招かれざる訪問者<中>
気配に気付いた者たちが空を見上げると、何騎かの灰竜が一番近い駐竜場に慌ただしく降りていくのが見える。遅れて、何人かの兵士達が中庭に駆け込んできた。
「どうした? 何かあったのか?」
「それが、アルス様」
立ち上がったアルスに、並んだ兵士達が緊張した面持ちで答えた。
「西門から南西方向6ヤール付近まで、灰竜の一団が接近中です。西門の魔導師の遠見術で見る限り、灰竜の数は三〇騎強。率いているのは白竜一騎です。こちらに向け、交戦使者を送り込む旨の魔導信号を繰り返しています」
「白竜? 神竜ではないか! アルマース領の者達か!」
「昨日灰竜の群れが戻っていったのも、アルマース領国方面でございますね。あれが先見の偵察隊だとしても、交戦準備までの動きが速すぎる気がしますが」
「フレアがいないの、ばれてんじゃないの? アルス、心当たりない?」
「いや……」
緊張した面持ちながらも、アルスは記憶を探るように首を傾げ、
「確かに、領国からの使者が父上の危篤を伝えにきた場に、アルマース領主の次男であるトロイグロスが居合わせはしたが。……あの時は私自身、父上の身に何かあったのだろうとしか思っていなかったし」
「男の子は優しいねぇ。娘なんか大きくなると父親には目もくれなくなって」
「いいから君は黙って」
そっと涙を拭う真似をしているアルスの父を、ラピスが小声でたしなめる。
「とにかく、白竜まで出てきているのなら、アルマース領主一族の誰かがいるのは確実だ。私自身が出向いた方がよさそうだな」
「私も参ります!」
「うむ、身支度してくる故、蒼竜の前で待っていろ。エイミー殿は城で待っていてくだされ」
「ど、どういう?」
アルスは既に身を翻し、中庭から城の中に戻っている。自分を置いてけぼりで話が進む中、英美が戸惑いの声を上げると、
「たぶん、フレアスティ様がおられないのと、ラピス様からの魔力の供給が途切れているのに勘づいて、アルマースが領地拡大の好機とばかりにちょっかいをかけてきたのでしょう。あそこは三人兄弟で、武芸の才のある次男はまだしも、無芸な三男など行き場にあぶれていると聞きますし」
相手が女性でないからか、レクセルの評価は辛辣だ。
「それに、アルマースはせっかくの霊力を兵力の強化ばかりに費やし、国力の底上げを怠ってきておりましたから、豊かなこのヴェルーリヤがうらやましいのです。代々女の領主だというのも気に入らなかったようでございますし」
「ちょっかいって、いわゆる戦争でしょ? そんな簡単に始められるものなの?」
「神竜の守護を持つ領国間の戦闘は、宣戦布告から最低でも半日は猶予期間をもたなければいけないと、テールエルデ国内の条約で定められております。形式は騎竜隊による直接戦闘で、市街戦もございません。それに通常、竜人の守護を受けた国では、その領国の神竜の力が他を圧倒するため、神竜同士がぶつかりあってもまず侵攻側に勝ち目はないので、戦闘自体が成立しないことが多いのです。ですが……」
レクセルは、ちらりとラピスに目を向け、
「それを判っていて、わざわざ間近に姿を見せたと言うことは、やはりフレア様とラピス様の契約が切れて、霊力の供給が滞っていることが勘づかれている可能性が大です。連中が間近まで来ている以上、直接話して思惑を聞き出さねば話は進みません。」
「で、でも……」
「最初の交渉で卑劣な真似をしたら、テールエルデ王国より厳重な処罰が下りますから、いくらアルマース領国でもいきなり手を出すような真似はしませんよ。町にいる限り危険はございませんし、お姉様はラピス様と一緒に待っていてくださいまし」
レクセルの説明が一区切りすると、いつのまにか横に立ったラピスが、英美の手を握ってにっこり微笑んだ。
「大丈夫だよ、王国を怒らせたらどうなるか、白竜の子達だってよく判ってる。テールエルデを守護してるのは神竜最強の金竜だ。硬いしか脳のない白竜なんかひとひねりされちゃうもの」
「そうでございますよ、でも、お姉様がこのレクセルの身を案じてくださっているというのなら、見送りの熱い抱擁と接吻も喜んでお受けいたします! さぁご随意に!」
「城中に聞こえる声で妄想を垂れ流してるんじゃない!」
支度のためにとっくに中庭から姿を消しているアルスの声が、遠くから響きわたる。それと同時に、どこからともなく飛んできたスリッパが、見事にレクセルの後頭部に命中した。
「くっ、アルス様、また腕をお上げになられましたね……。人の恋路を邪魔するなど、そのうち灰竜に蹴られますよ」
「いいからさっさと行きなよ」
高台にある城の一番大きな駐留場から、碧い光の輝きが飛び立つ。遅れて、城内のあちこちから灰竜の騎兵が後を追うように飛び立った。だが、蒼竜とは大きさも速さも違いすぎて、後を見失わないで追うのがやっとの様子だ。
「おや、白竜に乗ってるの、一人じゃないね」
「え?」
遅れて駐留場に出ると、英美の手を握ったままのラピスが、空を見上げて眉をひそめた。英美には、蒼竜の輝きが遠くに見えるだけだが、
「あ、そうか。ちょっと目を貸そうね」
意味が判らず目をしばたたかせた英美の目に、今まで見ていたものと別の場所の風景の映像が重なって見え始めた。
「な、なにこれ?!」
「遠見の術だよ、エイミーは初めてだから、目を閉じた方が混乱しないかもね」
確かにこのままでは、どちらの映像に焦点を合わせればいいのか自分でもわからない。英美はぎゅっと目を閉じた、
目を閉じているのに、色のついた風景が視界には展開している。それは、アルスとレクセルの乗る蒼竜を、背後からカメラが追いかけて中継しているような、不思議な映像だった。




