雨が降る
雨が降る。
一ヶ月以上も続く雨なんて記憶にない。
『私もですよ。雨なんて二週間もすれば止むものですが』
先日お話をした老人の言葉が思い返される。
あの時の返事が脳内にふと蘇る。
『百年近く生きても経験がないのですか』
私の返事に老人は笑っていた。
『百まで生きられないですよ』
いいえ。
あなたなら生きられる。
だって、あと三年じゃないですか。
たかが三年。
百年まで。
雨が強くなった。
窓を開けて映る空は灰色で落ちていく雫は、まるで数え切れないほどの命が身を投げているかのように見えた。
そう見えるのはきっと、私自身があの取るに足らない水滴の一つになりたいと思っているからだろう。
ゴミ出しのために外に出る。
髪の毛が濡れる。
寝間着が汚れる。
身体が震えていく。
あぁ、それでも私の体は健康そのものだ。
放り投げたゴミ袋の音が水を汚した。
生きた果てに出てきた不用品は今日もまた私が平時のようにやり過ごしたことの証明。
一先ずは生きる。
そのためにストレスを溜めない生活をする。
そう決意して十年が経つ。
遅くまで起きていれば余計なことを考えてしまう。
だから、二十時には目を閉じる。
感情を素直に受け止めれば苦しくなる。
だから、日々の生活でも笑顔を貼り付ける。
一先ずは生きる。
生き延びる。
そんな決意を雨がはがしていく。
生きて何になる?
先延ばしにした死が迎えてくれる。
何故先延ばしにしている?
悲しむ人がいるから。
本当に?
本当。
身体が震えた。
雨に濡れたせいだろう。
始業まであと二時間。
働くのは嫌いだったけれど、役目に徹することが出来るのはありがたかった。
上司がいる。
部下がいる。
客がいる。
だから、笑顔を貼り付ける。
貼り付ける価値がある。
今はそれだけでいい。
くしゅんと一つ咳をして私は身を震わせた。
今日もまた雨が降る。
『私もですよ。雨なんて二週間もすれば止むものですが』
あの老人の言葉を思い出す。
もし、彼と同じだけ生きることが出来たなら。
その時は私と同じくらい若い人に言ってあげよう。
『私が若い頃、一ヶ月も雨がやまない時がありました』
と。
踵を返す。
一日が始まるのだ。




