嵐の予兆
フォルト村に来て五日目の朝。
畑はすでに村の全区画を覆い尽くし、二回目、三回目の収穫を終えた作物の種や苗が大量に備蓄されていた。村人たちは俺の指導のもと、自分たちの手で種を蒔き、水をやり、農業の感覚を取り戻しつつある。
リーナは飲み込みが早かった。包丁の持ち方から教えたが、三日目にはもう人参の乱切りを一人でこなせるようになっていた。
「蓮さん、この切り方で合ってますか」
「うん、いいですよ。火の通りを均一にするには、断面の面積を揃えるのがコツです。大きさよりも断面を意識して」
「断面……こう?」
「そうそう。上手いもんだ」
リーナが嬉しそうに笑う。その笑顔を見るのが日課になりつつあった。
昼過ぎ、村の北門がにわかに騒がしくなった。
「帰ってきたぞ! マルクたちが帰ってきた!」
村長の声に駆けつけると、三人の男たちが疲れた足取りで村に入ってくるところだった。リーナと同じく食糧を探しに出ていた者たちだ。
先頭の男──鑑定すると、マルク・ヴェンツという名の三十代の農夫だった──が、村の様子を見て立ち尽くした。
「……なんだ、これは。畑が……村が……」
「マルク! この方が助けてくれたんだ。食糧も、畑も、井戸まで!」
村長が駆け寄って事情を説明する。マルクたちは信じられないという顔で緑に覆われた畑を見渡し、やがてその目を俺に向けた。
「あんたが……。ありがてえ、本当にありがてえ……」
マルクが深く頭を下げた。だが、その表情にはどこか翳りがあった。
「どうしました? 何かありましたか」
「……ああ。実は、食糧を求めて南の方に向かったんだが、途中で商隊に会ってな。そこで嫌な話を聞いた」
マルクが声を落とした。
「魔王軍の一部隊が辺境に進出しているらしい。といっても大軍じゃない。偵察部隊だろうって話だったが、小さな集落がいくつか襲われたそうだ。ここから南東に五日ほどの場所で」
俺の背筋に冷たいものが走った。南東に五日。俺の家がある方角だ。
「王都の勇者たちは主力の魔王軍に備えて北の要塞に集結してるから、辺境の偵察部隊にまでは手が回らないらしい」
村長の顔が曇った。
「この村まで来るかね……」
「わからん。だが、用心するに越したことはねえ」
俺は黙って考え込んだ。
魔王軍の偵察部隊。規模はわからないが、小さな集落を襲えるだけの戦力はある。フォルト村にはまともな武装がない。農民たちが鍬や鎌を持って戦ったところで、勝てるわけがない。
俺のスキルは生活系だ。戦闘向きではない──と、王宮の連中は判断した。
だが。
生活魔法は火も水も土も操れる。家を建てる力があるなら、壁を作ることもできる。鍋を生み出す力があるなら、他のものだって──。
いや。
俺は料理人だ。武器を作ることは、したくない。
なら、料理人として守る方法を考えるしかない。




