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アフターチルドレン

作者: 薫る紅茶



  『あの日もきっと雨だった』そう呟いた君は、今はもう冷たい肉片と化している。

 僕がこの世界に生を受けたのは二十数年前のこと。この世界で五十年前に起きた大異変のせいで崩れてしまったバランスは、今やこの世界に生きる生物全体に及んでいる。その大異変後に生まれた子供達、アフターチルドレンと呼ばれる僕らは大異変で子供が極端に生まれづらくなった現在、希少な存在として、ある地域では神格化されているとも言う。

 神格化されているのは他にも理由がある。僕たちアフターチルドレンは、年の頃で言うと十四歳の時点で成長が止まる事だ。生物学者や遺伝学者が色々と調査したが分かったことといえば十四歳で成長が止まることと、通常の人間よりもあらゆる分野で、才能を開花させたことである。ある者は、今まで成し得なかったクリーンな永久機関を作ったり、解読不可能と言われていた古文書を読み解いてみたりと、非凡な才能を発揮するのである。

 そのため各国ではアフターチルドレンの争奪戦が行われる事になった。アフターチルドレンの出生率はおよそ一億人に一人という低さで、そのため一年に生まれても二十人程度なのだ。

 大異変の影響で大陸のほぼ七割は水没し、生き残った一握りの人間たちは、ユーラシア大陸の極東に存在する島国日本に二割、北アメリカ大陸に五割、アフリカ大陸に三割、といった具合に分かれ、地下にコロニーと呼ばれる空間を作りそこで生活している。しかし、度重なるアフターチルドレンの争奪戦により、成人の三割は戦死している。いつしか争奪戦は、各大陸国間の戦争になり、現在ではアメリカ連邦、アフリカ同盟、そして唯一の島国、日本、の三国家による、三竦みとなっている。

 大異変以前、大国だったアメリカは、アメリカを中心に南アメリカ大陸の諸国やアメリカの周辺国を纏め上げ、北アメリカ大陸の中心部に連邦を作った。

 大異変以前、発展途上だったアフリカが同盟国の盟主になれたのは、ヨーロッパの国土のほとんどが水没した事が理由だろう。大異変後も大陸のほとんどが残ったアフリカは、ヨーロッパの諸国に領土を与える代わりに、その自治権を握る事にした。最初の数年は揉めていたアフリカ同盟だったが、国土が無い事を最大の理由としてアフリカに自治権を渡した、こうしてアフリカ同盟が誕生したのだった。

 一方日本は唯一、日本人だけの日本人による国づくりを行った。その理由として、日本列島は大異変後も、その形や領土を維持することが出来た。そして周辺国のほとんどが水没と共に無くなってしまったこともある。こうして他国からの移民も無かったため、日本は大異変以前と同様に日本と成り得たのである。

 今現在アフターチルドレンの保持数では連邦が頭ひとつ抜きん出ている。同盟も保持数では連邦と並んでいるが国としての総人口数が少ないため出生率の点で連邦に負けている。日本は三国の中でアフターチルドレンの保持数も少なく、総人口も三国で最も少ないので出生率も少なく他国に完全に負けているのである。

 この三国で戦争をしているのだから連邦が勝つことは、目に見えているのだが、実の所はそうとも言えない。実際は三国のどんぐりの背比べ状態なのである。その一番の理由として各国の軍のパワーバランスによるところが大きい。

 自国の人口も、アフターチルドレンの保持数も少ない日本が他の国と肩を並べているのは、まさにアフターチルドレンの質によるところが大きい。

 日本のアフターチルドレンは主に軍需産業に長けたアフターチルドレンが多く、日本軍の装備のほとんどがアフターチルドレン製のもので、他国の一つ上をいっている。そのため、連邦にも同盟にも屈せずに今までやってこれたのだろう。

「今の世界情勢はこんなところだ」

 目の前に立っている教官が語気を荒げて言い放った。繰り返し聴いたこの話には正直飽きた。

 僕は日本軍の士官候補生だ、もう年齢で言えば二十三になるが未だに候補生だ、というのもアフターチルドレンだらけのこの士官学校では僕よりも優れた能力を持ったアフターチルドレンが沢山居る、その中で士官になれるのは一握りだ。

