全裸待機
***
その日、なぜ自分が全裸だったのかは覚えてない。
……と言うか思い出したくもない。
なんだかんだあって、まぁ自宅だし、自室だし、カーテン閉めたし、いいっかぁと思ってしまったのだ。
我ながらまったくもって馬鹿だった。
脱いだ服をるんるんと丁寧にたたんだりしてる場合じゃなかったのだ。
なにせ…扉の鍵を閉めるのを忘れたのだから!
「あるう~ひ~♪もりぃのなかぁぁああ♪」
全裸になった事により、私はハイテンションだった。
同様を口ずさみながらキーボードを叩く指もリズミカルになる。
と、その時思わずくしゃみを1回した。
「へっくしょん!」
可愛くないくしゃみである。
もう少し女の子らしいくしゃみをしたかったが、冗談抜きに出たくしゃみだったので猫かぶる暇もなかった。
「うう…さすがにこの時期に全裸は寒いな……」
パソコンのカレンダーは10月を指していた。
完全に秋である。
全裸で涼むには季節外れとしか言いようがない。
「と言うか私はなんで全裸になったんだ?」
至極もっともな考えである。
「寒いし見られたらまずいし、ってか女がやることじゃないよーー!へ、へっくしゅん!」
更にもっともな考えである。
「ふ、服きよ…へっくしゅん!ハクシュン!ゴホッ…ゴホッゴホッ!!」
咳とくしゃみが混ざり出した。
完全に風邪の初期症状である。
一体どれだけ脱いでいたのだろう?
「ううう…ふく服……へっくしゅん!ってなんであんな所に片付けてあるの…」
部屋の端にある、マンガ本やら何やらが積んである(そして時々崩れる)椅子の上に手を伸ばす。
と、その時事件は起こったのだ!
「おねぇ、咳がうっさいんだけ……」
ノックも何もなく唐突にドアが開き声をかけられた。
「お、あーーー!」
「………………………え…って!?」
バタン!!!
ものすごく一瞬でドアが閉められた。
そりゃそうだろう。
咳を繰り返してる姉の部屋に来てみたら姉が全裸なんだから!
そこは大変良く理解できるが、一つ疑問が発生した。
「何故にキミはドアの内側にいるんだね…」
そう、弟はドアの向こうに消えていったのではなく室内に留まった。
「いやその前になんで全裸なの?」
「あーいやわからん」
「……」
「ハクシュン!!…取り敢えず、ちょっと出てってよ、服、着るか…ゴホッ、ゴホッ」
さすがに寒いし、咳とくしゃみは止まらないし服を着たい。
ってかさすがに弟とはいえ、全裸を見られるのは嫌だった。
幼子という年齢でもないし。
「……すっぱだかでいるから咳が出るんだよ?」
そう言って弟はベッドの方は歩いて行く。
綿入りの重い掛け布団の下からタオルケットを引き出す。
そして、近づいて来た。
「はぁすいまんせ…ってじゃなくて、なんで出て行かないん?おねーちゃんそろ…ハックション、…そろそろ怒るよ!!」
「ってかすでに怒ってるじゃん」
「揚げ足とるな!」
「…はぁ」
必死に身体を隠しながら叫ぶ。
頭の中では鍵をかけ忘れなように気をつけてつけようとか、
家に誰か居る時は脱ぐの止めようとか、
せめて服は手近に置いておこうとかくだらないことが巡っていた。
それなのに一時のテンションに身を任せて全裸にならなければいいだけとは思いつかなかった。
つまりはそれだけ混乱していたのだろう。
そしてそんなことをいつまでも考えられるくらい間があった。
「えーとだから部屋に帰ろうよ?」
「えー…なんで?」
持ってきたタオルケットを頭からかけられる。
冷たく心もとなかったのが和らいだ。
ほんのり安心する。
「いや…ねー、もうおねーちゃん怒らないから部屋出て行ってよー」
「だからなんで?」
「なんでって……こっちがなんで出て行かないのか聞きたいよ…」
苛立ちを通り越して少し悲しくなった。
だいたい恥ずかしかった。
恥ずかしさのあまり心臓の鼓動が聞こえてる。
「…あーソレは簡単だ」
「はぁ?何が?」
「見てたいからにきまってるじゃん」
「うっ、え?ああーーー?何を!?」
「困ってる人見てると楽しいんだよね」
「性格悪いよ!おねーちゃんそんなふうに育てた覚え無い!」
「育てられた覚え無いし……。あ、ねーおねーさま?」
ああ、心臓の鼓動が大きくなっていく…。
とても困った状態だ。
それなのにそれなのに、この弟は伝家の宝刀を抜くのだ…。
「一緒にいていいよね?」
ニッコリと幸せそうな顔でねだってくる。
この可愛いねだり方に私はけっして逆らえない……