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エイミーの異世界散策<前>

「こ、これに乗るの……」

 一階建ての家屋一軒分くらいはありそうな、巨大な竜。宝石のように青く美しい鱗をもつ蒼竜ラズワルドドラゴンを、英美は恐る恐る見上げた。

 博物館で、ほぼ等身大という恐竜や首長竜の模型を見たことがある。あんな巨大な生き物が同じ地球上で動けていたのだと驚いたものだが、目の前で実際に動く蒼竜は想像以上になめらかに動いていた。

「アジュールよ、エイミー殿は大事な客人であるからな、よろしく頼むぞ」

 正面に立ったアルスに顔を近づけ、ほんとうに耳を傾けるように聞いていた蒼竜は、今度はゆっくりと英美に首を寄せてきた。ちらりと腹側の、蛇の皮のような部分が見えて、英美は思わず身をすくめる。

「エイミー殿の国には、このような大きな生き物はいないのか?」

「いるにはいるけど、こんな風に近くで見られることは滅多にないかな……」

 大きな動物と言われたら、間近で見たことがあるのはせいぜいカバと象とキリンくらいだ。もちろん翼などついてはいないし、鱗もない。

「こちらでも、一般的に見られるのは灰竜という、馬より少し大きい程度の竜でございますよ。神竜の背に乗れるのは、竜人の守護を受けた領国の領主一族くらいなのです。お姉様は幸運にございますね!」

 レクセルが元気よく答える。どうやら同じ竜でも、いろいろ種類があるらしい。

 かがめた首から全員が背中によじ登ると、蒼竜は「ゆりかご」の天井の一点に首を向けた。こちらからは見えないが、出入り口があるのだろう。

 だが、全員に囲まれるように座っているとはいえ、手綱や鞍のようなものはない。これで翼を動かして飛び立ったりしたら、振り落とされてしまわないだろうか。

「神竜は、世の理とは違う力で飛んでるから大丈夫だよ。風とか重力は、利用するだけ」

 英美の不安を読み取った様子で、隣に座ったラピスが手を握る。形は子供の手なので甘えているように見えるが、笑顔は英美を励ますためのものらしい。

「灰竜だと、翼を動かすだけでも相当風が起こるんだけど、ほら、見てて」

 その声に合わせるように、蒼竜が翼を広げる。羽ばたきはふんわりとしたものだ。普通ならこの程度の動きで、こんな大きな体の生き物が飛び立てそうにはないが、竜はまるでヘリコプターのようにふわりと浮き上がった。思わず英美は、ラピスの手をぎゅっと握りかえした。

 一旦浮き上がると、竜は羽ばたきごとに速度を上げ、あっというまに「ゆりかご」の天井の隙間に進入した。

 視界が一気に明るくなり、英美は思わず目を伏せた。さっきまでいた「ゆりかご」の中の濃い森林の空気とは違う、穏やかな風と、太陽の匂いが頬に触れる。

 ゆっくりと目を開くと、一面が広大な森林だった。

 日本では北海道にでも行かなければ見られないような、地平線まで続く広大な原野だ。さっきまで自分たちがいた場所も、ほとんど判別がつかない。これだけ急上昇したのなら、本来かかるはずのGがまったく感じられないし、息が出来ないような風圧もないのだ。

