心だろう。それでも、アルスは英美に無理強いしたり、同情を買って英美の気持ちをコントロールしようとはしなかった。協力しなければ一生元の世界には戻れないのだと、脅したりもしなかった。英美の気が乗らないのなら、別の道を探してみようとまで言ってくれた。
こんな状態でも、英美の意志を尊重してくれようとしていたのだ。
「お、動きが出たね」
「えっ」
英美とハンナ達の話を、他人事のように聞いていたラピスが、ふと声をあげた。
高度を上げる蒼竜に、追いすがる二騎の白竜は、体全体を使って動きを阻もうとする。蒼竜が本気を出せば白竜を振り切るのは可能なのだが、それを悟らせない程度にアルスは巧妙だった。
速度は若干、長男ウィタードの騎竜の方が早いらしい。トロイの騎竜に徐々に遅れが出始めたのを察し、レクセルがステッキを振り上げた。今度は技名を用意していなかったらしく、無言のままだったが。
ステッキの先に生まれた光球を警戒し、すぐ側に並んでいたウィタードがいくらか距離をあけようとした。だが、レクセルがステッキを向けた先は、ウィタードではなくトロイの乗った白竜の鼻先だった。
光球は白竜に触れると、大きな火花を散らしながら炸裂した。トロイは思わず腕をかざして顔をかばったが、熱や雷撃は伴わない、ただの閃光弾だと気付いたようで、
「馬鹿め、この程度で人を驚かそうとでも……うわわ?!」
あざけるような声が、途中で情けない悲鳴に切り替わった。
レクセルの光球を合図に、下方で戦闘を続けていたヴェルーリヤ騎竜部隊の一部から、一斉に同じような光球が放たれて、トロイの騎竜の進行方向で炸裂したのだ。
夜でも方角を見失わないとはいえ、一斉に炸裂した光球のせいで視界を奪われたらしく、白竜は大きくバランスを崩して地上方面に弧を描き始めた。
「トロイ!」
ウィタードが気をとられたその一瞬、速度を落として逆にウィタードの白竜に急接近した蒼竜の背から、青い人影が舞い降りた。
軽やかに白竜の背に飛び降りながら、レクセルは右手のステッキから光のリボンを繰り出した。重力も風も無視し、光のリボンはウィタードの左腕に絡みつく。が、
「同じ技が二度も易々と通用するか、小娘が!」
背に飛び降りたレクセルに向き合うウィタードは、余裕の笑みを浮かべながら大声を上げた。確かに光のリボンはウィタードの左腕に絡みついてはいるが、その絡みつかれた部分を、青白い光が護っている。ダイヤモンドのように冷たく硬い輝きの、光の籠手だ。
「脳筋兄弟だと聞いておりましたのに、もしや魔導の心得が?!」
「脳筋言うな! 私は武芸こそ弟に及ばぬが、魔導の素質はアルマース宮廷内でも随一だ。お前のような浅はかな小娘が宮廷魔導師など、この国もたかがしれたものだな!」
言い捨てながら、ウィタードはリボンが絡みついたままの左腕を強く引いた。
引き合っているのは魔法で作り出したリボンとはいえ、純粋な力比べに持ち込まれると、小柄なレクセルは明らかに不利だ。引っ張られてバランスを崩し、とっさにリボンを消し去ったものの、その間に距離を縮められてしまい、レクセルはウィタードに取り押さえられてしまった。
「レクセル!」
光の弾幕から復帰してきたトロイの竜を牽制していたアルスは、ウィタードの竜にまで手を出すことが出来ない。あっというまにレクセルは、後ろ手に両手を本物の縄で縛りあげられてしまった。
「こ、このようなものを隠し持っているとは、さては上級者ありますね! 次期領主候補の癖に汚らわしい!」
「なんの上級者だ! 目障りな小娘め、いいからおとなしくそこで見物して……」
「わたしに乱暴する気でございますね! いかがわしい薄い本のように!」
「せぬわ! 捕虜を虐待したら条約で罰せられるだろ!」
「お前は一体どこでそのような語彙を仕入れてくるのだ!」
「ワラ動とか一四〇字寄せ書き通信とか……」
「具体的に説明しなくていい!」
「お前らこの状況で漫才やってるんじゃない!」
さっきとは逆に、今度は蒼竜がウィタードの白竜に近寄れないよう牽制していたトロイが、イライラした様子で割って入る。
「余裕がない殿方はモテないのでございます!」
「お前にモテたって嬉しくないわ! 兄上、あとは一気にアルステリアを叩きますので援護を!」
「させませぬー! この戦いが終わったら召使い喫茶でクマちゃんパフェに『おいしくなあれ』をしてもらうのです!!」
「意味の判らないフラグを立てるんじゃない!」
会話だけ聞いていると余裕のように思えるが、アルスの乗る蒼竜が反撃に転じるために距離をとろうと加速し、それをさせまいと追いすがる二騎の白竜の作る航跡が、まるで流星のように青空に描かれる。遠見の術を使わなくても動きが目に見えるので、後ろに控える女達も気が気ではないようだ。
ラピスの遠見の術で、アルス達のやりとりも聞いていた英美は、時折体当たりぎりぎりまで迫られた蒼竜がかろうじてかわすたびに、ぎゅっとラピスの手を握る。
「……行きたいんじゃないの?」
「えっ?」
ラピスに見上げられ、英美は思わず聞き返した。




