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勇者召喚に巻き込まれた料理人は、辺境で静かに暮らしたい  作者: 月代


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13/13

辺境の食卓

フォルト村を発って二日。


 見慣れた荒野の中に、緑に囲まれた小さな石造りの家が見えてきた。


 俺の家だ。


 留守の間に畑が荒れているかと思ったが、五穀豊穣で育てた作物は生命力が強いのか、雑草にも負けずにしっかり実をつけていた。


 家の扉を開けると、出発前と変わらない厨房が迎えてくれた。使い慣れた包丁、鉄鍋、まな板。全部、生活魔法で作った俺だけの道具たち。


 荷物を下ろし、まず井戸で水を汲んで顔を洗った。それから厨房に立つ。


 今日の夕飯は何にしようか。


 空間収納から食材を取り出しながら考える。レベルは村での大量収穫のおかげで42まで上がっていた。作物の効能は「大回復」「全状態異常治癒」「一時的能力向上」と、もはやとんでもない域に達している。


 だが、どんなに効能が凄くても、美味しくなければ意味がない。料理は味が命。それは孤児院のおばさんが最初に教えてくれたことだ。


 人参の桂剥きを始める。包丁が滑るように人参の表面を走り、薄い帯が板の上に落ちていく。


 この手の動きは、どこにいても変わらない。日本にいても、異世界にいても。一人でも、誰かのためでも。


 鍋に水を張り、野菜を入れて火にかける。コトコトと煮える音。立ち上る湯気。


 ──静かだ。


 フォルト村にいた二週間は、いつも誰かの声が聞こえていた。子どもたちの笑い声、村長の豪快な笑い、リーナの「蓮さん」と呼ぶ声。


 一人は慣れている。孤独は苦手じゃない。


 でも。


「……ちょっと、寂しいな」


 呟いた言葉は、誰にも届かず消えた。


 俺は苦笑して、味見をした。うん、いい味だ。塩をほんの少し足そう。


 完成した野菜スープを皿によそい、テーブルに着く。一人分の食卓。


 手を合わせる。


「いただきます」


 スプーンですくって口に運ぶ。体の芯から温まるような、優しい味。


 うまい。自分で言うのもなんだが、本当にうまい。


 でも──フォルト村で、リーナが手渡してくれたあのスープの方が、もっとうまかった気がする。同じ俺が作ったスープなのに。


 人が作ってくれるご飯は、どうしてああも美味しいのだろう。孤児院のおばさんのおにぎりも、そうだった。


 食べ終えて、皿を洗い、厨房を片付ける。


 外に出ると、夕焼けが荒野を赤く染めていた。


 西の方角──フォルト村がある方角を、しばらく眺めた。


 村を出るとき、子どもたちが泣いた。「にーちゃん、行かないで」と裾にしがみつかれた。天ぷらの好きな男の子は「また天ぷら作りに来てくれる?」と赤い目で聞いてきた。


「もちろん。約束だ」


 そう答えたのは嘘じゃない。


 また行く。味噌の出来を確かめに。新しいレシピを教えに。リーナの料理の腕がどれだけ上がったか確かめに。


 それに──あの村のことだ。そのうち近隣の集落にも噂が広がるかもしれない。辺境に緑の畑と城壁を持つ村があると。美味しい料理が食べられると。


 そうなれば、もっと多くの人が集まるかもしれない。食糧難に苦しむ人たちが、助けを求めてやってくるかもしれない。


 そのときは──。


 俺はまた、厨房に立てばいい。


 鍋を振って、包丁を握って、美味しい飯を作ればいい。


 それが、この世界で俺にできる、一番大切なこと。勇者にはなれなかったけれど、料理人として──人の腹を満たし、笑顔を作ることならできる。


 赤い空が、紫に変わっていく。一番星が光り始める。


 明日の朝は何を作ろうか。


 そういえば、この世界にはまだカレーがない。数種類のスパイスを調合すれば再現できるかもしれない。あとはシチューも。グラタンも面白い。村の子どもたちに食べさせたら、きっと目を輝かせるだろう。


 レシピは無限だ。この世界の食材と、日本の料理の知恵を組み合わせれば、まだ誰も食べたことのない料理がいくらでも生まれる。


 俺は家に戻り、テーブルの上に木の板とペンを出した。


 新しいレシピ帳の、最初のページを開く。


 ペンを走らせる。タイトルは──


-----


「辺境のレシピ帳 朝比奈蓮」


 一品目。野菜スープ。


 材料──人参、じゃがいも、トマト、塩、香草。


 ポイント──野菜は大きめに切ること。弱火でじっくり煮込むこと。仕上げに香草をひとつまみ。


 そして何より大切なのは──


 誰かに食べてもらうつもりで作ること。


-----


 辺境の一軒家に、小さな灯りがともっている。


 竈からは温かい煙が立ち上り、風に乗ってどこまでも遠くへ流れていく。


 その匂いに誘われて、いつかまた、誰かがこの家の扉を叩くだろう。


 そのとき料理人は、いつものように言うのだ。


「中に入ってください。ちょうど、いいのができたところです」


 異世界に召喚されて、勇者にはなれなかった一人の料理人。


 彼の物語は、一杯のスープから始まり、一冊のレシピ帳へと続いていく。


 それはきっと、剣や魔法よりもずっと地味で、ずっと静かな物語。


 けれど──腹を空かせた誰かにとっては、世界で一番あたたかい物語。


-----


**──了──**

お読みいただきありがとうございます。


料理で人を幸せにする物語を書きたいと思い、この作品が生まれました。楽しんでいただけていたら幸いです。


本作はここで一区切りとなりますが、続編を予定しております。蓮とリーナの物語はまだ始まったばかりです。辺境の小さなレシピ帳が、どこまで広がっていくのか──続きを楽しみにお待ちいただければ嬉しいです。


感想・ブックマーク・評価、いつでもお待ちしております。

月代

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