 勿論僕にだってアフターチルドレンとしての才能はある、それは航空士としての才能だ。しかしアフターチルドレンの多くは現場に出張って撃ち合いをするわけでは無い。士官となって現場を動かすのが、この国におけるアフターチルドレンの宿命だ。ただし例外も居る、機械に強い者は軍需工場のオペレーターや設計士になるし、中には軍関係に全く関わらないアフターチルドレンも居るという。まぁ日本においては軍に関わらないアフターチルドレンの方が少ないのだが。

 僕のように航空士としての才能がある者は居るには居るのだが、その多くは士官学校を出て、兵士達の教育にあたるのが順当な道筋だ。才能の優れたアフターチルドレンは十五やそこらで士官学校を卒業し教育にあたっているそうだ。僕のように二十を超えてから士官学校に入るのは珍しい。というのも日本は大異変後、歴史の教科書に載っているような、貴族や華族といった名門の出のアフターチルドレンが優遇される時代になった。僕のような平民出身のアフターチルドレンは、アフターチルドレンといえども優遇されることは少ない。学校の中でもそれが随所に見られる。それは苛めの対象であったり、上官の待遇の差であったりと様々だ。そんな状況の中でこの士官学校でトップにたどり着いた人物がいる、それはマサキ斎藤大佐だ。大佐は平民の生まれながら、士官学校でトップの成績を修め若干二十一歳で大佐にたどり着いた人物で、現在はこの士官学校の理事に就任している。

 僕は大佐に憧れてこの士官学校に入学した、しかし未だに士官にすらなれていない僕は落ちこぼれだ。そもそも僕はアフターチルドレンとはいえ、士官に向いている人物ではない、むしろ戦地でこそ真価を発揮する能力を持っているのだ。

 僕はこの長いだけで退屈な授業を受けながらあることを思案していた。それはこの士官学校を辞め、戦地に赴こうと思っているのだ。

 僕は士官には向いていないのかもしれない、しかし航空士としての才能なら人一倍にあるはずなのだ。この授業が終わったら退学届を出し出兵願いを出そう、そう思っていた。

「これにて今日の講義を終わりとする、全員起立!敬礼!」

 ザッと音がすると生徒全員が起立して敬礼をした。大股で教室を出ていく教官を追いかけて僕は早足で駆け寄った。

「安藤教官、お話があります」

「ん、なんだ。話があるなら会議室にしよう」

「はい」

 教官の早足に着いて行きながら、僕は何をどう話そうか考えていた。平民上がりの僕が生意気なことを言ったら殴られるか、蹴られるかの二択だ。言葉は選ばなければいけない。

 会議室に着くと教官が眼で入れと合図してきた。僕はそれに従うと中に入っていった。その後を追う感じで教官が入ってきた。

 教官が着席するのを待つと、教官の言葉を待った。

「それで・・・・・話しとはなんだ」

 やはり平民の僕には教官もどこか面倒くさそうだ。

「はい、話というのは・・・・」 

「なんだ!」

「はい!私はこの学校を退学し、軍に入隊したいと思っています」

「ほう・・・・士官になれないから軍に入隊か・・・・平民の考えそうなことだ・・・何故こんな奴が・・・・・そうかまぁいいだろう、明日朝一番で理事長の元へ退学届を持っていく、俺も同席してやるから七時半に教官室へ来い、いいな遅れるなよ」

「はい、わかりました!」

 教官はそれだけ言うとまた、大股で会議室を出ていった。

 それにしても退学程度で何故理事の元へ?理事に会えることは勿論嬉しい、なんせ憧れの人だし。しかしなぜ理事に?最悪教官に退学届を出してもいいはずだ、それなのに・・・・。

 そんなことを考えながら歩いていると、休憩サロンに置いてあるテレビに生徒が沢山齧り付いていた。僕も横からちょっとだけ見てみると、それは現在の戦況のニュースだった。それはついに日本が核ジャマー装置に対して有効なキャンセラーを開発したとのことだった。これはちょっとしたニュースではない、これは大事件だ。

 大異変後の戦争で各国は核を使おうとした事があった、しかしそれは抑止力となって互いに使えない状態になっていた。当時最も核を多く所有していたのは連邦だった、大異変以前にも多くの核を所有していたアメリカを含むためそれは当然のことである。しかし同盟もヨーロッパが大異変以前に核を隠し持っていたことから、それを押収し自国の物としたのである。一方日本はというと大異変以前から原発は持っていたが核そのものを所有していなかったため、大異変後は随分慌てた。しかし日本海溝の奥に多くのプルトニウムが埋没していることが地質調査でわかったため大急ぎで採掘しそれを核に変えた。

