来訪
防壁を作り終えた翌日。
フォルト村に来て八日目の昼下がり。
見張り台に立っていた村の青年が、けたたましく鐘を鳴らした。
「南東から集団が接近! 数は……二十から三十! 人間じゃない、魔族だ!」
俺は厨房から飛び出した。
壁の上に駆け上がり、南東の方角を見る。土煙を上げて近づいてくる一団が見えた。鑑定をかける。
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**【魔王軍偵察部隊 第七小隊】**
構成:ゴブリン兵×20、オーク戦士×5、指揮官(魔族)×1
指揮官レベル:38
目的:辺境集落の偵察および資源の略奪
戦力評価:辺境の小規模集落を制圧可能な程度
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二十六体。指揮官のレベルが38。
正面から戦えば、村人たちでは太刀打ちできない。だが──。
「村長! 全員を広場に集めてください。壁の外には絶対に出ないように」
「わかった!」
「リーナさん、子どもたちとお年寄りを村の中心に。それから、これを」
空間収納からおにぎりを大量に取り出し、リーナに渡した。
「みんなに配ってください。食べたら体力が回復する。何があっても、食べることを止めないで」
「蓮さん、あなたは──」
「大丈夫。俺は料理人ですから。料理人は火の扱いが得意なんです」
門の前に立った。
魔王軍の一団が村の前まで来て、足を止めた。壁の存在に一瞬面食らったようだが、すぐに指揮官──紫色の肌をした長身の魔族──が前に出て、嘲るように笑った。
「ほう、辺境の村にしては立派な壁じゃないか。だが、この程度で俺たちを止められると思うなよ」
指揮官が手を振ると、オーク戦士たちが壁に向かって突進を始めた。
俺は壁の上から、静かに息を吸った。
「──風よ」
生活魔法を発動する。壁の外側に植えた唐辛子畑に向けて、強い風を送り込んだ。
乾燥させた唐辛子の粉が、突風に乗って魔王軍の一団に叩きつけられた。
「ぐああああっ!?」
「目がッ──目が見えねえ!」
「息ができ──ゲホッ、ゲホゲホッ!」
レベル35の五穀豊穣で育てた唐辛子だ。その刺激成分は通常の何倍にも強化されている。効能「強烈な刺激効果」は伊達ではない。
突進していたオーク戦士たちが次々と地面に転がり、ゴブリン兵たちは目を押さえて逃げ惑っている。
だが、指揮官だけは魔力の障壁を張ってどうにか耐えていた。
「小癪な……! 何をした!」
「料理の下ごしらえですよ。唐辛子は辛みが強いから、扱いには気をつけないと」
俺は淡々と答えながら、次の手を打った。
「──水よ」
壁の内側に溜めていた大量の水が、壁を乗り越えて滝のように魔王軍に降り注いだ。唐辛子で視界と呼吸を奪われた状態で水流に叩かれ、ゴブリン兵の大半がそのまま押し流された。
残ったオーク戦士たちも、唐辛子の成分が水で全身に広がり、皮膚の薄い部分が焼けるような痛みに悶絶している。
指揮官が歯を剥いた。
「貴様ッ……!」
魔力を込めた拳で壁を殴りつける。石壁にひびが入った。もう一発で崩れるかもしれない。
だが、俺のほうが早かった。
「──火よ」
竈の火を操るように、精密に、正確に。
指揮官の足元の地面から火柱が噴き上がった。生活魔法で操る火は、料理の火加減と同じだ。強火、中火、弱火。自在に操れる。
いま必要なのは、相手を殺す火ではない。戦意を砕く火だ。
火柱は指揮官を取り囲むように五本立ち上がり、逃げ道を塞いだ。炎の熱が魔力の障壁を揺るがす。
「もう一度言います。ここは俺たちの村です。帰ってください」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
指揮官は燃え盛る炎の壁の中で、俺を睨みつけていた。その目に浮かんでいたのは怒りと──恐怖だった。
たった一人の人間に。戦闘職でもない人間に。自分の部隊が壊滅させられた。
「……覚えていろ」
捨て台詞を残して、指揮官は撤退した。動ける部下を引きずるようにして、来た方角へ消えていく。
俺は壁の上で、その背中が完全に見えなくなるまで見送った。
膝が、震えていた。
生まれて初めて、人──いや、魔族だが──と戦った。殺さずに済んだのは幸運だ。だが、次があるかはわからない。もっと大きな部隊が来たら、唐辛子と水だけでは防ぎきれないかもしれない。
「蓮さん!」
リーナが壁の下から駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!? 怪我は──」
「大丈夫。怪我はない。みんなは?」
「全員無事です。蓮さんが守ってくれたから」
リーナの目に涙が浮かんでいた。
俺は壁を降りて、大きく息を吐いた。
「……腹、減ったな」
「えっ」
「戦ったらお腹空くもんですね。何か作りましょうか」
リーナが泣き笑いの顔になった。
「……もう。蓮さんは、本当に料理人なんですね」
「そうですよ。ただの料理人です」




