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空戦部隊、出撃!<後>

「な、なにあれ? 雷雲?」

「魔導師の術だよ。闇霧の術、とでもいえばいいかな。灰竜が夜飛べないのは知ってる?」

「アルスさんが言ってた気が……」

「あの霧は光を吸収してしまうんだ。夜とほぼ同じ状態の中で、灰竜はバランスを保つのも辛いだろうね」

 闇霧の出現と同時に、ヴェルーリヤの部隊は接近をやめ、三日月の内側の部分にいた騎竜達が横にスライドするように、敵兵の側面に移動を始めている。三日月の外側に当たる後衛部分の騎竜に乗っているのは弓兵らしく、前衛の移動を援護するかのように闇霧の中に向かって矢をいかけ始めた。



 鏃が潰してあるとはいえ、石を投げられたら痛いのは人も灰竜も同じらしく、霧の中では人の悲鳴よりも竜の吠え声の方が大きい。霧の中でバランスを崩した竜の背から、アルマースの兵士達が振り落とされ、ぽろぽろと落下していく。乗り手を失い、酒に酔ったようにふらふらと地上に落ちていく灰竜の姿もある。

「どうも、向こうは魔導師部隊の数が揃ってないようでございますね……。我が領国の霊力が衰えているから、なくてもいけると踏んだのでしょうか」

 アルスの操る蒼竜に一緒に乗り、戦況を見守るレクセルが首を傾げる。その言葉でなにか思いついたらしく、はっとした様子のアルスが軽い笑みを見せた。

 一方で、距離をとって睨み合っていた白竜の上から、いらだたしげなトロイグロスの声が飛んできた。

「兵同士のぶつかり合いに魔導師など卑怯な!」

「アルマースが勝手に魔導師部隊を軽んじているだけだろう、この脳筋軍隊が!」

「……姉弟揃って同じようなことを抜かしやがって!」

 子供のようなアルスの煽りに、一騎の白竜が反応した。アルマース領国三男、テトレーの乗った、白竜の中では多少小振りなものだ。魔導師が乗っているであろう、後方部隊の灰竜を蹴散らそうとまっすぐ向かっているのが判る。

「かかりました! R計画実行します」

「無理はするなよ!」

「アラホラサッサー!」

 アルスの背後でレクセルが謎のかけ声をあげる。同時に、二人の乗った蒼竜が、テトレーの乗った白竜に向けて急降下を始めた。

 大きさもさることながら、移動速度は蒼竜のほうが格段に上なのが、遠目に戦況を眺める者たちにも判るほどだ。

 とめに入ろうと他の二騎の白竜が方向を転じようとした時には、既に白と蒼の航跡は、ヴェルーリヤ部隊の真上で交錯していた。

「私の恋路を邪魔する奴は、月に代わってお仕置きなのです!」

 月も名前を出されてさぞや迷惑だろう。白竜と蒼竜がすれ違うほんの一瞬、レクセルは愛用のステッキを片手に、白竜の背に飛び移った。

 蒼竜の体当たりを警戒していたらしいテトレーは、勢いをつけたレクセルが自分の真上に飛び降りてくるのをぎょっとして見上げている。

 レクセルは計算し尽くされたらしい正確さで、テトレーの顔面を右脚で踏みつけた。

「なっ、何を……!」

「一番星を守護に持つ宮廷の戦士、美少女魔導師レクセル、参上!」

「月じゃないのかよ!」

 踏みつけると同時にテトレーの顔の上で反動をつけ、レクセルは空中で一回転しながら器用に白竜の背に舞い降りた。

 移動する竜の背中での大立ち回りは、世の理に縛られずに飛ぶ神竜種だからこそだ。

「こ、小娘がいい気に……」

「下っ端戦闘員に負け台詞を吐く権利はございません!」

 すぐに反転し、ステッキを振りかざしながらテトレーに迫る。顔に足跡をくっきりつけたテトレーは、剣を抜き放とうとしたが、

「くらえ! リボントルネードアタック!」

 大仰な叫びと共に、ステッキの先をぐるぐると光のリボンが取り巻いた。それをレクセルが一振りすると、ぐんと長さを伸ばした光のリボンが。あっという間にテトレーの体をぐるぐるまきにしてしまった。

「な……なにを!」

「説明しよう! リボントルネードアタックとは初級魔導網の改良版! ステッキの先から伸びる光のリボンを自在に操り敵を絡め取ってしまうのだ! リボン強度は、使う魔導師の能力によって左右される! つまり、ヴェルーリヤ最強の魔導師レクセルの扱うリボントルネードアタックを、脳筋戦士が破ることは不可能なのだ! すごいぞレクセルちゃん!」

「脳筋言うな! それにこの白竜の背に乗っている限り、お前に捕らわれたとは……うわああああ!」

 テトレーにみなまで言わせず、レクセルはステッキを握ったまま白竜の背から飛び降りた。

 いかに見た目だけはただの美少女とはいえ、自由落下に転じたレクセルの体重を、全身縛り上げられた状態で支えることが出来ず、たまらずテトレーも白竜の背から転げ落ちた。

 さすがに白竜が慌てた様子で、主を拾い上げに行こうと方向を変えようとしたが、その先ではアルスの乗る蒼竜が行く手を阻んでいる。

 アルマースの兵士達があっけにとられて見守る中、二人の体は下で待っていたヴェルーリヤ竜騎兵の魔導網の中に捕らえられた。更に一拍おいて、レクセルがテトレーを魔導網の中から蹴りだした。

 テトレーはぐるぐる巻きにされた状態のままだが、リボンはステッキからつながりを切ってある。

 双方が微妙に異なった思いで見守る中、今度こそテトレーは地上に広がる森林地帯の中に吸い込まれていった。あの下では、ヴェルーリヤの兵士達と魔導師達が、落ちてくる者を回収するために待っているはずだ。

「捕虜、ゲットだぜ!」

「個人的な恨みがあると強いな……」

「障害を叩きつぶしてこそ愛は深まるのです!」

「深まるかどうかは知らぬが」

 拾い上げられ、蒼竜の背で決めポーズをとっているレクセルに、アルスは呆れた様子で呟いた。その間にも、蒼龍は再び高度を上げている。

 乗り手を失い、しかし地上に落ちてしまったテトレーを回収に行くことも出来ず、白竜は困った様子で戦場を遠巻きにして旋回を始めた。

 灰竜なら、捕らえて自軍で使うこともできるが、さすがに他領国の神竜までは手綱で従えることは出来ない。邪魔にならないなら、放置しておくしかなかった。

 下方で行われている騎竜同士の戦闘は、数の差と、最初の機転のおかげで、いくらかヴェルーリヤ側の方が優勢だ。しかし神竜が介入したらあっというまにひっくり返りかねない。アルスが白竜の気を引きつけておく必要がある。

「トロイと一騎撃ちに持ち込めれば、負けない自信はあるのだがな」

「では次はウィタードでございますね! ラスボスは最後に残すのも戦隊もののセオリー!」

「しかし今のと同じことを繰り返すのは危険だ。相手も警戒するだろうからな」

「せめてもう一騎……大奥様がお戻りになって下されば……」

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