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エイミーの異世界散策<中>

「皆、不便な思いをさせてすまない。手は尽くしているから、もうしばらく堪えてくれ」

「みんな慣れっこですよ。それよりラピス様が怒ってるんじゃないかと、町の者たちは心配してましたが」

「アルス様がすぐに戻ってくださって安心しました」

「ラピス様もご一緒だし、すぐにフレアスティさまもお戻りになられますよね」

 衛兵たちの声に、アルスは当然だというように頷いて見せている。英美相手の時とはまた違う、余裕のある振る舞いだ。

 領主が出奔など、普通は兵士や市民には伏せたがりそうなものだが、そのこと自体はみんな、あまり気にしていないようだ。

「先代……アルス様のお母上も、昔は割とやらかしたそうでございますから。皆さん、すっかり肝が据わっておられます」

 衛兵達とやりとりしているアルスを少し後ろから眺め、レクセルが英美に小声で説明した。

「それに、先代もフレア様も、領民に理不尽に当たり散らしたり、不必要に不便を強いたりということは絶対されなかったのです。地を守護する霊力を、軍事ではなく人々の生活に役立てるように整えてこられたのも、歴代の領主が皆女ばかりだったからでございましょう。皆さん、多少のことは温かく見守ってくださいます」

「へぇ……」

「アルス様、その綺麗なお嬢さんはどなたで?」

 ラピスと手をつなぎ、レクセルに小声で話しかけられている英美をめざとくみつけ、衛兵達が声をかけてきた。

「エイミー殿だ、私の大事な客人である故、皆も気にかけてくれると助かる」

「大事なって……ひょっとして、アルス様の恋人でございますか?」

 当然と言えば当然の疑問の声が湧く。どう説明すればいいのかとっさに思いつかなかったらしく、一瞬言葉を失ったアルスが、困ったように英美達に目を向けた。

 こちらを見られてもなんとも言いようがない。英美は反応に困って、思わず頬を赤らめた。

「え? 本当ですか?!」

「どちらの貴族のご令嬢で?」

「王都の騎士団に務められているのもやはり伊達ではありませんな」

「こ、こらお前達、エイミー殿に失礼ではないか、客人は客人である故……」

「お眼鏡にかなう女性が現れたから、王都の剣術大会の出場を蹴って戻られたのですか、なるほど。アルス様が戻って下されば安心だ」

「大旦那様はいないのと同じだし、アルス様がフレアスティ様とともにヴェルーリヤを納めてくださればよいのに」

「おいおい、アルス様の前で大旦那様の悪口はよせよ」

「悪口ではないぞ、本当のことを言っているだけだ」

 口では止めながらも、その場にいる全員の表情は和やかだ。アルスも特に咎めようとする気配がない。

「……アルスさんのお父さんって、先代領主の夫ってことだよね? 今はなにしてるの?」

「アルス様の御父上は……」

 レクセルはなぜか言い淀むと、そっと目を伏せた。

「皆様揃って『いないものだと思っている』とおっしゃるほどで」

「……行方不明とか?」

「まぁ精神的には放浪者だよね。ボクは嫌いじゃないけど」

 なにか複雑な事情があるのだろうか。心配そうに眉をひそめる英美に、ラピスは苦笑いを見せた。

 アルスになにやら指示を与えられ、一斉に返礼すると、衛兵達は竜の周りに数人を残してあとは散っていった。ちらちら冷やかすような視線を手で払いながら、アルスが戻ってくる。

「お待たせいたした、さて、ここからどこに行けば、エイミー殿にも町の様子がわかりやすいであろうか」

「広場の南側のルガーム市場なら、交易品も多いし楽しいんじゃない? あそこのタタム親父の店が、たまにいい火龍果を仕入れてくるんだよね」

「いいですね! 西側のコーデフさんの仕立屋だと、三十路魔法少女変身グッズとか竜騎宅配便なりきりセットなんかも飾ってあって楽しいですよ! もちろん注文も出来ます!」

「なんだその三十路なんとかとは……」

「ご存じ、ないのですか?! 王都で流行ってる大衆演劇の人気演目ですよ! アルス様、せっかく王都の騎士団に入られてるのに、一体今まで何をされてたんですか!」

「騎士の勤めを果たしていたに決まっているだろう!」

 どうやらこちらの世界にも、演劇やコスプレといった娯楽は存在するらしい。思わず英美が笑みを漏らすと、アルスがはっと我に返った様子で口ごもった。

「ま、まぁラピス様もお詳しいようだし、その市場にまず足を運んでみよう」

「お姉様なら妖獣煮干し乙女第二形態の衣装も似合うと……」

「まず仮装から離れろ!」



 蒼竜が降りられるほどひろい広場の周辺は、花と緑に溢れた庭園のようになっていた。等間隔で整えられた浅い水路が陽光を受けてきらきら輝き、行き交う人々の姿も生き生きしている。

 途中、通りかかった井戸では、周りに集まった女達が子供達と水をくみ上げ、それぞれの手押し車に載せた樽に移していた。多少こぼれても気にしない様子で、子供達が水しぶきをあびてはしゃぎまわっている。周りが森林地帯なので、水不足も心配ないのだろう。

 どこを見ても町は一見平和で、まるでファンタジー映画のワンシーンのようだ。一体何が問題なのか、英美にはよく判らない。

 アルスが美しい客を連れているという話は、すぐに周辺の住民に広まったらしく、市場へ向かう彼らを追うように、興味津々と言った様子でついてくる町民も多い。アルスは領主の弟で、レクセルは城に仕える魔導師で、ラピスなど国を守護する神のような存在であるらしいのに、畏まったりこびへつらったりする者がいないのが英美には意外だった。やはりこちらの世界は、英美が知っている中世の支配制度とは似て異なるものなのだろう。

「お、ラピス様にレクセルちゃん、お散歩ですか。アルス様もご一緒とは珍しい」

 市場を通りかかると、八百屋の店主がレクセルを見つけて声をかけてきた。

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