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領主フレアスティ失踪す<後>

「それが、城付き領地つきの嫁を求めて、通りすがりの貴族の三男坊が訪ねてきたのが先週の末で」

「ほう」

 たとえ大貴族であっても、領地を継げるのは長子だけだ。

 次男三男となると、もらえる財産など雀の涙。よほど大きな領地を持った貴族なら、その片隅をもらって納めるのも可能かも知れないが、それが無理なら兵士や官僚となって自領国や他国に仕えるか、騎士の修行と称して各地を渡り歩きながら城つき領地つきの娘を捜すのが一般的だ。

 見た目だけは美しいフレアスティの心と婿の座を射止めようとやってくる、貴族の次男坊三男坊は未だに後を絶たない。

 そして、今まで例外なく、

『私より強い男でなければ夫たる資格はない!』

 というフレアの前に、ボロボロに打ちのめされて逃げ帰っていく。

 フレアの強さは半端ない。テールエルデ王国騎士団でも有数の実力者といわれるアルスすら、フレアには剣術で勝てたことがないのだ。

「当然ながらその時も、フレア様のお力で追い返したのですが、その後になって突然、『こんな所に押し込められてまともな恋愛も出来ないで売れ残ってそのうちお父様みたいな冴えないぼんくらと見合い結婚しか出来なくなるような人生はいやぁ!』と叫ばれて、自室にこもられまして……」

「ぼんくらとはひどいなぁ、あはは」

 アルスに胸ぐらを捕まれてぶら下がったままの父が、照れたように頭をかいた。

「何度か様子を見に伺ったのですが、すぐに追い返されまして……。次の朝にお伺いした時、既にお部屋は空っぽで、中には書き置きが一枚あるきりでございました。慌ててラピス様のもとに伺ったら、『なんか要らないって言われたし帰るね』と、荷物をまとめて飛び立って行かれてしまいまして」

「……その書き置きは?」

「えっ」

 レクセルはなぜか驚愕した様子で目を丸くした。

「『えっ』って、書き置きを残すくらいだから、お前じゃなく私か母上に宛てたものだろう。早く渡せ」

「べ、別にたいしたことが書かれているわけでは」

「いいから出せ」

「そんな、乙女の書き残したものを見たいだなんて、アルス様もご趣味が悪い……」

「レ・ク・セ・ル・?」

「はい……」

 冷ややかな目で見据えられてて、レクセルは渋々と懐から丸められた書き付けを取り出した。

 父の体を放り捨てて、受け取った書き付けを広げるアルス。


『ここにいても、やってくるのは行き場のない三流貴族の不細工次男三男坊と、夜な夜な寝所に忍び込んでくる変態女魔導師だけ。このまま出会いもまともな恋愛も出来ないまま売れ残って、そのうちお父様みたいな冴えないぼんくらと渋々見合い結婚する真っ暗な未来しか見えません。あとはアルスに任せて、私はイケメンでお金持ちの領主か王子か石油王に出会うための旅に出ます。探さないでください』


「フレア様ってば、石油王って所がいまどきですよね」

「まったくだ、イケメンがつく辺りが姉上らしい……などと言うと思ったか! 原因の半分以上はお前ではないか!」

「待って待って、美少女の胸ぐらを掴むのはさすがに主人公の行動的にまずいですよアルス様!」

「人の姉の寝所に夜な夜な忍び込んで叩き出されてるお前が言うな!」

「それは、理想の男子にめぐりあえず傷心のフレア様をお慰めしたいという私のささやかな気遣いでございますれば」

「ささやかな気遣いで領国に存亡の危機をもたらすなぁ!」

「あっ、この角度からこう打てば穴まで転がるのかー」

 言い争う二人をよそに、やっとカップの上にまで球を寄せることに成功した父が、嬉しそうに声を上げている。一気に脱力した様子で、アルスはレクセルの胸ぐらを離すと、

「……それにこんな馬鹿なこと、母上がお許しになるはずがないだろう。母上はなんと言っておられるのだ」

「それが……」

 助かったという様子でローブを整えていたレクセルは、今度こそ困った様子で、

「すぐにご相談に上がったのですが、大奥様のお部屋の扉にこのような書き置きが」

「書き置き?」

 差し出された紙片を手に取り広げると、そこには確かに母の筆跡で、


『吟遊詩人集団「勝利の六人隊」地方巡業の追っかけに行ってきます。一ヶ月くらい留守にするけど心配しないでね』


「この母娘おやこはぁぁ!」

 アルスは音速で書き置きを床に投げつけた。

「さすがフレア様のお母上、行動がそっくりで」

「感心してるんじゃない! どうしてそうのんびりしていられるんだ!」

「のんびりなどしておりません、私ではどうにもならないと判断したからこそ、こうしてアルス様を呼び戻させていただいたのではありませぬか」

 レクセルに真剣な表情で見返され、アルスははっとして口をつぐんだ。

「フレア様が、ただ気まぐれで旅にでられたのならまだしも、ラピス様との守護契約を破棄して出奔などと、領国の存続に関わる一大事でございます。既にこの地を守護する霊力は供給が滞り、都市機能を維持するための魔力も、今は蓄積分で賄っている状態にございます。もとより、宮廷魔導師として私が使える魔力の源も、その半分以上を土地の霊力から得ているのです。このままでは領国をお守りするための魔法も使えなくなってしまいます」

「それはそうだが、ラピス殿と契約できるのは領主の血族である女子だけなのだ。だからこそ私は長男であるのに、この領国を継ぐことは出来ないと、早くから王国騎士団に仕えているのではないか。お前の魔法で、姉上の居場所を探すことは出来ないのか」

「試みておりますが、この近辺におられれば容易く特定できるはずでございます。おそらく既に、領内を遠くに離れておられると」

「姉上も母上も不在、父上は役立たず。しかしこの状態を手をこまねいて見ているわけにも行かない。ラピス様のことはどうすればよいのだ……」

 今までアルスは、領国のことにはなんの権限も与えられていなかった。全ては領主であった母が、そして後を継いだ姉が、領国の施政も、守護竜であるラピスとの関係も全て取り仕切ってきた。

 そもそも守護竜人ラピスとヴェルーリヤ領主一族との関係は、切り離せないものだと思っていた。こんな事態など考えたこともなかったのだ。

 アルスは床にたたきつけた書き付けを拾い上げ、途方に暮れてうなだれてしまった。

「……かくなる上はアルス様に、ラピス様を説得していただくしかございません。男子とはいえ、アルス様はヴェルーリヤ領主一族直系の血族でございます。ラピス様も幼少の頃からアルス様をご存じでございますから、アルス様と新しく契約をされることは無理でも、領国を助けようというアルス様のお頼みは無碍になされないでしょう」

「そう……だといいが」

 確かに子供の頃は、ラピスの存在の意味がよく判らなくて、遊び相手のように思っていた事もあった。アルスの騎竜である蒼竜アジュールを手なずけてくれたのも、ラピスだった。

「……判った、このままでは領国の存亡に関わる。すぐにでもラピス様に会いに行こう。どうせ姉上のことだ、また気まぐれですぐに戻ってくるだろうから、それまでラピス殿にこらえてもらえれば……」

「本当に、フレア様にも困ったものでございますね」

「まったくだ、ってお前が偉そうに言ってるんじゃない!」

「アルス様、ギブですギブ、ロープロープ!」

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