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お嬢様と下僕  作者: toto
5/7

Act5.お嬢様と初デート

 はじめてのダンスパーティから一夜明けて。

 私の家はすごいことになっていた。なにがって、いったいどこから聞きつけたのか、レオン目当ての貴族があとからあとからやってきたのだ。

 曰く「公爵夫人のダンスパーティに現れた、類まれな美貌をもつレディ」として、レオンは一躍社交界の注目の的になっていた。そして、好奇心旺盛な彼らは、レオンの姿を一目見ようとひっきりなしにやってくるわけだ。

 名目上はお父様の客人として訪れてくるので、無碍にも扱えない。しかし、彼らの目当てであるレオンは一介の使用人である。やつに応対させるわけにもいかないし、お父様が家をあけていらっしゃるので、必然的に私が客人の相手をするはめになっていた。

 おそらくレオンの身分のことまでは貴族の間には広まっていないのだろう。彼らは期待をこめた目で「なぞの白髪の美女」の姿を探っては、私をみて落胆して帰っていった。まったく失礼な話だ。

「まさかこのような事態になるとは、私も思っていませんでしたので……」

 ひっきりなしに訪れる客人の相手をするだけで、丸一日がつぶれてしまった。私室に戻り、膝元にじゃれつくコトラをてきとうにあしらいながら、ぐったりとソファにもたれて倒れこんでいると、ティーセットを用意したレオンが入ってきた。

 やつは手際よくお茶の用意をすると、めずらしく気遣わしげな目で私をみた。

「お嬢様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。まさかこんなに興味をもたれてしまうとは思っていませんでした」

「いいわよ、べつに。使用人の不始末をなんとかするのは主人の役目だもん」

 しかし、私を一瞥して、残念そうな顔で帰っていく客人の多いこと多いこと。訪問者の多さよりも、かれらの反応のおかげで受けた精神的ダメージは大きい。

 悪かったわね、期待していたような美女がでてこなくって!

 おそらく、かれらの大半は、白髪の美女はこの家のご令嬢だと思ってきたんだろうってことは、なんとなく私にも推し量れた。ゆえに、かれらの反応にはおおいに傷つけられたわけだ。なんか納得いかない。

「もう日も遅いですし、このような時間にたずねてくるお客人もいらっしゃらないでしょう。お洋服を着替えられてくつろがれてはいかがですか?」

「うん、そうする」

「はい。ではご用意いたしますね」

 衣装ケースの中から淡い緑色の部屋着を選び出すと、レオンは私のドレスに手をかける。

「って、まったまったまったーー!」

「どうかしましたか?」

 レオンは心底おどろいた風に目をぱちくりとさせた。

 いや、たしかに。たしかに、いままでだってずっとレオンに着替えを手伝わせてきた。なんの疑問も持たずにそうしてきたけれど、これってまずいんじゃないか。いや、なにがまずいっていうよりも、私はとてつもなく強烈に恥ずかしかった。

 恥ずかしがっていることがレオンにばれることも、また恥ずかしい。どうしたらいいんだ。

 ふつう、年頃の娘が男に着替えさせられるって恥ずかしがってもいいんじゃないか。いやいや、レオンは使用人だ。使用人に対して羞恥を覚えるなんて聞いたことがない。

「へんなお嬢様。お顔も赤いですし、熱でもあるんですか?」

 ひんやりとしたレオンの右手が、私のおでこにあてられる。やめろ。私の体温がますますあがってしまうじゃないか。まったく逆効果だ。どんかんな使用人め!