 こうして三国は核を所有することでお互いを牽制していたのだが大異変から二十二年が経った時、連邦は画期的な兵器を完成させた。それが核ジャマー装置である。核ジャマー装置は大陸弾道ミサイルの体をしており打ち込まれた半径五百キロ圏内のあらゆる核を使った物を停止させる効力があった。連邦は核ジャマー装置を二国に大量に打ち込んだそのため各国の原潜や原発は停止し核も使えなくなった。そうして唯一の核使用ができる国となった連邦の独壇場となった。しかし栄華が続かないのが戦争であり人間なのである。

同盟と日本は打ち込まれた核ジャマー装置を研究しわずか一年にして模倣してみせた。それを作った日本と同盟は連邦に向かって核ジャマー装置を大量に打ち込んだ、そうした結果、連邦が多く保有していた核や原潜や原発は次々停止し、結果三国三竦みの状態に戻ったのである。

 そういった経緯があるからこそこのニュースは大事件なのである、核ジャマー装置のキャンセラーが開発されたということはつまり核を使うことができるということなのだから。

 そんな一大ニュースを他の士官候補生達は喜色を全面に表し喜んでいる。僕はと言うと・・・・まぁ良かったね。程度にしか思っていない。

 いくら軍需が豊かな日本といえども核ジャマー装置のキャンセラーを開発しても、いざ使ってしまえば他国に研究され、数年のうちに模倣品が出来上がってしまうのだ。これは結局作られはせども使われることはまず無い装置なのだ。それを国をあげて喜んでみせている、これはただの戦意を上げるだけの国策なのだ。他国にこの装置の完成を知らせればそれは抑止力にはなるだろうが、必死になった二国が連携して攻めてきたら日本に勝ち目はない、本当にギリギリのラインでこの戦争は均等を守っているのである。そのため日本は他国にこのことを知らせるようなことはしないだろう。軍トップもそこまで馬鹿では無いのだろうから。

 休憩サロンを後にしてそのまま別館へと向かう。別館は平民上がりのアフターチルドレンの寮になっている、貴族や華族出身の生徒達は高級車で登下校している。それを羨ましいという平民の生徒もいるが僕は特にそうは思わない。貴族や華族には貴族や華族の苦労があるのだろうから。

 寮の自分の部屋に着くとやっと息をつけたという感じだった。しかし、こうもゆっくりはしていられないだろう。明日になれば僕はここを出ていく、掃除や片付けがまだまだ残っている。

 日が落ちる前に寮長と寮母さんには挨拶をしておいた、二人共良くしてくれた人なのでこの二人には挨拶をしておきたかったのだ。

 平民の集まりの寮であるがお互いの仲は良くない。競争社会のこの学校では平民同士だからこそ足の引っ張り合いになるのだ、士官になれる平民などほぼ居ないに等しいのだからそれも当然だ。だから僕の退学を知っても誰も労いの言葉などかけてはくれないのだ。

 食堂で夕食を食べた後僕は真っ直ぐ部屋に戻った。片付けなどをしていると、先ほど挨拶をした寮母さんがやってきて差し入れにみかんを一ネットくれた、礼を言うと涙声で僕に語りかけてきた、僕も泣きそうになるのを堪えながら寮母さんに再び別れの挨拶をした。

 寮母さんを見送った後片付けをまた始めた、時計の短針が頂点になったところであらかたの片付けと掃除が終わった。物が少なくなった部屋で少しまったりとしていると、教官の言葉を思い出した、明日は理事に会いに行くのだ、寝坊は出来ない。今日は早く寝よう、そう思いベッドに横になった。



 翌朝眼を覚ましたのは四時だった、緊張のせいもあったのか良く眠れなかった。早く目を覚ましたので、珈琲を淹れて飲んだ。大異変後の日本において珈琲は貴重品なので滅多なことでは飲まないのだが、今日くらいは良いかと思い飲むことにした。

 教官室に行くのは七時半なのだが七時半ちょうどに行くとひんしゅくを買うことになるだろうから七時には行かなければいけないだろう。今の時刻は六時半、色々と荷物をまとめていたらこんな時間になってしまった。

 七時近くになったので僕は正装に着替えて教官室に向かった。

 教官室に着くと扉をノックして中に入った。教官室にはまだ教官たちが集まっていなかったが、昨日の教官だけが正装で待っていた。教官の近くに行くと、教官は何かイライラしているようだった。

