女騎士さん、町へ行こうよ<前>
「しかし、いかがいたしましょう。私としては、問題なくラピス様と契約頂けると思っていたものですから」
「うむ……」
改めて三人でテーブルを囲み、レクセルは少し声をひそめてアルスに目を向けた。
「よもや、あれが演劇で、本当は騎士などではないと言われるとは思わなかった。だとしてもあの動きからして、かなりの使い手であるとは思うのだが」
アルスはどうにも納得いかない様子で、手に持った『エイミー』の肩当てを眺めた。英美はさっき座っていた長椅子に横になり、アルスのマントにくるまって眠っている。
少し泣き疲れた頃合いを見て、レクセルが魔法で眠らせたのだ。横になるには痛いだろうと、鎧を外させたのだが、これが思いのほか軽い。
確かに見た目こそ金属の鎧だが、軽いだけでなく、弾力まである。刃物を使うまでもなく、力を入れれば簡単に手で裂けてしまいそうだ。素材はよく判らないが、どうやら表面の光沢は塗料のようだ。
「あのような美しさながら、かような姿で人前に出なければならぬなど、エイミー殿にもいろいろままならぬ事があったのであろうな。身近な女性が母上や姉上やレクセルくらいだったから、女性は本来か弱く繊細であることをすっかり忘れていた」
「君もなかなかままなってないよね……」
「私もか弱く繊細な美少女でございますよ」
最後のレクセルの言葉は当然聞き流し、アルスはエイミーの肩当てをテーブルに置いた。
「……ラピス様は、エイミー殿の事はどう思います?」
「ん? あの子、自分ではああ言ってるけど、たぶん彼女の国では命がけで戦うことが日常的にあまりないだけで、剣士としてはかなりいい筋してると思うよ。いきなりこんな所に連れ出されて混乱してるのに、ボクのことはちゃんと守ろうとしたし、いい子だと思う。見た目も申し分ないし、フレアの代役には十分すぎると思うよ」
「柔らかいところは柔らかいままで、絶妙なプロポーションを保っているのも、日々の鍛錬の賜だと思います! 理想的なお姉様です! ぜひ熱い説得でラピスさまとご契約頂きましょう!」
「エイミー殿が元の世界と自由に行き来出来るようにするためにも、ラピス殿と契約して頂くのが一番なのではあるが……」
アルスはテーブルに置いたエイミーの肩当てを眺めながら、なにやら考えこんでいる。
「こちらも安易に考え過ぎていたかも知れぬ。そもそもエイミー殿には、こちらの世界にも、我らの国にもなんら責任はないのだ。我らの世界でのことは、我らの世界の中で何とかするべきであったかも知れぬ」
「それって異世界から勇者を召喚するお話全否定じゃありませんか、いろいろまずいですよー」
「なんの話だ」
「アルス様は真面目に考えすぎなのです。なにごとも、選択肢はたくさんあった方がよいではありませんか。この世界には条件にあった女子がいないけど、異世界にならいる、しかもその女性と実際に触れあえるなんて、二次元にしか望みのない男子から見たら夢のようなお話でございますよ! もちろん私にも!」
「だからなんの話だ」
「とにかく、もうこちらにお連れしてしまったのですから、今更うだうだ考えたってなにも解決はいたしません!」
レクセルは立ち上がってテーブルに勢いよく手をつき、確信を持って言い切った。
「この状況で、みんなで幸せになることをまず考えるのです! ラピス様と契約いただき、国全体の霊力を復活させることで、お姉様がご自分の世界と自由に行き来できるようにもなるのですから、それが今のお姉様にも最善にございますよ!」
「……お前のその異様な前向きさだけは評価に値するな」
「だけとは心外にございます」
アルスは軽く笑うと、目の前のエイミーの肩当てにそっと指で触れた。何か吹っ切れたような表情だ。
わざとらしくふくれていたレクセルは、目をしばたたかせ、ラピスと顔を見合わせている。
大声をあげて泣くなんて何年ぶりだろう。自分のために泣くことも、最近はすっかり忘れていた。
英美はぼんやりと目を開けた。いつの間にか眠ってしまったらしく、頭には枕が入れてあった。
なんだか背中が温かくて心地いい。人に背中をさすってもらうなんて、たまに行く整骨院のマッサージでもなかなかやってくれない……さすってもらう?
「目が覚められたか、エイミー殿」
少し視線を動かすと、長椅子の端に腰掛けたアルスが、穏やかな表情で英美を見下ろしている。毛布代わりにかけられたマントの上から背中をさすってくれているのは、アルスの手のようだ。
こんな経験はもちろん初めてだ。英美はとっさに声も出ない。
「子供の頃はよく、激高した後の姉上に、こうやって背中をさするように頼まれたものだった。背中がほぐれて温まると気分が落ち着くようなのだが、どうであろう」
男の手は一般的に、女よりも体温が高い。英美は横になったまま、ぎこちなく頷いた。アルスはほっとっしたように息をつくと、
「……そのう、契約云々は置いておいても、我々の話で驚かせてばかりなのは申し訳ないし、折角なので、エイミー殿を町に案内したいと思うのだが、どうであろうか。エイミー殿の国には及ばぬかも知れぬが、我が領内も、水と緑に溢れた良いところであるよ」
「……」
「そちらの世界にも、我々とさほど変わりない服装の文化があるのなら、町並みや人々の生活様式も共通点があるやもしれぬ。エイミー殿にも、少しは楽しんでもらえると思うのであるが」
言いながら、気遣うように微笑んでいる。