「ちょっと高いですね。今日はたくさんのお客人の相手をされたので疲れが出たのかもしれませんね。お着替えをなさって早く眠られたほうがよろしいかと。脱がしますよ」

「だから、待った! そうだ、セッカ……セッカを呼んで!」

 取り乱すのがばかに思えるくらい平静なレオンを蹴っ飛ばして、テーブルの上にある呼び鈴を派手に鳴らす。

 ほどなくして、のんびりとした様子でセッカが私室に入ってきた。

「はぁい。お嬢様、なんの御用でしょうか?」

「疲れたから寛げる格好に着替えたいの。手伝ってちょうだい。レオンはご苦労様。出てっていいわよ」

 レオンはなんとも腑に落ちない表情を浮かべながらも、すなおに私の言葉に従って部屋から出て行った。

 一方、部屋に残ったセッカもまた驚いた様子だった。私の着替えを手伝いながら、なにげない風に彼女は言った。

「お嬢様の身の回りのお世話はすべてレオンの役目でしたから、なにか粗相がありましたらごめんなさいね。お着替えのお手伝いってこんな感じでよろしいですか?」

「うん」

「……レオンと喧嘩でもされました?」

「そういうわけじゃないけど。ねぇ、私の身の回りのこと、これからはセッカに頼むことにするわ」

「え!」

 ぴたりとセッカの動きが一瞬とまる。

 無茶なお願いだったかなぁ。彼女にも彼女の仕事があるだろうし、さすがに無理だろうか。

 けど、私だって無理だ。いまの私は完璧にレオンを男だと意識してしまっている。次、やつに着替えや入浴の準備の手伝いをさせたとして、そのときもまた変な反応をしてしまったら、完全になにか感づかれてしまう。それだけは避けたかった。

 少し落ち着くまで距離をおいたほうがいい。ダンスパーティの夜にあてられただけだ。ちょっと時間がたてばすぐに、やつだってかわいいお人形に戻る。戻ってくれる。

 少しの沈黙のあと、セッカはにっこりと笑った。

「……わかりました。私とレオンの仕事をチェンジさせましょう」

 快くセッカは引き受けてくれた。有能な使用人を持つってすばらしい。



 セッカに髪の毛を梳かしてもらっていると、私室の扉がノックされた。どうやら客人がまた来たらしい。

「どうされますか、お嬢様。日も沈んでおりますし、もうお休みなさっていることにして、また日を改めていただくようにもできますが」

「うーん、どうせまた明日会うことになるなら、今日のうちに会っておくわ。で、明日は私は出かけるってことにして家でのんびりすごす!」

 さすがに二日連続で慣れない客人の応対はつらい。嘘も方便だ。

 私はセッカから上着を受け取ると、部屋着の上からそれを羽織る。失礼な格好にならない程度にラフな格好だが、日も落ちたこんな時間だ。相手だって目を瞑ってくれるだろう。

 客人を通したらしい客間に入ると、十代後半くらいの黒髪の青年が落ち着かない様子でソファに腰掛けていた。

 セッカを後ろに控えさせて、私は客人に一礼する。うん、年頃から察するに、ダンスパーティでレオンを見かけて押しかけてきたって感じだ。若さゆえの行動力ってやつだろう。

 青年は私を見止めると、ソファから立ち上がりお辞儀を返した。耳ざわりのよい声音で、口上を述べる。

「夜分遅くに、それも突然の訪問、失礼しました。俺……いや、僕は」

「ああ、お気になさらず。今日はそんなお客様が多いんです。申し訳ないのですけれど、この屋敷の子女は私でして。白髪の彼女は、単なる知人なんです。今日は別の町に出かけるといって屋敷にはいないんですよ。せっかく来て下さったのにごめんなさい」

 今日一日、何度も繰り返した作り話をすらすらと伝える。

 正直に、あのこ、使用人なんです。なんて言った日には、今度は恋人じゃなくて愛人に!とかこれまたばかな話になりそうだったので「単なる知人」に落ち着いた。もちろん、私の案じゃない。ダンスパーティの夜に、ユナちゃんが今日のことを予見して私にアドバイスをくれたのだ。

 最初にこう断っておけば、あとは向こうの方からさっさと帰ってくれる。

「白髪……?なにか誤解されているようですが、僕はこの家のお嬢さん、あなたにお会いしたくて」

「へ?」

 しかし、彼はまったく予想外のことをいってくれた。あんだーすたん?理解が追いつかない私をよそに、彼は熱心に私を見つめてくる。

「まさか、ご本人に直接お会いできるとは思っていませんでした」

「え、えと、父が不在で……私がお客様の応対を……」

「そうでしたか。幸運の女神は僕に微笑んでくれたらしい。僕の名はアルフレッド。よろしければ、明日、僕とデートしてくださいませんか?」

 で、でーと?なにそれおいしいの?

