空戦部隊、出撃!<前>
そもそも大陸内の各国が騎竜部隊を揃えたがるのは、地上に布陣した敵部隊に対して圧倒的に有利だからだ。高いところからなら弓での一斉掃射もより有効、魔導師がいれば、上空から的確に広範囲の攪乱魔法を発動させれば、味方はかなり有利になる。
テールエルデ王国が外部からの侵攻を受けにくいのは、各領国に騎竜部隊が充実しているのが大きい。
加えて、テールエルデ王室とその周囲にある五つの領国領主一族は、神竜を自在に操ることができる。
同じ竜の名前がついていても、灰竜と神竜の能力は雲泥の差がある。神竜一騎がその気になれば、灰竜が束になってかかってもまず勝ち目がないのだ。
では、その神竜同士がぶつかりあうとどうなるか、というと――
半日後の交戦に備えて、城内はいっきに慌ただしくなった。
騎竜前提のぶつかり合いなので、戦闘に出せる数も限られてくるらしいが、それだけに武器防具や乗り手の準備も短い時間に完璧に行わなければいけないようだ。
「灰竜の数はこちらが上回れるとしても、今の状態で白竜が三騎とはちょっと厳しいですね。たしかアルマース領主の息子は三人兄弟でしたっけ? 領主殿は今回出向いてこないのでしょうかね」
「使者として出向いてきたのが長男ではなく次男のトロイグロスだったということは、率いているのは長男のウィタードである可能性が高いな」
「しかし領主殿が出向かなくても、三騎を確保できるのは強みですね」
即席の作戦本部となった食堂で、アルスを囲み、レクセルを筆頭にした魔導師達と兵士達が話し合っている。これが地上での戦闘なら地図を広げ、地形を考えて作戦が組めるのだろうが、あいにく戦場は空の上だ。
「せめて先代がいらっしゃれば、五分に持ち込めるでしょうが、お戻りになる気配はございませんし」
「いない者をアテにはできぬ。それにあいつらは、母上がいないのも見越していた公算が大きいな」
「フレア様に身の程知らずにつきまとうだけあって、やり口が陰湿でございますね……」
「いかに神竜種といえど、白竜は硬いだけで、なんの魔力属性もないから、魔導師の数を増やせば攪乱は可能ではないか」
「こちらの霊力が不十分ですからね……。向こうが用意した魔導師の数にも寄りますが、いっそ、先に敵の灰竜をアルス様が片付けてしまって、こちらの騎竜と総出で白竜を各個撃破と」
「問題は、向こうに同じように出られたら、あっというまのこちらの騎竜が壊滅してしまうことだな」
「ああ、それはありえますね……」
「時間がもう少し稼げれば、別領国に協力を仰げたのだが。姉上の出奔を伏せておこうと思って、どこにも連絡していなかったのが裏目に出てしまったな」
腕組みをし、全員の声を聞きながらアルスは難しい顔で考え込んでいる。
少し離れた場所に用意さた席で話を聞いていた英美は、隣のラピスに小声で、
「……アルスさんのお父さんは、蒼竜に乗れないの?」
「頼まれれば変わり者の蒼竜を紹介してもいいんだけど、本人にその気はないみたいだよ。どのみち、竜に乗れたって役には立たないだろうし」
ラピスはわりとどうでも良さそうに答え、果物をかじっている。
「逆に、あの男が主役なら、あのいい加減さと無駄な運の良さで逆に戦局をひっくり返せそうなもんなんだけどね。アルスは実力があるけど、真面目で斜め上の発想が出来ないから」
「そ、そういうものなの」
「ま、戦闘といっても、領国同士の空中戦は竜同士の力比べの面が大きいから、死者がでるようなことはほとんどないよ。そもそも神竜種は血を好まないから、使われる武器は殺傷能力を抑えてあるしね。領地内が戦場なら、落竜しても、地上に待機した騎馬兵や歩兵が魔導網で安全に回収するし。形式自体は、領地を賭けた一種の遊戯みたいなものだよ。ルールもきちんと決まってる」
「へぇ……」
「本来、テールエルデの領国間条約っていうのは、何らかの理由でその地の守護竜人が正しい役割を果たせなくなった場合の、領国民の救済のために定められたものなんだ。神竜は、直接の上位種にあたる竜人が守護してる土地の中では、圧倒的な力を発揮する。守護契約してる竜人がいる土地に、わざわざ出向いてケンカを売ろうと思う他領主なんかいないよ」
逆に言えば、今回アルマースの者たちがわざわざやってきたのは、今なら勝算があると判断してのことなのだろう。
「……よし、非常時だしそれもありか。しかし無理はするなよ」
「はい!」
ラピスと英美が話している間に、おおかたの方針は決まったらしい。伝達のためにか、兵士達と魔導師達も食堂をでていく。
「エイミー殿」
「は、はい!」
アルスは立ち上がると、真面目な顔で英美の前に歩き寄ってきた。




