靴ひも。
初夏の日差しがまぶしい。
まるで野良猫のティムのように、ふらふらと僕は歩きだす。
ビルの射影を、路上で探しているみたいに。
肩がふれても、気づかないふりをする。
声をかけられても、聞こえていないふりをする。
「何やってんの、純一、こんなところで。」
姉さんの声は、人ごみの中でもしゃくに障る。
「また学校サボったのね、父さん、カンカンに怒るわよ。」
僕の瞳はふりむこうとして、でも、結局のところ、姉さんから逸れてしまう。
たぶん、タイル敷きの歩道に並んだ、二つの影を見ていたのだろう。
カバンも何も持っていない、やせっぽちな、僕の影。
一方で、日傘を差した姉さんの下腹部は、丸い影の形をつくっている。
「退学になったらどうすんの。今からでも学校に行きなさいよ。悪いこと言わないから。」
僕は肩をすくめるだけすくめて、また歩き出す。
もう、この街の風は、きれいじゃない。
すれちがう人は皆、平坦で冷徹な仮面をかぶっている。
僕と一緒だ。
こんな街で子供を産むなんて・・・。
僕の、”サボリ”よりも、よほど罪深いことをしているじゃないか。
そうだ。ひと言だけ、言っておかなくちゃ。
「姉さん。」
僕は足をとめて、ふり向く。
「ずっと言い忘れていたんだけど・・・。元気な子が産まれると、いいね。」
まぶしい日差しの中に、僕の声が吸い込まれる。
姉さんはもう僕を見ていない。
背を向け、人のすき間に入りこんで離れていく。
僕はかがんで、ほどけた靴ひもを結びなおそうとする。
でも、そうすることに、まるで意味がなく、今さら面倒くさいように思えたので、
そのまま、踏み潰して、歩くことにした。
(Thanks.)