110号室の同居人(まだ不在)
「僕は男です!」
寮の玄関で響いた大声。
それを聞き付け、廊下の奥から駆けてくる足音とともに、春海がやってきた。
「どうした?」
何かトラブルでもあったか、と含ませながらのその問いに、誠伍は答えず、
「春海。お前、何してたんだ」
「ちょっと、な」
春海もまた、答えをぼかして、玄関口に立つ阿貴を見やる。
「その子に何かやったのか?」
「お前じゃあるまいし、そんな事するか」
即座に返す。
失礼な、と言いかけた春海を制して、簡潔に状況を説明する。
「なるほどな」
一通り説明を受け、春海はまだ憮然とした顔のままの小柄な新入生に問いかける。
「で、君、名前は?」
「宇都宮阿貴です」
阿貴は、そう答えて鞄の中の入寮手続きの書類を取り出し、春海に手渡した。
誠伍とともに、その中身を確認して、確かに名乗られた名前と書類に記されている名前が一致しているのを知る。
「…やっぱり、本人のようだな」
誠伍も、先ほど名乗られた女子の名前を思い出して、
「さっきの子とは、別人だったようだ。すまない、失礼なことを言った」
と頭を下げた。
春海は、目の前の少年を見て思う。
─────これは、思っていた以上かもな
と、心の中だけで。
「じゃ、改めて部屋に案内するから、と、その前に」
改めて阿貴に向き直って、
「オレがこの寮の寮長、相木春海。で」
隣にいた男を指差して
「こいつが、同室の堀居誠伍」
そして、先ほどから黙って事の次第を見つめていた女子を見て、
「で、この人が」
「島霧子。そっちの女子寮の寮長よ」
と、霧子が春海の紹介に割って入った。
「霧子、そういえばこっちに用があったんじゃないのか?」
「今はそっちの対応が優先でしょ。これから忙しくなりそうだし私は簡単な共有くらいのものだから後ででいいわ」
そう言って、霧子は踵を返す。
扉を開けて、碧林寮へと去っていった。
春海と誠伍の二人に連れられて寮内を歩く阿貴。
先に歩いていた春海がそのまま後ろを振り返って、
「ここは青碧だから、本当に個性的な連中ばかり集まってくるんだ。変わった奴ばかりだけどみんな根はいい奴だからきっと君もすぐに慣れてくれると思うけど…」
と、一旦言葉を切って。
「ただ…君のルームメイトなんだけど…ちょっと問題ありでね」
どこか含みを持たせたような、そんな言い回し。
阿貴は、それが気になって
「どうしてですか?」
と一言。
二人が立ち止まったのは阿貴の質問に答えるためではなく、ちょうどその質問が発せられたところでその部屋に着いてしまったからだ。
どこを見回しても同じようなつくりのドアの並び。
人より身長が低い阿貴の丁度頭の辺りに「110」と書かれたプレート。
部屋番号を指しているのだろうが、表札のように寮生の名前が書かれているわけでもない。
二人が立ち止まったのは、そのドアの前だった。
春海は、人好きのする微笑を浮かべて、さっきの問いに、
「ま、会えばすぐにわかるさ。ここが君の部屋だ」
と、言ってそのドアをどんどんと叩き。
「成美ー、いるかー?」
大声でまだ顔も知らぬ同居人の名を呼ぶ。
しかし、中から返事は返ってこない。
「いないな」
と、誠伍。
「そのうち戻ってくるだろ。鍵も開けっ放しだし」
がちゃ、とドアノブを回してみてドアが開くのを確認すると、
「心配しなくっても人懐こい奴だからすぐ仲良くなれると思うぜ?じゃ、俺ら入り口で仕事してるから何かあったらいつでも呼んでくれよ」
軽く笑みを見せると、春海と誠伍は部屋を出て行った。
案内された部屋に入り、どさ、と持っていた鞄を下ろして。
「ふー…」
と、一息つく。
思っていたよりも広い室内。
その両サイドの壁際にシングルベッドが1つずつ、中央に共用であろうテーブル。
その片側の机には先にいる同居人の物なのだろう雑誌やゲームなどが無造作に置かれていた。
ぐるりと視線を一回りさせて、阿貴はここまで重い荷物を抱えてやってきた疲労を労わるように足を伸ばして座ってみる。
そして。
─────あの寮長の言ってた成美って人はどんな人なんだろう。
どこか含みのある言い回しが気になって、まだ顔も知らない同居人に思いをはせてみる。
だが。
いつまでもこの荷物をそのままにしておくわけにもいかず、会ったらその時はその時だ、と腹をくくって荷物の整理を始めようと下ろした鞄を開けた。
「会えばすぐにわかる」
そう言われた言葉をそのままトレースして、作業に取り掛かる。
元々腹は据わっている自負がある。
どんな人が来ても問題はない。
そう思いながら手際よく荷物の整理に取り掛かった。
ここから徐々に物語は動き出します。まだ見ぬルームメイト、その正体は…?




