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勇者召喚に巻き込まれた料理人は、辺境で静かに暮らしたい  作者: 月代


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7/13

畑を耕す

リーナの案内で、村の畑を見て回った。


 鑑定を使い、土の状態を調べる。


-----


**【フォルト村 農地(東区画)】**

土質:砂質ローム ※本来は穀物栽培に適する

状態:深刻な乾燥、養分枯渇、微生物活性低下

水源:地下水脈あり(深度12メートル)。現在の井戸は深度不足で十分な水量を確保できていない

異常気象による影響:表土の養分が大幅に流出。通常の農法での回復には最低二年を要する


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 通常の農法なら二年。だが五穀豊穣なら、三時間だ。


「ここに植えていいですか」


「え? でも、この土地はもう何も育たないと……」


「大丈夫です。ちょっとしたコツがあるので」


 空間収納から、用意してきた野菜の端くれや種を取り出した。人参のヘタ、じゃがいもの芽つきの皮、大根の切れ端、麦の種、数種類の果物の種。


 それらを丁寧に土に植えていく。


 村人たちが遠巻きに見ている。あの枯れた土地に野菜の切れ端を植えて何になるのだと、怪訝そうな顔をしている者もいた。


「三時間ほど待っていてください」


 俺は五穀豊穣を発動した。


 そして三時間後──。


「な……なんだ、あれは!」


 村長の叫び声が上がった。


 枯れ果てた畑が、一面の緑に変わっていた。


 人参が葉を広げ、じゃがいもが土を盛り上げ、大根が白い首をのぞかせ、麦がまっすぐに穂を伸ばしている。果物の苗木も、しっかりとした幹を立てて葉を茂らせていた。


 村人たちが畑に駆け寄り、信じられないという顔で作物に触れている。


「本物だ……本物の人参だ!」


「麦が……麦が実ってる……!」


「夢じゃない、よね? ねえ、夢じゃないよね?」


 子どもたちが歓声を上げて畑の間を走り回る。年老いた農夫が大根を引き抜き、その重さと立派さに涙を流していた。


「あんた……あんた、一体……」


 村長が膝をつきかけるのを、俺は慌てて支えた。


「跪かないでください。俺はただのスキル持ちの料理人で、たまたまこういう能力があっただけです」


 嘘は言っていない。ただし「たまたま」の部分は少々語弊があるが。


「それよりも村長。水のことなんですが」


 俺は井戸の問題を指摘した。鑑定で地下水脈の位置と深度がわかっている。現在の井戸は深さが足りず、水脈まで届いていない。


「ここを掘り直していいですか。もう少し深く掘れば、十分な水が出るはずです」


「そんなことまで……もちろんだとも!」


 生活魔法で井戸を掘る。地面に手を当て、土を圧縮しながら垂直に穴を開けていく。十二メートルほど掘ったところで、ごぼごぼと音を立てて清浄な水が湧き上がってきた。


 以前の倍以上の水量だ。


「水が……こんなにきれいな水が……!」


 村人たちの歓声が、夕暮れの空に響いた。


 その夜、俺は村の広場で腕をふるった。


 採れたての野菜をふんだんに使った料理の数々。味噌汁、野菜の天ぷら、炊き込みご飯、根菜の煮物、果物のコンポート。この世界にない日本の家庭料理を、七十人分。


 生活魔法で作った大きな竈が三つ。鍋が五つ。俺の手は休みなく動き続けた。


 天ぷらを揚げるとき、村の女性たちが何人か手伝いを申し出てくれた。衣の付け方、油の温度の見方、揚げ時の判断──教えながら一緒に作業する。


 野菜の天ぷらをつまんだ男の子が、目を輝かせた。


「にーちゃん、これなに!? サクサクして、中はあまくて、すごい!」


「天ぷらっていうんだ。衣をつけて油で揚げる料理だよ」


「てんぷら! てんぷら、もっと食べたい!」


 その無邪気な笑顔に、胸の奥が熱くなった。


 広場にはいくつもの焚き火が灯り、その周りで村人たちが輪になって食事をしている。笑い声が聞こえる。半年ぶりの、腹一杯の食事。


 俺は少し離れた場所で、その光景を眺めていた。


「蓮さん」


 リーナが隣に来て、温かいスープの入った椀を差し出した。


「作ってばかりで、ご自分は食べてないでしょう。はい」


「……ありがとう」


 受け取って一口すする。自分の作ったスープだが、誰かに差し出されて飲むと、なぜだか一段と美味しく感じた。


「蓮さんは……どうしてこんなに優しいんですか」


「優しくなんかないですよ。ただ、子どもたちがお腹を空かせてるのを見て、知らんぷりできなかっただけです」


「それを優しいって言うんです」


 リーナの声は穏やかだったが、強い確信を帯びていた。


 俺は苦笑して、空を見上げた。この世界の夜空は、日本よりもずっと星が多い。天の川がはっきりと見えて、まるで空に光の河が流れているようだった。


「……俺は孤児院で育ったんです」


 なぜだろう。自分でも驚くほど自然に、言葉がこぼれ出た。


「親の顔も知らない。小さい頃はお腹が空いて泣いてばかりだった。でも、孤児院の厨房のおばさんが料理を教えてくれた。皮を剥くのも、出汁を取るのも、全部あの人から教わった」


 懐かしい記憶が蘇る。しわだらけの温かい手。割烹着の匂い。「蓮、味見してごらん」という声。


「おばさんはいつも言ってた。『お腹いっぱいの人は悪いことを考えない。美味しいものを食べたら、人は笑顔になる。だから料理は世界を平和にするんだよ』って」


 リーナが小さく笑った。


「素敵な方ですね」


「ええ。だから俺は料理人になった。……で、気づいたらこんな世界にいて、勇者失格の烙印を押されて追い出されて」


「……ごめんなさい。つらいことを」


「いえ。追い出されて良かったと思ってます。おかげでこの村に来られたんですから」


 リーナは何も言わず、ただ静かに頷いた。


 焚き火の向こうで、子どもたちが何かの歌を歌い始めた。この世界の子守唄だろうか。穏やかな旋律が夜の風に溶けていく。


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