 まったくの不意打ちで、この屋敷を訪れるのはレオン目当てばかりだと思っていたけれど、そうか、私だってダンスパーティに出席していたんだ。こういう誘いがあってもおかしくはない。

 おかしくはないけど、私、このひとにまったく見覚えがない。

 さすがに昨夜のことだ、ダンスを踊った男性ならおぼろげに覚えている。顔を見れば分かるはずだ。いったいどこで見止められたというのだろう。覚えがないだけに、少し怖いものがある。

「こほん。アルフレッド様、さしでがましいようですが、少々非常識ではないでしょうか。女性を正式にデートに誘うのでしたら、まずはお手紙などでお伺いを立ててからですね」

 私の戸惑いをすぐさま汲み取り、セッカが助け舟をだしてくれた。

 たしかに彼女のいうことはもっともで、アルフレッドも思うところがあったらしい。彼は頭を下げると、自分の無作法さをわびた。彼のすなおさはとても感じのよいものだった。

「す、すみません。なにぶん明日は急にできた休暇で、なるべく早くお会いしたいとそればかりで……考えてみればそうですよね、出直します」

 すごすごと立ち去る意思を見せた彼を引き止めたのは、私だった。

「ちょっと待ってください!私、そのデートお受けします」

「お、お嬢様?」

 セッカが驚きの声をあげる。

 さぞかし驚いたことだろう、なにせ、私も驚いている。けど、勢いって大事だ。

「本当ですか!ああ、よかった。こんな幸運二度とありません!その、明日、お迎えにあがります。ありがとうございます」

 アルフレッドは感激を顕わにして、私の右手を両手で包んだ。

 ちょっとどきまぎしていると、彼も気付いたらしい。慌ててぱっと手を離すと、照れくさそうに頬をかいて、笑った。

「今日は夜も遅いのでもう帰ります。また明日……」

 アルフレッドを見送って、私室に戻ろうとしたところで、セッカが言った。

「いいんですか、お嬢様。あんな、よく知りもしない男性と……」

「うん。あ、レオンには内緒よ。あいつぜったいうるさいもん」

「レオンじゃなくってもうるさくなりますよ。どうしましょう。ああ、どうしたら」

 なぜか煩悶とするセッカはさておいて。

 私だって考えなしに彼のデートを受けたわけではない。私にとって、当面の問題はどうやったらレオンを意識せずにすむかにつきるわけだ。なにせ日常生活に支障がでそうだ。それは困る。

 しばらく距離をおくのはいいとして、まず、根本的に、私が異性に対する免疫が少ないというのが問題なのではないだろうか。思い返せば、私の人生の中で関わりのある異性といえばお父様と、レオンくらいなのだ。やつを異性と認識すれば、過剰反応してしまうのも無理はない。

 過剰反応を止めるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。

 免疫がないならば、免疫を作ってしまえばいい。

 まさにアルフレッドからのデートの申し込みは、渡りに船。彼とはほんの少し言葉を交わしただけだけれど、悪い雰囲気はないし、むしろ好ましい部類の男性に見えた。うまくすれば友達になれるかもしれない。

 異性に慣れれば、きっと、また、いつもどおりレオンに接することができるだろう。私ってば頭がいい。



 そして、翌日。

「なにを考えているんですか、お嬢様。セッカもセッカだ。あなたに任せた途端、こんなばかな話になるなんて。いいですか、お嬢様、絶対に外出禁止です。もっと自分の身のことを考えて行動してください」

 私とセッカはレオンの説教を食らっていた。朝っぱらから元気なやつめ。

 正座をする私とセッカを見下ろすレオンはまさに鬼の形相だ。ダンスパーティのときにでれでれとレオンに見惚れていたひとたちがみたら腰を抜かすね。

 なぜこんな事態になっているかといえば、どうも、セッカがレオンに話してしまったらしい。セッカは昨夜もいい顔はしていなかったし、これは想定内ではあるけれど。ま、仕方ないか。

「なんの権限で私の行動をとめるわけ?あんたただの使用人でしょー」

「使用人ですが、旦那様のお留守中は、お嬢様に関する事柄はすべて私に任されています。旦那様の代理といっても差し支えはありません」

「代理とは大きくでたわね……でも私は止められませんからね!人生ではじめてのデートだし、なによりもうOKしちゃったからお迎えがくるもの」

 ふぅっと大きなため息をついて、レオンは額を押さえた。

「意志は固いんですね?」

「あったりまえでしょ。なにがなんでもいくからね」

 ぷいっとレオンから顔をそむけて、私は立ち上がる。慣れない正座で足がしびれた。足元がふらっとふらついたところをレオンに抱きとめられる。

 こんなのどうってことないはずなのに、心臓はどきどきするし、頬に血が昇ってしまう。それを悟られたくなくて、私はわざとやつをつきとばした。

「邪魔。ひとりで歩ける。デートも行く。文句はいわせないわよ、だって私のほうが偉いんだもんね」

「……わかりました。デートを許可しましょう」

 よし、勝った!

