招かれざる訪問者<後>
「どういうことだ、トロイグロス!」
アルスは目の前で展開する、アルマースの騎竜部隊に向けて声を張り上げた。ヴェルーリヤ領国の城都を目の前に望むほどの場所で、自軍の灰竜騎兵を従え、巨大な白色の竜に乗った若い男がからかうようにアルスを見返した。アルスと同じほどの歳だが、いかにも育ちの良さそうな雰囲気のアルスと違い、こちらはまだ遊び盛りのやんちゃ坊主といった風体だ。
「こうした場合、出てくるのはお前ではなく領主のフレアスティ殿ではないのか? 昼寝でもしているのか?」
「領主一族の男子たる私が神竜で迎えているのだから、なんの不足もあるまい!」
問われたことの返答をかろうじてそらし、アルスはトロイに怒鳴り返した。
「貴様こそ、王国騎士団の勤めはどうしたのだ!」
「お前の所の嫁き遅れが、領主など嫌だと、竜人との契約まで放り出して逃げ出したときいてな」
まったく怯む様子もなく、トロイは眉を上げた。
「竜人の保護のなくなった地は霊力の供給が絶たれ、民を支えるのも困難になるのは子供とて知っている。かように無責任な領主殿に代わって、我がアルマースがお前の領国を治めてやろうというのだよ」
「な、何を不躾なことを!」
「民が苦しむの知って勤めを放り出す領主よりはずっとましではないか。そんなに領主の勤めが嫌だというのなら、我が弟レノートルがお前の姉をもらってやっても構わぬと言っている。お前の姉は気は強いが、美しさだけは秀でているとの話であるしな」
トロイは、同じ竜の背に乗る若い男をちらりと目で見やった。トロイに目つきのよく似た、しかし若干体躯の貧相な男だ。
「何をたわけたことを……」
「あっ、そいつ!」
アルスの後ろで話を見守っていたレクセルが、はっとした様子で指をさした。
「先日、婿入り志願をしてきてフレアさまにボロボロに返り討ちにあった旅の騎士どのでありますよ! 最後には泣きながら、『ボクは死にましぇん』と叫んで城を出て行った……」
「はぁ!?」
「う、うるさい! あれは少々油断しただけだ!」
「つまり、負けて逃げ戻ったものの姉上のことが忘れられず、こちらの騒ぎにつけ込んでなんとか婿に収まりたいと……」
「つきまといです! 変質者です!」
「そ、そういうわけではない! 同じ竜神族の保護を受けた国同士、そなたの領国の行く末を案じているだけだ!」
トロイは、言葉に詰まっている弟の代わりに声を張り上げた。
「テールエルデ王国領国間条約において宣言する。交戦開始は半日後、太陽が天頂に昇り切る時だ。こちらは灰竜三十騎、白竜三騎にてヴェルーリヤ西側のこの場所に再来する! そちらの兵力はいかほどでも構わぬ。こちらが負けたらおとなしく退き賠償金を支払おう、こちらが勝った場合、ヴェルーリヤ統治権の共有、並びにフレアスティと我が弟レノートルとの婚姻をもって今後の共同統治を成すと王国に報告する。守護竜人を失った領国の民を守るため、条約に則った正式な手続きを踏まえての申請である、貴方に拒否権はないが刻限までの協和交渉には耳を貸そう」
「横暴です! 変態につきまとわれるフレア様が可哀想です!」
「お前にだけは言われたくはない!」
即座に言い返したレノートルを思わず同情的に見返して、アルスはすぐに険しい視線をトロイに向けた。
「承知した! 言っておくがそちらから仕掛けてきての戦である、賠償金の額も覚悟の上であろうな!」
「いくらでも払ってくれるわ、竜人の守護もなければ領主もおらぬ国が勝てるのであればな!」
高らかに言い放つと、数秒にらみ合い、トロイを乗せた竜は大きく羽ばたきし方向を変えた。その後ろでレノートルが、忌々しそうにレクセルを横目で睨み付けている。
そこで、英美のまぶたの裏で鮮やかに映し出されていた映像が途切れた。
「……負けたら、隣の国の領地になっちゃうの?」
「厳密にはちょっと違うけど、ヴェルーリヤの統治に干渉してくるようになるのはまず間違いないね。結婚云々までは、フレア本人がいない以上なんとも言えないけど」
英美の視線に、ラピスはのんびり頷いた。
「灰竜だけが相手ならアルスの蒼竜一騎でもなんとでもなるだろうけど、今の状態で白竜が三騎も来られたらまずいかもね。土地の霊力が蒼竜の能力に味方しない以上、純粋に数と戦闘力の問題になるし、当然向こうも魔導師を用意してるだろうから」
「そこで防ぎきれなかったら、町まで攻めてこられたりするの?」
「まさか。領国間抗争の市街戦はテールエルデ王国によって禁止されてるし、建前上は、王国の臣民を守るためだもの、町には手出ししないよ。人間は、ちょっとじゃれあうのにもめんどくさい建前が必要で大変だよね」
ラピスはあまり、事態を深刻に考えていないようだ。姿が子供にしか見えないので、それこそあまり物事が深く判っていないだけのようにも見えるが。
話が終わったアルスの竜がこちらに引き返してくる。周囲では、英美と同じように空を仰ぐ侍女と衛兵達が、戻ってくる青い航跡を不安そうに見つめている。




