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勇者召喚に巻き込まれた料理人は、辺境で静かに暮らしたい  作者: 月代


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巻き込まれた召喚

目を開けた瞬間、視界いっぱいに広がった白い大理石の天井を見て、俺──朝比奈蓮は自分がベッドの上にいるのではないことを悟った。


 背中に感じるのは冷たく硬い石の床。周囲には同じように倒れている見知らぬ若者たちが何人もいて、誰もが呆然とした顔で辺りを見回している。


 ここはどこだ。


 俺はつい数秒前まで──いや、体感としてはほんの一瞬前まで──勤め先の定食屋『まるよし』の厨房で仕込みをしていたはずだ。人参の桂剥きをしていた。包丁を握っていた右手の感触がまだ残っている。


「勇者様方、ようこそおいでくださいました!」


 朗々と響く声に顔を上げると、豪奢なローブをまとった白髪の老人が、両手を広げて俺たちを見下ろしていた。その背後には甲冑姿の兵士たちが整列し、さらにその奥には玉座に座った壮年の男──おそらく王だろう──が鷹揚に頷いている。


 これは──まさか。


 孤児院にいた頃、年下の子どもたちに読み聞かせてやった絵本の中にこんな場面があった。異世界に召喚された勇者が魔王を倒す話。まさか自分がその当事者になるとは。


「我がアルディシア王国は今、魔王軍の脅威にさらされております。古の召喚魔法により、異界より勇者様方をお呼びいたしました。どうか我々の世界をお救いください」


 老人──宮廷魔術師と名乗った男の説明によれば、召喚されたのは合わせて十五人。全員が日本人で、二十代前半の若者ばかりだった。


 俺はその中でおそらく最年長だろう。二十四歳。高校を卒業して孤児院を出て以来、ずっと料理の道一筋だった。戦いとは無縁の人生。剣なんて握ったこともない。


「それでは皆様、神殿へご案内いたします。聖女様の力で、皆様の授かったスキルが判明いたします」


 兵士に先導され、白亜の神殿へと通される。中央に立つ銀髪の聖女が一人ずつの額に手を当て、授かったスキルを読み上げていく。


「──聖剣術。素晴らしい。間違いなく勇者のスキルです」


 最初の青年が歓声に迎えられた。金髪碧眼の整った顔立ち。いかにも主人公然とした男だった。


 次々とスキルが判明していく。『炎帝魔法』『神速剣』『絶対防御』──どれも派手で、いかにも戦闘向きのスキルが並ぶ。読み上げられるたびに王宮の者たちが沸き立ち、召喚された若者たちも興奮に頬を紅潮させている。


 そして──俺の番が来た。


 聖女の細い指が額に触れる。ひんやりとした感触。数秒の沈黙のあと、聖女がゆっくりと口を開いた。


「……五穀豊穣、空間収納、鑑定、生活魔法」


 場が、しん、と静まり返った。


 それまでの熱狂が嘘のように冷え込み、宮廷魔術師が困惑した顔で聖女に問う。


「聖女様、それは……戦闘系のスキルが一つもないのですが」


「はい。すべて生活に関するスキルです。五穀豊穣は農業、空間収納は物入れ、鑑定はそのまま、生活魔法は日々の雑事をこなすもの。いずれも珍しくはありますが、戦闘の役には立ちません」


 聖女の言葉は淡々としていた。嘘も誇張もない、ただの事実の羅列。


 周囲のざわめきが耳に痛い。「ハズレだ」「使えない」──そんな囁きが聞こえてくる。


 まあ、そうだろうな。


 不思議と傷つきはしなかった。孤児院育ちの俺は、自分が特別な存在でないことをとっくに知っている。孤児院の厨房で玉ねぎを刻みながら覚えた現実の味は、こんな程度の失望ではびくともしない。


「朝比奈殿」


 鑑定が全員分終わった後、宮廷魔術師が俺を別室に呼んだ。


「単刀直入に申し上げます。あなたのスキルは勇者としての役割にそぐわない。よって、他の勇者様方と同じ待遇をお約束することはできません」


 つまり、お払い箱ということだ。


「ただ、我が国の責任で召喚した以上、何の支援もなしに放り出すわけにもいきません。こちらを」


 差し出されたのは革袋。中を確認すると、金貨が五枚と銀貨が数枚。


「支度金として、これだけご用意いたしました。この世界での生活に役立ててください。また、基本的な言語理解は召喚魔法に付随しておりますので、会話や文字の読み書きに不自由はないはずです」


 ずいぶんあっさりしたものだ。だが、文句を言ったところでどうにもならない。


「わかりました。ありがとうございます」


 俺は素直に金を受け取り、王宮を後にした。

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