空戦部隊、出撃!<中>
やっぱり、ここはなんとしてでも自分の協力が欲しいということになるのだろうか。居住まいを正した英美に、アルスは優しく微笑んだ。
「今日は蒼竜で王都近くを見せて差し上げようと思っていたのだが、慌ただしくなって申し訳ないな」
「え? い、いえ……」
「ラピス殿にも聞いたと思うが、勝敗はすべて空の上で決する。こちらが万一負けたとしても、市街に危険はない。もちろん負けはせぬが」
「は、はぁ……」
「片をつけたら、エイミー殿の今後についても、皆でもう少し具体的に話し合おう。やはりこちらの世界との縁は切って、元の世界に帰りたいと思うのであれば、他の国の魔導師に頼んで転移の魔法を試すことも可能かもしれぬ。今アルマースに勝てば、賠償金代わりにそれくらいの要求は出来るだろうから、逆に好機であるやもしれぬ」
「で、でも……。あたしがラピスさんと契約しちゃえば、問題解決なんでしょう? どうしてそれを説得しようとしないの?」
「それなら確かに安心であるが、エイミー殿が不本意だと思っていることを強いるわけにはいかぬよ。姉上が出奔したのだって、ラピス殿との契約そのものが嫌だったわけではなく、領主としてずっと国に縛られ、普通の女人のように恋することもままならぬのが耐えられなかったのであろう」
「……」
「今の窮地を乗り切るために、エイミー殿の協力が仰げたとしても、いずれエイミー殿にも、この世界との関わりが負担になる日が来るやも知れぬ。若く美しい女性に、そのような苦悩を強いようとしていた私の方こそ、思慮が足りなかったのだ。エイミー殿が気に病むことは全くない」
「もちろん、お姉様が自分の心に素直になって、愛するわたしとこの世界で共に生きたいと言っていただければ、ラピス様とのご契約に何ら支障は」
「さらっと混ざるんじゃない!」
ぬっと横から現れたレクセルの頭を押さえつけて引っ込ませると、戸惑った様子の英美にアルスは微笑んだ。
「とにかく、エイミー殿に一番いい方向で、先を考えよう。今は何も心配せず、城で待っていて欲しい」
「う、うん……」
「では、目的の場所で布陣するための時間も必要であるから、そろそろ出立の準備をせねばならぬ。ラピス様もごゆっくりと」
「うん」
手を振るラピスの表情にやはり深刻なものはない。人間同士の諍いなど、一時の遊技のようなものとでも思っているのかも知れない。
神竜を扱う領国間同士の戦いは、ルールが定められていて、それを違反すると王国側から厳罰が下る。戦闘と言うよりは、利益と面子をかけた遊戯の傾向が強い。
土地から供給される霊力はその領地を守護するものだから、通常は戦場が領内になった方が圧倒的に有利だ。その状態で、他の領内にまで出向いてケンカを売ろうという者は滅多にない。それが、テールエルデ王国内における、領国間での抗争の少なさの理由でもあった。
だが今回は、ラピスの守護が切れて、霊力の供給が途切れている。魔導師たちも十分に力を発揮できないことが予測された。
「戦闘って言っても、神竜はあまり血を好まないからね。神竜がでてくるような領国間の抗争では、武器も規定がある。剣や鏃は刃を潰してあるから、言ってしまえば子供の殴り合いだね」
城の高台から、街の外に展開する灰竜達を眺め、ラピスが説明する。
わざわざ街から見える場所を戦場にするのは、住人に対するデモンストレーションの意味が強い。様子が目に見えれば、攻め入る側が奸計を用いて勝っても、その後の支持を得られない。それだけに、勝敗が目に見えれば、その後の統治もやりやすい。
逆に言うと、勝算ありと見込んでわざわざ攻め込んできたのに惨敗などとなったら、攻め側の自尊心はズタズタになるだろう。
「無駄に殺し合いするよりはいいとは思うけど、それでアルマースが勝っちゃったら、どうなるの? 統治する人間の事情が変わるだけで、町の人の生活は同じなまま?」
「そんなわけないでしょ」
ラピスはのんびりと答えた。
「守護についてる竜人の性格って、そこの土地に住む人の気風に似てるんだよ。硬いだけの白竜は、力さえあれば人間の関係は丸く収まると思ってる。それと同じで、あそこの領主は、国力を上げて国全体を豊かにするよりも、軍を強化して兵力をつけることを重点に考えてきた。うまく交渉して、共同統治という形式に納めたとしても、自分たちのやり方を押しつけようとあれこれ口を出してくるのは避けられないだろうね」
「ええ?」
「ヴェルーリヤでは、供給される霊力を、魔導師達が人々の暮らしを豊かにするために活用してきた。でもアルマースは、軍の運営が円滑に回るように割り振ってしまうんだ。土地を富ませて実り豊かにするための努力なんかこれっぽっちもしてこなかったくせに、この国の豊かさをうらやんでる。さっきレクセルが言ってたじゃない」
「そんな……」
「あ、始まるよ」
ラピスの声に重なって、打ち鳴らされる鐘の音が遠くから響いてきた。にらみ合うように布陣していた灰竜達の距離が少しづつ縮まっていくが、その後方に控える蒼竜、白竜はあまり大きな動きを見せない。
「幾ら強くても、将棋で最初から王が出て行くわけにはいかないでしょ。それに灰竜に神竜が本気でかかったら、それこそ死人が出るよ」
ヴェルーリヤの灰竜の数は、アルマースのそれとは倍以上のになる。これは、拠点が近いヴェルーリヤの有利な点だ。
右と左に別れたアルマース部隊にあわせ、ヴェルーリヤ側も二手に分かれて向かう……かと思いきや、ヴェルーリヤ軍の灰竜は全体的に右寄りの迂回しながら、いつしか厚い三日月のようにひとかたまりになって、アルマース部隊の左翼を飲み込むように攻め込み始めた。
さすがに慌てた様子のアルマース左翼が、速度を落とし、右翼の合流を待っている間に、アルマース左翼の前衛付近を、一見濃い雨雲のような、灰色の雲のようなものが包み込んだ。




