ホラー小説【本当は怖い てるてる坊主】
――廃村ライブ配信――
「てるてる坊主を逆さに吊るすと、どうなると思う?」
カメラに向かってそう言ったのは、心霊系YouTuberのリョウだった。
登録者数、八万七千人。
目標は十万人。
最近は再生数が伸び悩んでいた。
普通の廃墟。
心霊トンネル。
廃病院。
有名な場所は一通り回った。
だが、どれも似たような動画になってしまう。
そんなリョウのもとへ、一通のメールが届いた。
件名は、
【絶対に行かないでください】
だった。
普通なら警告だ。
しかし心霊系YouTuberにとって、
「行くな」
は、
「撮れ、数字になる。」
とほとんど同じ意味だった。
メールには、山奥にある廃村の名前が記されていた。
雨隠村。
三十年以上前に無人になった集落。
地図アプリにも正式な道は表示されない。
そして最後に、奇妙な一文が書かれていた。
【村に残っているてるてる坊主を、絶対に逆さにしないでください】
リョウは笑った。
「決まりだな」
次の動画はこれしかない。
撮影当日。
リョウは撮影担当のケンジと二人で山へ向かった。
空は快晴だった。
雲一つない。
「よりによって晴れかよ」
ケンジがカメラを回しながら笑う。
「逆にいいだろ。てるてる坊主の村なんだから」
午後三時。
二人は雨隠村へ入った。
錆びた標識。
崩れた民家。
雑草に覆われた道路。
電柱は途中で折れ、電話線が蔓のように垂れ下がっている。
だが、奇妙なことが一つあった。
「……なあ」
ケンジがカメラを止めた。
「何?」
「あれ」
一軒の廃屋を指差す。
軒先に白いものが吊るされていた。
てるてる坊主だった。
ボロボロになっている。
何十年も前のものに見えた。
その隣の家にも。
そのまた隣にも。
白いてるてる坊主。
一つ。
二つ。
三つ。
村中の家に吊るされていた。
しかも。
どれも山の方角を向いている。
リョウは笑った。
「最高じゃん」
カメラを回す。
「はい! ということで雨隠村に到着しました!」
いつもの明るい声。
「見てください! 廃村なのに、なぜか大量のてるてる坊主があります!」
カメラが軒先を映す。
「今回、この村にある禁忌を検証します!」
ケンジが嫌そうな顔をした。
「本当にやるの?」
「やらなきゃ来た意味ないだろ」
「逆さにするやつ?」
「そう」
リョウは一体のてるてる坊主を手に取った。
そしてカメラへ見せた。
「ネットでは、てるてる坊主を逆さにすると雨が降るなんて話があります」
笑う。
「今日は快晴です」
青空へカメラを向ける。
「本当に雨が降るのか、検証してみましょう!」
リョウは紐をほどいた。
頭を下にする。
足を上にする。
そして
軒先へ吊るした。
「逆さてるてる坊主、完成!」
その瞬間だった。
ザッ。
カメラの映像が乱れた。
「ん?」
ザザザザザ。
ノイズ。
そして一瞬だけ。
画面の中央に、
白装束の男が映った。
首に縄をかけられ、
逆さに吊るされている。
「今の何?」
ケンジが映像を確認する。
巻き戻す。
しかし、何も映っていない。
「気のせいだろ」
リョウは笑った。
その直後。
ぽたり。
リョウの頬に水が落ちた。
「……雨?」
空を見る。
青空だった。
雲などない。
ぽたり。
また落ちる。
ケンジがゆっくり指を上げた。
「リョウ」
「何?」
「それ……」
逆さのてるてる坊主。
白い布の頭。
二つの黒い染みができていた。
目の位置だった。
そこから水が流れている。
ぽた。
ぽた。
ぽた。
「……泣いてるみたいだな」
リョウは笑った。
だがケンジは笑わなかった。
「戻そう」
「まだ撮れてないだろ」
「もう十分だって」
「こういうのは何か起きてからが本番なんだよ」
そのとき。
村中から音がした。
ギィ……。
ギィ……。
軒先の紐が軋む音。
二人は振り返った。
一軒。
二軒。
三軒。
村中のてるてる坊主が、
ゆっくりと回転していた。
頭が下へ。
身体が上へ。
一体ずつ。
逆さになっていく。
「……ケンジ」
「撮ってる」
「これ、仕込みじゃないよな?」
「俺が聞きたいよ」
最後の一体が逆さになった瞬間。
空が暗くなった。
数秒前まで青空だったはずなのに。
山の向こうから黒雲が広がっている。
ゴロゴロゴロ……。
雷鳴。
そして。
ザアアアアアアア――!
