一輪の雨宿り
五月の通り雨。
実家の花屋の軒先に、なんと彼女が駆け込んで来た。
それは雷鳴のように、僕にとっては衝撃だった。
この春から、この花屋を継ぎ始めた僕と、
この春から、すぐそこの女子大へ通い始めた彼女。
僕は彼女の名前を知らない。
彼女は僕の名前も顔もきっと知らない。
彼女はいつも凛としていて、
雨の日に見かけた真っ赤な傘をさした姿は、
一輪のガーベラをさしているみたいに映った。
花言葉は、“神秘”。
まさに。
しかし今日は、さっきまで晴れていたから。
彼女のあの赤い傘は、玄関の傘立てに、一輪挿しのように、待機させられていたのだろう。
肩や腕の水滴を払いながら、彼女がちらっと店内を見た。
店内には、僕一人と、沢山の花々。
男のくせに。花畑にいるみたいで、少し恥ずかしくなった。
「いらっしゃいませ」
彼女は何の気なしに店内へ足を進めてきた。
今にもハナウタを唄い出しそうな雰囲気で、花を見ている。
その内に、雨脚が弱まってきた。
「これください。」
彼女は雨宿りさせてもらったお礼なのか、一輪の白いマーガレットを手に持った。
マーガレットの花言葉は、“恋占い”。
『それで僕との仲を占いましょう!!』
なんて、言えるかっ!!
会計をして、包装したマーガレットを手渡すと、
「ありがとう」と彼女は微笑み、その一輪のマーガレットを連れて、店を出ようとする。
言わなくては。
何か、言わなくては。
「あっああの!!」
彼女が振り返った。
僕はバケツいっぱいの赤いバラをザバッと両手に取り、棘の痛みも気にせず叫んだ。
「こっコレ!!僕の気持ちです!!」
「えっ・・・。」
彼女はマーガレットを握り締め、固まっていた。
赤いバラの花言葉は、“熱烈な恋”。
「もらってください!!」
僕はもう後には引けなかった。
「・・ぃえ、でもあの・・・?商品、ですよね・・・?」
「いんですッ!!僕からの、贈り物で!!」
「でも・・・・・」
ますます困惑している彼女。
ああー・・・もう!!
「すっ好きデス!!」
僕の突然の告白に、とうとう彼女の手から、ぽとっと、白いマーガレットが落ちた。
・・・明らかに、順序を間違った。
ひょっとすると、これからは別ルートで大学へ通うかも知れない。
・・・いいんだ、もう。
気持ちは、伝えたんだから。
さっきから、バラの棘が刺さって、痛い。
すると彼女は、床に落としたマーガレットをそっと拾うと、
僕の方へと、戻ってきた。
僕の腕の中から、一本だけバラを取り、
「・・・じゃぁ、これもください。」
そう言って、にこっと笑った。
「え・・・。」
落胆する所なのか、驚喜する所なのか、僕が決め兼ねていると、
「一本で、充分伝わりましたから。」
そうしてまた、微笑んだ。
それって・・・つまり?
「お返しに、こちら、差し上げます。」
彼女は笑顔で、白いマーガレットを、両手で僕に差し出してきた。
マーガレットのもう一つの花言葉は、“心に秘めた愛”。
彼女はその意味を、知っているのだろうか。
通り雨はすっかり上がり、雲の切れ間から生まれた空には、虹が架かっていた。