 許可って言い方は気に入らないけど、そこは目を瞑ろう。

 しかし、つづくレオンの言葉に私は絶句するはめになる。

「その代わり、私もついていきます」

「は?」

「大切なお嬢様をどこの馬の骨かも分からない男とふたりきりになどさせられるわけがないでしょう」

 さも当然といった風にレオンはいうが、デートに使用人同伴とか、どうなの。一般的な貴族としてありなんだろうか。

 この件について、私とレオンは小一時間ほど言い争うことになるが、結局、互いの意見は平行線をたどり結論のでないまま、アルフレッドとのデートへとなだれ込むことになった。



「こんにちは。お嬢さん。今日もとびきりかわいらしいですね。浅黄色のリボンがよくお似合いです」

「ありがとうございます、アルフレッドさん。あなたも今日のお召し物とても似合ってます」

 そんな感じでアルフレッドとのデートは始まった。

 最初はぎこちない感じで、言葉をぽつりぽつりと交わしてはすぐに次の話題を探していたが、王都で有名なレストランで昼食をとって、中央にある公園をふたりで散歩をする頃にはなんとなく馴染めた雰囲気になっていた。

 会話も弾むとは言いがたいが、お互いを思いやりながらのんびりと散歩をするのは新鮮だった。

 それに、公園や町を歩いているとよく分かる。

 アルフレッドは格好いい。洋服のセンスもだが、全体的な作りというか、ぱっと見て目をひく華やかさがある。すれ違うひとがつい振り返って彼を見ているのが分かる。

 ダンスパーティのとき、こんなひとがいたらすぐに気付くと思うのだけれど。やっぱり人が多すぎたからか、それとも人目を集めすぎたレオンがいたせいか。両方かな。

「少し歩き疲れたのではありませんか?そこにベンチがありますから、休憩しましょうか」

 そういって、公園のベンチをすすめられる。座ろうとすると、ドレスが汚れるといけないからといって、彼は懐からハンカチを取り出してベンチに敷いてくれた。うーん。紳士だ。

「ありがとうございます」

「いえいえ。あ、この公園の近くにおいしいアイスクリームのお店があるんですよ。お好きですか、アイスクリーム。買ってきますよ」

 ここで遠慮するのもかわいげがないので、すなおに頼むことにする。

 アイスクリームのお店にいくアルフレッドを見送って、空を見上げる。いい天気だ。風もきもちよいし、ぜっこうのデート日和だ。公園の噴水をぼんやりと眺めながら、彼を待つ。

 最初は、デートなんてできるんだろうかとちょっと不安に思ったりもしたけれど、やってみると案外簡単だ。

 会話には苦慮するけれど、それは相手も同じ。お互い知らない者同士だけど、意外と話題はみつかるし、盛り上がる話題が見つかると嬉しい。

「おまたせしました。僕と同じ味にしたんですが、チョコレート、よかったですか?」

「はい。大好きです、チョコ」

「よかった。僕も好きなんですよね」

 どうも甘いものが好きらしい。アルフレッドは私の隣に腰掛けると、にこにことおいしそうにアイスクリームを頬張っている。

 あまりによい食べっぷりなので、私もつられてアイスクリームを完食した。本当においしかった。

「手、握ってもいいですか?」

「……は、はい」

 唐突に、彼は言った。

 一瞬、迷ったが、断るのもおかしいだろう。だって、これは、デートなのだから。

 ベンチの上に投げ出されていた私の左手に、アルフレッドの右手が重なる。手と手が触れる瞬間、どきりと心臓がはねた。

 けれども、思いのほか動揺はなかった。緊張したのは最初だけで、あとはなんとなくあったかい手に握られている。それだけだ。もっとがちがちに固まってしまうかと思ったけれど、なんだか拍子抜けだった。

