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勇者召喚に巻き込まれた料理人は、辺境で静かに暮らしたい  作者: 月代


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8/13

料理人にできること

翌朝。


 俺は日の出とともに起き出し、朝食の準備を始めた。


 昨夜のうちに村長と話し合い、当面の方針を決めていた。


 食糧は俺の空間収納に十分な備蓄がある。それに加えて、昨日植えた畑からは今朝にはもう二回目の収穫ができる状態になっている。三時間で育つのだから、一日に数回収穫できる計算だ。


 だが、いつまでも俺がいなければ回らないのでは意味がない。村が自立して食糧を確保できる仕組みを作らなければ。


 そこで問題になるのが五穀豊穣だ。このスキルは俺しか持っていない。俺が植えなければ三時間で作物は育たないし、効能もつかない。


 ただし、一度育った作物の種や端くれを普通に植えれば、この世界の通常の速度で──数ヶ月かけてだが──ちゃんと育つはずだ。しかも五穀豊穣で育った作物は品質が極めて高いため、そこから取れる種も良質なものになる。


 つまり、俺が最初に大量の作物を育てて種を確保し、それを村人たちに渡せば、あとは通常の農業で回していける。


「村長。畑のことなんですが」


 朝食の準備をしながら、村長に提案した。


「今ある畑を全部使って、できる限りの作物を育てます。種や苗も大量に確保するので、それを使って村人の皆さんで栽培を続けてもらえますか」


「もちろんだ。だが、あんたのあの魔法がなければ……」


「最初だけ俺がやります。一度軌道に乗れば、あとは普通の農業で大丈夫なはずです。土の状態も鑑定で見ましたが、水さえ十分にあればこの土地はちゃんと作物が育ちます。元々は良い土地なんですよ、ここは」


 村長の目に、希望の光が灯った。


「それから、もう一つ。井戸をあと二本掘らせてください。畑の灌漑用と、生活用水の予備です」


「……あんたに、どう恩を返せばいいのか」


「恩なんて。そうだ、一つだけお願いがあります」


「なんだ、何でも言ってくれ」


「料理を教えさせてください。この村の人たちに」


 村長が目を丸くした。


「料理?」


「はい。せっかくいい食材が手に入るんです。美味しく食べなきゃもったいない。保存食の作り方、調味料の仕込み方、栄養バランスの良い献立の組み方……全部教えます。俺がいなくなっても、みんなが美味しいご飯を食べられるように」


 俺がいなくなっても。


 その言葉を口にしたとき、自分の中で何かが引っかかった。


 だが、それは今考えることではない。


 朝食後、俺は村の全区画の畑に作物を植えて回った。人参、大根、じゃがいも、麦、豆、葉物野菜、ハーブ類、果物の苗木。ありとあらゆるものを、空いている土地という土地に植えまくった。


 三時間ごとに収穫し、また植える。そのサイクルを繰り返すうちに、レベルがぐんぐん上がっていく。この日だけで五レベルほど上がった。レベルが上がれば作物の効能も上がる。好循環だ。


 夕方には、村の女性たちを集めて料理教室を開いた。


「これは味噌っていう調味料の元になるものです。この豆を蒸して潰して、塩と混ぜて、ここからが大事なんですが──」


 村の女性たちは熱心に俺の手元を見つめていた。この世界には味噌も醤油もない。発酵食品の文化は一部にあるが、体系的な製法は伝わっていないようだった。


「こうやって仕込んだら、半年くらい寝かせると味噌になります。一年寝かせるともっと深い味になる」


「半年も!」


「発酵っていうのは時間がかかるんです。でも、待つ価値はありますよ。味噌があれば料理の幅がぐっと広がりますから」


 自家製の味噌を少し味見させると、女性たちから歓声が上がった。


「なにこれ、すごい……! こんな味、初めて」


「これを汁物に溶くと味噌汁になります。昨日の夜、飲んだでしょう?」


「ああ! あの美味しいやつ!」


 その日の夜も、俺は村の全員に食事を振る舞った。


 二日目ということもあり、村人たちの体調はさらに良くなっていた。老人たちは自力で歩き回れるようになり、子どもたちは元気に駆け回っている。慢性的な栄養失調だった者も、五穀豊穣の効能が効いて急速に回復していた。


 食後、焚き火を囲んで村人たちと話した。この村の歴史、この地方の気候、近隣の町との関係。料理人に必要なのは食材の知識だけではない。その土地の風土を知ることが、その土地に合った料理を生み出す。


「蓮さん」


 片付けを手伝ってくれていたリーナが、おずおずと口を開いた。


「あの……もしよかったら、なんですけど」


「はい?」


「料理、私にも教えてもらえませんか。蓮さんが村を離れた後も、みんなに美味しいご飯を作れるようになりたいんです」


 その言葉に、俺は目を瞬かせた。


 リーナは頬を赤くしながら、でも真っ直ぐに俺を見つめていた。


「……もちろん。喜んで」


 そう答えた瞬間、リーナの顔にぱっと花が咲いたような笑顔が広がった。


 この笑顔のためだけにでも、この村に来た甲斐があった。


 ──だが、このとき俺はまだ知らなかった。


 食糧を探しに出た村人がリーナだけではなかったことを。そして、別の方角に向かった者たちが、思いもよらない情報を持ち帰ろうとしていることを。


 辺境の小さな村で始まった静かな物語が、やがてこの世界の大きなうねりへと繋がっていくことを、このときの俺は想像すらしていなかった。


 今はただ、目の前の人たちのお腹を満たすことだけを考えていた。


 それが料理人にできる、一番大切なことだと信じて。


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