猛烈な雨が降り始めた。
「ヤバい! 車戻るぞ!」
二人は走った。
だが道路がおかしい。
来たときにはなかった分かれ道。
見覚えのない家。
同じ場所へ何度も戻ってくる。
そして必ずそこには、
最初に逆さにしたてるてる坊主があった。
「なんでだよ!」
リョウが叫ぶ。
「さっきから同じ場所だ!」
スマートフォンを見る。
圏外。
地図も現在地を読み込まない。
そのとき。
ケンジが言った。
「リョウ……配信、生きてる」
「は?」
圏外なのにライブ配信は続いていた。
同時接続数。
12,421人。
18,903人。
31,772人。
数字が猛烈な勢いで増えていく。
「マジかよ……」
リョウの顔が一瞬明るくなる。
「三万人見てる!」
「喜んでる場合か!」
コメントが流れる。
《後ろ》
《後ろ見て》
《なんかいる》
《山の方》
《リョウ逃げろ》
《人じゃない》
《でかすぎる》
二人は振り返った。
豪雨の向こう。
山の斜面を、
何かが下りてきていた。
ぺたり。
ぺたり。
ぺたり。
巨大な軟体。
二本の長い触角。
雨に濡れ、ぬらぬらと光っている。
その身体には、
人間の顔が浮かんでいた。
老人。
女性。
男。
子ども。
何十。
何百。
すべての顔が泣いている。
涙が地面へ落ちるたび、
雨が激しくなる。
「なんだよ……あれ……」
コメント欄に一つの言葉が大量に流れ始めた。
《アメフラシ》
《アメフラシ》
《アメフラシ》
《アメフラシ》
リョウは走った。
「逃げろ!」
濁流が道路へ流れ込む。
ケンジが転ぶ。
カメラが地面へ落ちる。
映像が横向きになる。
「ケンジ!」
リョウが戻ろうとした。
そのとき。
画面の奥に、
白い足が映った。
裸足。
僧衣。
雨の中に、一人の坊主が立っている。
青白い顔。
首には縄の痕。
「……逆さにしたな」
低い声。
リョウが震える。
「す、すみません……」
「戻せ」
坊主はそれだけ言った。
「戻せば助かるのか?」
坊主は答えない。
「なあ!」
「私は、お前を呪ってはいない」
「じゃあ、あれは何なんだ!」
坊主がアメフラシを見る。
「忘れられた者たちだ」
雨が激しくなる。
「雨を求めた人間は、昔、多くの命を捧げた」
坊主の顔を雨が流れる。
「やがて時代が過ぎ、人は生贄を忘れた」
「白い人形だけが残った」
「かわいい風習として」
「晴れを願う、おまじないとして」
坊主はリョウを見る。
「だが逆さ吊りは、死者への冒涜」
「忘れられた者たちを起こす合図だ」
リョウは最初の家へ走った。
逆さてるてる坊主を掴む。
「戻れ!」
紐がほどけない。
「戻れよ!」
必死に引っ張る。
そのときスマートフォンのコメント欄が目に入った。
《やめろ》
《触るな》
《後ろ》
《後ろ!!》
《リョウ後ろ!!!》
リョウはゆっくり振り返った。
巨大なアメフラシが、
すぐ後ろにいた。
身体に浮かぶ無数の顔。
全員がリョウを見ている。
そして、
同時に口を開いた。
「ヒトツ、モラウ」
映像が途切れた。
翌朝。
雨隠村周辺は快晴だった。
警察と消防が捜索したが、リョウとケンジは発見されなかった。
車だけが山道の入口に残されていた。
ライブ配信のアーカイブも削除されていた。
運営側は、
「該当する配信記録は存在しない」
と回答したという。
ところが。
奇妙な噂が広まった。
雨の日の午前二時。
動画サイトで、
『逆さてるてる坊主 LIVE』
という配信が突然始まるという。
配信者名は空欄。
サムネイルには、
廃村の軒先が映っている。
そこには二体の新しいてるてる坊主が吊るされている。
一体は細身。
もう一体は大柄。
どちらも逆さまだ。
配信を開いても、ほとんど何も起きない。
雨音だけが延々と流れている。
ザアアアアア……。
ザアアアアア……。
だが、コメントを書いてはいけない。
一文字でも書き込むと、
画面の奥にある一体のてるてる坊主が、
ゆっくりこちらを向く。
そして翌日。
あなたの家の軒先に、
白いてるてる坊主が一体、
吊るされている。
捨てても戻ってくる。
燃やしても戻ってくる。
紐を切っても、
次の雨の日には吊るされている。
だから絶対に、
逆さにしてはいけない。
もし逆さにすれば、
その夜から雨が降る。
そしてスマートフォンに、
見覚えのないライブ配信の通知が届く。
タイトルは、
【次の生贄が決まりました】
配信を開くと、
あなたの家が映っている。
玄関。
窓。
そして、
あなた自身。
誰が撮影しているのかは分からない。
ただ、
画面の一番奥。
雨の向こうから、
何かが近づいてくる。
ぺたり。
ぺたり。
ぺたり。
その音が玄関の前で止まったら、
もう外を見てはいけない。
なぜならアメフラシは、
雨を降らせる妖怪ではない。
雨を願った人間から、
代わりの命を受け取りに来る妖怪なのだから。
てるてる ぼーうず
てる ぼーうず
明日天気にしておくれ
もしも雨が止まぬなら
次の坊主は、あなたです。
ホラー小説【本当は怖い てるてる坊主】
完結
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余談
日本では「てるてる坊主」という名前から、僧侶にまつわる怖い伝説も語られています。ある村で長雨が続き、晴れを祈る力を持つ僧侶が殿様に呼ばれました。僧侶は「必ず晴れにする」と約束しますが、雨は止みません。怒った殿様が僧侶を罰し、その首を白い布に包んで吊るしたところ、翌日には晴れたというものです。