「そういえば」

「はい」

 ちょうどのんびり話せるいい機会だ。私は疑問に思っていたことを彼に聞いてみる。

「私、アルフレッドさんとどこかでお会いしたことがあるんでしょうか。昨日からずっと考えているんですが、こころあたりがなくて」

 アルフレッドだって、まさか初対面の女をとつぜんデートに誘ったりはしないだろう。だから、きっとどこかで顔を合わせているんだと思う。けど、ぜんぜんさっぱり覚えがない。

 彼はいたずらが見つかったときのこどものようにしゅんとして、怒らないで聞いてくれますか、と前置きをした。

「お嬢さんが僕を知らないのは当然です。だって、僕が一方的に見ていただけですから」

 この場合、問題なのはどこで見ていたか、だ。

「あのダンスパーティの夜、テラスで、星を見上げて涙を流しているお嬢さんの姿をぐうぜん見つけて……心が奪われるとはこういうことなんでしょうか。永遠にも似た長い時間、あなたから目が離せませんでした。けれど現実ではほんの一瞬の出来事で、あの涙を拭って差し上げたい。そう思って、テラスに向かおうとしたところで友人に声をかけられてしまい、そしてあなたの姿も見えなくなった」

 ぐっと私の手を握る彼の手に力がこめられた。熱心にアルフレッドは教えてくれる。思いのほかこもる熱に、まずいと思った。気がつけば、これ以上ないくらい近い場所にアルフレッドの瞳があった。吐息さえ肌に伝わる距離だ。

「どうしてあの夜、泣いていたんですか?なにがあなたを悲しませたのか、そればかり考えていました」

「それは……」

 こういうとき、いったいどうしたらいいんだろう。

 顔を背けるのはきっと失礼だ。けど、このまま見つめあうのもきっとおかしい。

 アルフレッドはいいひとだし、きっとこの距離に他意はない。他意はないはずだ。

「はい、そこまで」

 向かい合う私とアルフレッドの間に、するどい手刀が割り込んできた。危ない、鼻先をちょびっとかすった。ひりひりするかも。

「うわぁぁぁぁ! ルイス、なんでおまえここにいるんだ!」

 アルフレッドは尋常じゃない驚き方をしていた。

 彼はのけぞり、その勢いで後ろに倒れてしりもちをついていた。青ざめた彼が指差す先に視線を向けると、白い髪に赤い瞳、黒いドレスをまとったレオンが立っていた。

 ついてくるなと念押しして出かけたけれど、結局やつはついてきていたらしい。

 やつは片眉をあげて、訝しげにアルフレッドを見下ろした。

「は? なにを言ってるんですか、このひとは」

「つーか、出歩いたらダメだろ! さっさと城に戻れよ。またぶっ倒れたら俺が兄貴にどやされちまうんだからな!」

 立ち上がったアルフレッドはレオンの腕を乱暴につかんだ。

 さっきまでの紳士的な態度から一転、粗野な態度は彼の本性だろうか。ひとのこといえないけど、大きなネコを彼も飼っていたらしい。

「触らないでください。なにか勘違いされているようですが、私はお嬢様の使用人です」

「本当についてきてたのね……レオン」

「当たり前です。お嬢様をひとりにできるわけないでしょう」

 レオンはアルフレッドの手を振り払おうとするが、腕力の差か振り払えない。距離をつめられ、不利なはずなのにレオンはいつもどおり平然としていた。

「勘違いなわけないだろ。俺がおまえを見間違うわけがない」

「それはそれは、自信過剰さに失笑してしまいますね」

「その嫌味ったらしい口調に背筋も凍るような美貌の女がふたりもいてたまるか」

「褒めるか貶すかどちらかにしてください。それに、私は男です」

 レオンが性別をはっきりと明言するのは珍しいことだった。

 普段から女性物を着衣しているため、性別を問われる機会はそうそうないが、女性として扱われてもたいてい相手に合わせて、あいまいにやりすごしていたはずだ。

 そんなやつの言葉に、アルフレッドはいよいよ激昂したようだった。

 アルフレッドはレオンを力任せに引き寄せると、真正面からやつにむかってはっきりといった。

「悪ふざけがすぎるぞ、白魔女」

 ……。

 話についていけない予感がする!


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