女騎士エイミーの葛藤<前>
「だ、大丈夫なの?」
遠見の術で一緒に戦況を眺めていた英美の声に、手をつないだままのラピスは肩をすくめて見せた。
「実際、白竜三騎相手によくやってると思うよ。敵にほとんど魔導師がいないのも、正直助かってると思う。ひょっとしてあの三兄弟、父親に侵攻の許可を取ってないんじゃないかな?」
「勝手に、よその国にせめて来ちゃってるってこと?」
「トロイはアルスと同じで、王国の騎士団に入ってるんだよ。アルスが領国からの知らせを受けたときに、トロイが居合わせたって言ってたでしょ? それで、アルスの様子がおかしいと思って探ってたら、フレアがいなくなったのに気付いて、好機だと領国の父兄弟に報告した、でも領主である父親が信じなくて、兄弟たちだけで動かせる騎竜と兵士達を連れてやってきたって感じじゃないかな。うまくいけば、三男の婿入り先も決まるし、アルスがこの騒ぎで剣術大会の出場を取り下げればば、トロイが王国の姫の許嫁により一歩近づくわけだからね。脳筋一族なだけに、トロイも武芸の才だけは一人前だからね、剣術大会の予選は通ってるはずだよ」
「それなら、相手はベストじゃないってことなのね?」
幾分ほっとした様子の英美に、
「でも、この回でヴェルーリヤが勝ったとしても、フレアがいなくなってるのが本当だって、アルマースの領主も気付いちゃうでしょ。次に来るときは、今度こそ全力でかかってくるよ」
「つ、次?! これ一回で終わりじゃないの?」
「もちろん和平条約である程度取り決めは出来るだろうけど、向こうにも面子があるからね。隙を見てまた狙ってくると思うよ。それに、仮にアルマースがあきらめても、別の国が変な気を起こさないとも限らないじゃない? まぁアルマースよりは統治はましだろうけど、今よりよくなるってことはまずないと思うね」
「そんなぁ……」
これで勝てば、あとはなんの問題もないと思っていただけに、英美も動揺を隠しきれない。
「それこそテールエルデ王室に頼んで、期間を決めてどの領国も手出ししないように取り決めてもらうのは可能だと思うけど、それだと王国に余計に税金を納めないといけなくなるからね。今より財政が苦しくなると思うし、最後の手段ってことになるんじゃないかな」
「そ、それでラピスさんはいいの?」
「そんなこと言われても」
ラピスは空いている手で頭をかいた。
「僕はこのあたりを縄張りにしてはいるけれど、守護されるかどうかを選ぶのは人間だもの。頼みに来た本人が、もういいやって言うのなら、それ以上のことはできないよ。その結果、この周辺が住みにくくなったら、それはもう住処を替えるしかないよね」
「そんな……」
「契約の責任は負いたくない、代償を支払いたくはない、でもいざという時だけは守って欲しいなんて勝手じゃない? エイミーの世界でも、ただ『困った、助けてください』って叫んでたって、誰も助けてくれないだろうし、なんにも変わらないでしょ?」
英美は言葉に詰まった。それは確かに正論だ。
「ボクは、きちんと条件を揃えた人間が頼みに来れば、ちゃんと力を貸すよ。この地では僕と人間の利害はわりと一致しているから、契約に伴う代償もわずかで済んでるんだよ? でも、神と人間のつながりが遠い世界では、小さな願いを叶えてもらうために、とんでもなく大きな代償を支払わなければいけないんじゃないの? それとも君の世界では、お星様に願ったら、それだけで世界が平和になっちゃうの?」
「そ、それは……」
自分のことだって、多少の努力ではままならない。願いのためにどんなに必死に頑張ったって、叶えられないものもある。
口ごもった英美は、背後から近づく足音に気付き振り返った。ハンナを含めた侍女達が、思い詰めた様子で並んで立っている。
「エイミー様にも事情があるのだから、強いて頼むようなことはするなと、アルス様は言っておられたのです。ですが、やはり黙っておれません。エイミー様、この国のためにとは言いません、アルス様を助けるために、どうかお力を貸してください」
「ハンナさん、でも、あたし……」
「代々の取り決めで、この国の領主は女子と決まっております。ここでアルマースの息子達を無事に追い払ったとしても、フレア様がお戻りになればアルス様のお役目は終わりなのです。それでも、アルス様はあのように一生懸命、一族の責任を果たそうと頑張っておられます。今アルス様をたすけることができるのは、エイミー様だけなのです。アルス様は約束を違えたり、人をだませるような器用なお方ではありません、どうかエイミー様のお力を……」
「……ファントム・キャッスルの店長も、あの時、そう言ったの」
うつむいた英美は無意識に、ラピスとつないでいた手を強く握りしめた。
「いまどきの『女騎士』の役にぴったりだ、君しかいない、君なら店を救ってくれるって……。でも、店が流行って、考え違いをしたお客さんにひどいこと言われたり、取材のひとに色眼鏡で写真を撮られてるのに、助けてくれない。口では『感謝してる』『店の救世主だ、ヒーローだ』って言いながら、あたしの希望には耳を傾けてくれない。都合が悪いときは助けてくれって言ってたクセに、用が済めば後は便利な道具扱いなんだもの」
「もし私どもがそうなったら、その時こそはどうぞお見捨て下さい!」
全く迷いなく、ハンナは声を上げた。英美ははっとして顔を上げた。




