畑を耕す
リーナの案内で、村の畑を見て回った。
鑑定を使い、土の状態を調べる。
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**【フォルト村 農地(東区画)】**
土質:砂質ローム ※本来は穀物栽培に適する
状態:深刻な乾燥、養分枯渇、微生物活性低下
水源:地下水脈あり(深度12メートル)。現在の井戸は深度不足で十分な水量を確保できていない
異常気象による影響:表土の養分が大幅に流出。通常の農法での回復には最低二年を要する
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通常の農法なら二年。だが五穀豊穣なら、三時間だ。
「ここに植えていいですか」
「え? でも、この土地はもう何も育たないと……」
「大丈夫です。ちょっとしたコツがあるので」
空間収納から、用意してきた野菜の端くれや種を取り出した。人参のヘタ、じゃがいもの芽つきの皮、大根の切れ端、麦の種、数種類の果物の種。
それらを丁寧に土に植えていく。
村人たちが遠巻きに見ている。あの枯れた土地に野菜の切れ端を植えて何になるのだと、怪訝そうな顔をしている者もいた。
「三時間ほど待っていてください」
俺は五穀豊穣を発動した。
そして三時間後──。
「な……なんだ、あれは!」
村長の叫び声が上がった。
枯れ果てた畑が、一面の緑に変わっていた。
人参が葉を広げ、じゃがいもが土を盛り上げ、大根が白い首をのぞかせ、麦がまっすぐに穂を伸ばしている。果物の苗木も、しっかりとした幹を立てて葉を茂らせていた。
村人たちが畑に駆け寄り、信じられないという顔で作物に触れている。
「本物だ……本物の人参だ!」
「麦が……麦が実ってる……!」
「夢じゃない、よね? ねえ、夢じゃないよね?」
子どもたちが歓声を上げて畑の間を走り回る。年老いた農夫が大根を引き抜き、その重さと立派さに涙を流していた。
「あんた……あんた、一体……」
村長が膝をつきかけるのを、俺は慌てて支えた。
「跪かないでください。俺はただのスキル持ちの料理人で、たまたまこういう能力があっただけです」
嘘は言っていない。ただし「たまたま」の部分は少々語弊があるが。
「それよりも村長。水のことなんですが」
俺は井戸の問題を指摘した。鑑定で地下水脈の位置と深度がわかっている。現在の井戸は深さが足りず、水脈まで届いていない。
「ここを掘り直していいですか。もう少し深く掘れば、十分な水が出るはずです」
「そんなことまで……もちろんだとも!」
生活魔法で井戸を掘る。地面に手を当て、土を圧縮しながら垂直に穴を開けていく。十二メートルほど掘ったところで、ごぼごぼと音を立てて清浄な水が湧き上がってきた。
以前の倍以上の水量だ。
「水が……こんなにきれいな水が……!」
村人たちの歓声が、夕暮れの空に響いた。
その夜、俺は村の広場で腕をふるった。
採れたての野菜をふんだんに使った料理の数々。味噌汁、野菜の天ぷら、炊き込みご飯、根菜の煮物、果物のコンポート。この世界にない日本の家庭料理を、七十人分。
生活魔法で作った大きな竈が三つ。鍋が五つ。俺の手は休みなく動き続けた。
天ぷらを揚げるとき、村の女性たちが何人か手伝いを申し出てくれた。衣の付け方、油の温度の見方、揚げ時の判断──教えながら一緒に作業する。
野菜の天ぷらをつまんだ男の子が、目を輝かせた。
「にーちゃん、これなに!? サクサクして、中はあまくて、すごい!」
「天ぷらっていうんだ。衣をつけて油で揚げる料理だよ」
「てんぷら! てんぷら、もっと食べたい!」
その無邪気な笑顔に、胸の奥が熱くなった。
広場にはいくつもの焚き火が灯り、その周りで村人たちが輪になって食事をしている。笑い声が聞こえる。半年ぶりの、腹一杯の食事。
俺は少し離れた場所で、その光景を眺めていた。
「蓮さん」
リーナが隣に来て、温かいスープの入った椀を差し出した。
「作ってばかりで、ご自分は食べてないでしょう。はい」
「……ありがとう」
受け取って一口すする。自分の作ったスープだが、誰かに差し出されて飲むと、なぜだか一段と美味しく感じた。
「蓮さんは……どうしてこんなに優しいんですか」
「優しくなんかないですよ。ただ、子どもたちがお腹を空かせてるのを見て、知らんぷりできなかっただけです」
「それを優しいって言うんです」
リーナの声は穏やかだったが、強い確信を帯びていた。
俺は苦笑して、空を見上げた。この世界の夜空は、日本よりもずっと星が多い。天の川がはっきりと見えて、まるで空に光の河が流れているようだった。
「……俺は孤児院で育ったんです」
なぜだろう。自分でも驚くほど自然に、言葉がこぼれ出た。
「親の顔も知らない。小さい頃はお腹が空いて泣いてばかりだった。でも、孤児院の厨房のおばさんが料理を教えてくれた。皮を剥くのも、出汁を取るのも、全部あの人から教わった」
懐かしい記憶が蘇る。しわだらけの温かい手。割烹着の匂い。「蓮、味見してごらん」という声。
「おばさんはいつも言ってた。『お腹いっぱいの人は悪いことを考えない。美味しいものを食べたら、人は笑顔になる。だから料理は世界を平和にするんだよ』って」
リーナが小さく笑った。
「素敵な方ですね」
「ええ。だから俺は料理人になった。……で、気づいたらこんな世界にいて、勇者失格の烙印を押されて追い出されて」
「……ごめんなさい。つらいことを」
「いえ。追い出されて良かったと思ってます。おかげでこの村に来られたんですから」
リーナは何も言わず、ただ静かに頷いた。
焚き火の向こうで、子どもたちが何かの歌を歌い始めた。この世界の子守唄だろうか。穏やかな旋律が夜の風に溶けていく。