「すごい……夢みたい」

「夕暮れ時などの風景も素晴らしいのだ」

 英美が単純に風景に驚いているとでも思っているらしく、蒼竜の首元に立ったアルスが誇らしげに答えた。

「灰竜は鳥と同じで昼しか飛べぬが、神竜は月のない夜でも方角を見失わない。夜の下界は闇のようだが、空は逆に光を受けた湖のように美しい」

「へぇ……」

「アルス様はよくフレア様との姉弟ゲンカに負けては、夜中に泣きながらアジュールに飛び乗って城を飛び出されていたと先代が……」

「お前は少し黙っていろ」

「折角だから、この辺りを上から見せてあげなよ」

 二人のやりとりを軽く聞き流して、ラピスが声をかけた。

「地図なんかで説明されるより、実際に見た方が判りやすいでしょ」

「左様でありますな」

 頷いたアルスが、触れていた竜の首を軽く叩く。それだけで、蒼竜はアルスの意図を感じ取ったかのようにひとつ羽ばたきをしてみせた。

 少し下降して加速した後、大きならせんを描きながらぐんぐん高度を上げていく。一気に眼下には、航空写真でもなければ見られないような光景が広がった。

「あの先の山地の向こうに小さく見えるのが、テールエルデの王都ティエラであるよ。あれを中心に、竜の加護を得た五つの領国がある。我らの領国は王都の東に当たり……」

「……あれ?」

 説明するアルスの指の方向に、一緒になって目を向けていたラピスが、目をしばたたかせた。

「灰竜の群れ? 珍しいね、あの子達、人里離れた場所にはあんまり出てこないのに」

 ラピスのなにげない声に、なぜかアルスとレクセルが緊張した顔つきになった。

「どういうことだ? レクセル、見えるか?」

「遠見の術を使ってみます」

 アルスはともかく、レクセルの真面目な顔を見るのはエイミーは初めてだ。こうしていれば本当に美少女なのだと、エイミーは的外れな感想を抱いた。

「あの兵服……アルマース領国の兵でございますね。あの辺りの空域は確かに竜での航行に制限はございませんが……、あ、あちらも気付いたようですね。アルマースの領空に方向を転換しました」

「土地を守護する霊力が切れたのに勘づいたか?」

「まだ数日でございますし、よそ者が見て判るほど劇的に町の様子に影響が出ているとは思えませぬが」

「なんにしろ、急ぎたいものではあるな」

 最後の言葉は思わず口から出たのだろう。アルスに少し気まずそうな顔をされて、なぜか英美は申し訳ないような気になってきた。自分は全然悪くないのに。



状況が変わって気が急いたのか、実際の地上を指差してのアルスの説明はそこで終わってしまった。蒼竜はまっすぐヴェルーリヤの城下町を目指した。

 広大の森林の中、小高くなった場所に、高い市壁に囲まれた立派な都市が広がっている。城の周囲だけではなく、畑や放牧含めた草原地帯までが高い壁に囲まれていた。見た目は一見中世ヨーロッパ風だが、規模を考えたらこちらの世界は相当建築技術が発達しているのではないだろうか。

 市壁の中でも、町並みは豊かな緑にあふれている。石畳の敷かれた通りのあちこちに、これまた石造りの水路が整えられていて、緑と調和した美しい景観を保っていた。

「市壁内は魔力によって、多くの都市機能が維持されております。ヴェルーリヤは、竜に守護されし五つの領国の中でも、秀でて豊かでございますよ」

「へぇ……」

 英美の世界での電気の役割を、この世界では魔法が果たしているのだろうか。ファンタジーの魔法と言えば、戦うためのものや逆に治癒に用いられる事が多いが、そういう力が国全体に供給されているなら、住人の生活のために使うのは当たり前の発想なのかも知れない。

 蒼竜が向かったのは、高台にある城ではなく、城下町の中心に見える広場だった。中心部は計画的な開発が成されてきたのか、円形の広場を中心に道路が伸び、まるでダーツの的のように、円がいくつも描かれているように見える。

 大きく旋回しながら、蒼竜が降りてくるのに気がついたらしく、広場の近辺にいた者たちが集まってきた。

 町の住人に混じって、衛兵らしい兵服姿の者が、竜の降りてくる場所を開けるためにきびきびと人々を整理し始めた。

 権力者が現れたら、揃って出迎えなければいけないような決まりでもあるのかとも思ったが、寄ってきた者たちはみんな好意的な表情だ。女子供も多い。時々レクセルとラピスを呼ぶ声も聞こえてくるので、彼らはそれなりに人気があるのだろう。

 竜の首から先に滑り降りたアルスが、手を伸べて英美が降りるのを手伝っているうちに、出迎えた衛兵達が周りに集まっていた。町の者たちも、少し遠巻きにこちらの様子をうかがっている。アルスは兵士達に向かって声を張り上げた。

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