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エイミーの異世界散策<後>

「レクセルちゃんは今日も可愛いね」

「いやですわ、タタムさんったら本当のことを」

「そっちのべっぴんさんは初めて見る顔だね、レクセルちゃんの新しいお姉様かい」

「そうなる予定です」

「なりません!」

「さらっと答えてるんじゃない!」

 英美とアルスが同時に声を荒げる。店主は答える代わりに、店先の果物を英美に向かって放ってよこした。大きさはミカンほどだが、見た目は林檎に似た、硬さのある甘い香りの果物だ。

「良かったら食べなよ、朝とった奴だから美味いよ」

「あ、ありがとう……」

「僕にはないの?」

「ラピス様には、新しい火龍果が入ってますよ。最近出来た品種でね。外側が黄色で、まだ名前がないんですよ」

「へぇー、人間は時々面白いことをするね」

 ラピスは感心した様子で、店主が示した果物をのぞき込んだ。ホヤに所々厚い鱗がついたような、不思議な形の果物が篭の中で並んでいる。

 もらったはいいが、どうやって食べるのだろう。手の中の林檎に似た果物を眺めながら、英美が戸惑っていると、

「このミリヤの実は皮ごと食べられるが、そのまま食べるのは抵抗がおありかな? 切ってもらおうか」

「う、ううん、大丈夫!」

 アルスが気遣わしげに背をかがめて来たので、英美は慌てて首を振った。

 かじると、確かに食感と味は林檎のものだ。多少酸味があるが、糖度も高く、これだけのものを都内のスーパーで買ったらかなり値段が張りそうだ。味覚自体は、こちらの住人もあまり差がないようだ。

 美味しそうにかじる英美を、アルスも嬉しそうに眺めている。あまりまじまじと見られて、段々落ち着かなくなってきたが、そのアルスを更に周りにいる人々が微笑ましそうに眺めているにの気付いて、何も言えなくなってしまった。

 やはり自分は、アルスが連れてきた恋人かそれっぽい感じの女子のように思われているのだろうか。思わずどきどきしていたら、

「あっ、お姉様、ミリヤの皮が頬についておりますよ! とって差し上げます!」

「えっ?」

 何に気がついたのか、いきなりレクセルがアルスと英美の間に割って入ったきた。目を輝かせながら、英美の腕にしがみつき、背伸びして顔を近づけてくる。慌ててアルスが、その首根っこを掴んで引きはがした。

「往来なのだから少しは自重しろ!」

「ああっ、食事時にヒロインの頬についた食べ物を取ってあげるのは、ほのぼのラブコメの王道イベントでありませんか!」

「ほのぼのどころか下心が見えすぎて周りがどん引きではないか! 妄想を現実の行動に垂れ流すんじゃない!」

 実はこの二人、とても仲が良いのではないだろうか。目を丸くして二人のやりとりを眺めていた英美は、思わず笑みをこぼした。レクセルを放り捨てたアルスは、はっとした様子で頬を染め、

「い、いやその、お恥ずかしい。あっ、エイミー殿、頬にまだ……」

「えっ?」

 照れ隠しにしてはそつのない動きで、アルスは胸元からハンカチを取り出して、そっと英美の頬を拭った。確かにかじっていた果物の皮がついている。アルスのあまりに自然な仕草に、逆に固まってしまった英美を見て、レクセルが頬をふくらませた。

