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城での夜<中>

「魔力を使って水を汲み上げる装置が、町の井戸には必ず備わっています。広場で人々が手動で汲み上げていたのは、部品が壊れるなどで、一時的に動かなくなったときのためのものなのです」

「へぇ……?」

「今は消費する魔力を極力抑えるために、高台にある井戸の揚水施設以外は魔力の供給を切っています。町の水路を流れているのはそこからの水ですが、それだけでは生活には足りないので、皆さんああして手で汲み上げていたのです」

 それでも、魔法も電気もない所でなら、手動で組み上げるのは当たり前のことだ。英美は郷土博物館で、レバーを上下させて組み上げるタイプの井戸を見た記憶があるから、手動でも労力をかけずに組み上げる装置は作れるだろう。

「ああした感じで、国全体の消費魔力を抑えるために停止させている装置はほかにもあります。夜間の街路灯も、ここ数日は、魔力で灯しているのは大きな通りだけで、ほかは本物の燭台を使ってます。時を告げる鐘も、一カ所鳴らして魔法で広く伝達していましたが、今は数カ所の鐘を使っています」

「でも、手動で出来るなら、別に命に関わることではないでしょう? こっちだって、電気がない頃はそうだったし」

「生活の基本的な部分で、魔力で賄えないものが増えると、労力がそのぶん必要になりますよね? 本来はほかの、たとえば家畜や畑の世話、織物、年老いたものや子供達の面倒に回せていた時間が、水をくみ上げる、それを運ぶ、といったものにとられると、生産性が下がっていきます。湯を起こすための火も、いずれ魔法ではなく普通の火を用いるようになれば、燃料になる薪をたくさん消費します。そのぶん、木を切らねばならなくなりますよね? 仕事が増えた分だけ休息の時間は減り、人々は徐々に疲弊していくでしょう」

「……」

 確かに電気が止まったら、洗濯機が回せないから手で洗わなければいけなくなる。その水だって、蛇口から出てこなくなったら汲みに行くか買ってくるかになる……

「でも別に、それはエイミーが気にする事じゃないよ。悪いのは、周りのことも考えないで逃げ出しちゃったフレアだしさ」

 英美を挟み、いつのまにかレクセルの反対側に立ったラピスが、背伸びしてベランダの手すりに顎を乗せている。

「左様でございます。でも、お姉様がラピス様と契約してくだされば、私と接する時間も増えてお互いに分かり合う時間も出来るというものでございます。そのついでに霊力も供給されて町も私も安心。素晴らしい未来が待っておりますね!」

「なんか優先順位が違わない?」

「気のせいでございます!」

 ラピスのつっこみもどこ吹く風だ。英美はなんと答えていいか判らず、引きつった笑みを浮かべた。


 ベッドに入ると一旦は眠れたのだが、慣れない環境で落ち着かないのか、あまり経たないうちに目が醒めてしまった。

 レクセルは隣のベッドで、寝ているときばかりは美少女らしく枕に埋もれて寝息を立てている。

 なぜか英美と一緒のベッドに寝ているラピスも、姿そのままに子供らしく丸くなってぐっすりの様子だ。

 時計がないので、今が何時頃にあたるかよく判らないが、まだまだ朝には遠い気がする。部屋の壁に掛けられたランプの灯りを頼りにベランダに出た英美は、ぼんやりと手すりにもたれて空を眺めた。地上の灯りはさっきよりもだいぶ少なくなっていたが、それを補うように空には少し欠けた月が昇っていた。

「やっぱり月もあるんだ……」

 大きさも、もとの世界とあまり差があるようには思えない。地表に明るさが少ない分、星も月も輝きが鮮やかだ。しばらく見上げていたら、星空を時折、鳥のような影がよぎるのに気がついた。

 目が慣れてくると、その影は月の光を反射して青く輝いているように見えた。

 そういえば、蒼竜は夜でも飛べるのだとアルスが言っていた。英美は部屋の中からランプを持ち出してくると、片手に掲げて丸く円を描くように振ってみた。

 気がついたのか、月を背に翼をはためかせた大きな竜が、ゆったりとこちらに近づいてくる。羽ばたきの音はほとんどない。かなり間近まで近づいてきたので、その背にアルスらしい影があるのも見えた。

 竜は大きく旋回し、英美のいる部屋の上を通り城の建物を越え、城の中央の駐留場に向かったようだった。英美はランプを壁に戻し、足音をひそめて今度は廊下に出た。

 煌々と、と言うわけにはいかないが、廊下も歩くのに困らない程度の燭台が等間隔に備えてある。記憶を頼りに階段を登ると、駐留場の中央で蒼竜を停めて、アルスが果物を与えているようだった。さすがにこの時間だと、衛兵や侍女の姿もない。

「エイミー殿、レクセルまで押しかけてはさすがに寝苦しかったであろうな。申し訳ない」

「え? あ、寝る前までは賑やかだったけど、今は割とおとなしく寝てるよ?」

「レクセルもあの病気がなければ、そこそこ普通の女子であるのに……どこでどう道を違えたのか」

 アルスは心底頭が痛そうにこめかみを押さえると、竜から多少距離をとって立ち止まった英美に、

「まだ蒼竜は怖く思えるかな。こういう姿をしているだけで、ラピス様の言うとおり、私やレクセルよりもずっと賢いのだよ。背に乗せてくれるのも、きっと、私たちを手のかかる幼い兄弟のように思っているからなのであろうな」

「従えている、とかじゃないの?」

「ラピス様と同じで、神竜は皆、人間を保護するべき対象と考えているようだ。彼らは私たちに協力してくれる存在で、力だけの関係ではないのだよ」

「へぇ……」

「よければ、エイミー殿も果物を与えてみぬか? このような大きな体だが、蒼竜は灰竜よりもずっと食べる量が少ないし、果物しか食べぬのだ」

 アルスは片手に抱えていた篭を、英美に向けて差し出した。

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