「お待たせして申し訳ありません!」

「ん・・・お前か、まだ時間には早いが・・行くか」

「はい」

 理事長室は寮とは逆の方向の別館にある。一般の生徒はまず近づく事はない建物だ、その建物に今入っていく。

 初めて入るこの建物は真新しい建物の匂いがした、掃除が行き届いているからだろう。教官の後を追い二階へ登っていく、教官は二階の奥の部屋の前で立ち止まった。

「ここが理事長室だ、くれぐれも粗相の無いように」

「はい」

 教官は一つ舌打ちをすると扉をノックした。

「失礼します、彼を連れてまいりました」

 そうすると部屋の中から返答があった。

「入りなさい」

「はっ!・・・・行くぞ!」

「はい!」

 教官が扉を開くと、そこは高級な家具などが並んであり、勲章やトロフィーなどが並んでいた。その奥の高級そうな机にアフターチルドレンに見慣れた僕にとっては物珍しい中年の男が座っていた。

「佐藤教官は下がりなさい私は彼に用があるのだ」

「ですが!・・・・・わかりました・・・・」

 そう言うと教官は悔しそうな顔をして理事長室を出ていった。

「さて、君が斉藤大佐が言っていた者か・・・見たところ平民のようだが?」

「はい!父も母も平民であります」

「私は平民だからといって差別はしない。出来る人間は平民であろうが登用する」

「はっ!」

「君はこの校を退学して軍に従軍したいとのことだが・・」

「はい!その通りであります」

 すると理事長は机から何らかの資料を取り出してペラペラとめくりだした。

「うむ、君のアフターチルドレンとしての才能は・・・・航空士か・・・・なるほどな・・・」

「私は自分の才能を発揮出来る戦地で御国のために働きたいと思っています!」

 すると理事長はもう一度資料に目を通すと、机に置かれていた電話に手を伸ばし、どこかに連絡をするようだった。

「あー私だ。大佐に繋いでくれ、あぁ斉藤大佐だ・・・・あぁ、大佐例の彼を呼び出した、君から説明してくれ」

 そう言うと受話器を僕に差し出してきた。その受話器を受け取り耳につけると雑音が凄い中声が聞こえてきた。

「あー聞こえるかな・・・私はマサキ斉藤大佐だ・・わかるかね」

「はい、わかります」

 大佐の声と同時に誰かの怒号が聞こえてくる、エンジンがどうだのこうだの。そして恐らく戦闘機のものであろうエンジン音がしていた。

「君は自分の意思とは関係なく退学して従軍してもらう」

「えっ?」

「君の士官学校での成績は確認した。まぁ平凡なものだ」

「お恥ずかしい限りです」

「しかし君のフライトシュミレーター及び実機での飛行訓練、模擬戦の資料も見た」

「はい」

「はっきり言おう、君は日本でも屈指の航空士だ、そこで君が選ばれた」

「選ばれた・・・でありますか?」

「そうだ、君は我が国の最重要任務に選ばれたのだ」

「最重要任務?」

「この場で話すことはできないが、この任務は我が国家の命運を分けるものであることだけは確かだ」

「国家の命運・・・・」

 突然のことに僕はただオウム返しをすることしか出来なかった。斉藤大佐と話せたということに緊張していたというのもあるし、突然国家の命運なんて言われてただ固まった。

「君に拒否権は無い。推薦した私に恥をかかせないでくれたまえ」

「はっ!」

 大佐が推薦してくれた。大佐が僕のことを見ていてくれていた。それだけで涙が出そうだった。この任務に僕の全てをかけよう、そう誓った。

「以上!後のことは明日秋田空軍基地で説明しよう、君は秋田まで出頭したまえ。復唱!」

「はい!私は明日秋田空軍基地に出頭いたします」

「よろしい。では理事長にかわってくれ」

「はっ!」

 そう言うと僕は受話器を理事長に渡した。理事長は一言二言話したかと思うと電話を切った。

「うむ、全ては斉藤大佐から聞くといい。喜ぶがいい少年、君の願いは叶う」

「はい」

「では退学の申請は承った。君は準備に取り掛かるといい」

「はい、失礼します」

 そう言うと僕は理事長室を後にした。扉の前には教官が立っていた、その目は血走っていてかなり苛立っているようだった。

「話は終わったのか」

「はい」

「何の話だったんだ


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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観が面白かったです。 もっと、教官とのやりとりを見たかったです。 [気になる点] 最後の「」の後の部分途切れています。
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