「アルス様、私のことは邪魔しておいて自分ばかりずるいのです!」

「馬鹿者! ずるいとかずるくないではないだろう!」

「もう、ボクが買い物している間くらい、おとなしく待っていられないの、君たちは」

 店主と話し終えたラピスが、呆れた様子で戻ってきた。買い物を済ませたという割に手ぶらだ。どうやら品物は人に届けさせるらしい。

「君たちの遠足に来てるんじゃないんだよ、エイミーを案内するんだからしっかりしなよ」

「面目ありません……」

「ほんと、アルス様は自覚が足らないですね」

「お前が言うな!」

 謝る側から不毛な繰り返しを続ける二人は放っておいて、ラピスは当然のように英美の手を握る。

「食べがらは、店の前の樽に捨てるんだ。これもあとで肥料になるからね」

「あ、はい……」

「じゃあ、ぐるっとまわってみようか。欲しいものはなんでもアルスが買ってくれるから、遠慮しないで言うんだよ」

「あっ、じゃあ私コーデフさんの仕立屋の新作の妖獣カツオ男爵美少女形態衣装が欲しいです!」

「さらっと話に入り込むんじゃない!」

 男爵で美少女というところには突っ込まないんだ……。あまり貴族の階級制度に詳しくない英美がぼんやりと考えていると、

「一緒に遊べる友だちが少ないから、二人ともはしゃいじゃってるんだよ、気にしないでね」

 子供そのものの笑顔で、ラピスはにっこり微笑んだ。見た目は子供、頭脳はなんとかというキャッチフレーズが脳裏をよぎるような大人ぶりだ。



 市場には、この領内で生産されるものだけでなく、別の領地との交易品も並んで賑わっている。しかしそれも、夕方近くになえば閑散としてくる。

 太陽とともに生活している者たちは朝が早く、日暮れとともに一日が終わる。市場で店を出す人たちにも自分たちの生活があり、仕入れる時間も必要だ。

 城に行くために広場に戻ると、上空で旋回する蒼竜をアルスが呼び寄せている間、英美達は周囲の様子を眺めていた。

 広場の中心には、来たときにはなかった行列が出来ていた。

 聖職者を思わせる服装をした青年達が、鉄の鍋の中に入れられた薪を燃やしている。並んでいる人たちは火のついていないランタンやランプを持ち、順番が来ると鉄鍋の中の火をランタンに移してもらっている。

「魔導の力を施された火でございますよ。消えにくく、ああして火種から火を分けてもらったものの手以外からは、ほかの火種に燃え移らないのです。石造りの家が多いとはいえ、森林地帯での火事は恐ろしいものですからね」

「へぇ……」

「燃やすものは必要ですが、通常の炎よりも火力が高くて長持ちします。今、衛兵達が街路灯にも火をいれておりますが」

 レクセルに指し示された方を見れば、設置された支柱から衛兵達が長い棒でランタンを降ろし、火種を入れてまたぶら下げている。

「親指の先ほどの燃料があれば朝まで持ちますし、万一強風などであのランタンが落ちても、ほかに火が燃え移ることもございません。魔導師の手から離れても魔法効果が長く持続するのは、この地を守護する竜の霊力があればこそなのです」

 それはつまり、ラピスあってこそだということなのだろう。だが、英美の手を握ったまま空を舞う蒼竜が降りてくるのを眺めるラピスの姿は、額に綺麗な飾りをつけただけのごく普通の子供にしか見えない。



 夕暮れ時、空から見下ろす町並みと、夕陽を背にした城の姿はまるで一枚の絵画のように美しい。町は薄暗く、等間隔に灯された外灯と、町灯りが地上の星のように輝き、東の空は藍色に染まって少しづつ星を散らし始めている。まるで3Dシアターで見る環境映画のようだ。

 風景に見とれている英美に気を利かせてか、蒼竜は少し高度を上げ、ゆっくり旋回しながら城へと降りた。蒼竜用の騎竜場のある中庭は、明るくなりすぎない程度に明かりが灯され、兵士達と侍女達が蒼竜が降りるのを待っている。

「あれ? 珍しく大げさなお迎えだね」

「城下の衛兵に町の警備について指示する時に、エイミー殿を城にお連れするので歓迎の準備しておくよう城に言付けをさせたのですが……」

 訝りながらもアルスが蒼竜で降り立つと、侍女達の中央で待ちかまえていた侍従長のハンナが嬉しげに進み出てきた。

「まぁなんてお美しいお嬢様! アルス様も人並みに男子らしさをお持ちで安心いたしました!」

「なんの話だ?」

「照れることはございません。男子が異国から女性を連れ帰ったとなれば、意中のご婦人に決まっておりますでしょう。なんとお呼びすればよろしいでしょう? 若奥様がようございますか」

「いや、そうではなくてだな……」

「私のお姉様でございますのにー」

 アルスとレクセルの言葉など耳に入らない様子で、英美の手を取らんばかりに詰め寄るハンナ。

「あの、よく判らないけどできたらエイミーと……」

「あらあら、さすがに若奥様は気が早くございましたね。ささ、エイミー様、お召し替えのご用意も整っておりますよ、晩餐の前にぜひ浴場でお体を清められてくださいまし」

「あっ、お約束のサービスシーンですね! 私もご一緒いたします!」

「あ、ボクも一緒に入らせてもらおうっと。一〇歳までは女風呂もいいんだよね」

「ラピス様は千歳を越えてるじゃありませんか!」

「一周まわって千と一〇歳ってことでいいじゃない」

「一〇周くらいまわっちゃってますよ!」

 アルスと衛兵達が呆然としているのなど目に入らない様子で、侍女達は英美を連れ去ってしまった。

「……どういう風に、伝わってるんだ?」

 困惑した様子で衛兵達が一斉に首を振った。

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