殺戮マザコン冒険者
ジュウゾウにとって殺しは呼吸をするように自然に出来る所業だ。
とはいえ、理由なき殺しはしない。
ジュウゾウはわきまえている殺戮マシーンなのだ。
だからジュウゾウが今まさにこの瞬間、襲い掛かってくる薄汚い男の喉を握りつぶして殺しても、それをするに至った経緯というものがちゃんとある。
そう、ジュウゾウが今山賊めいた連中を家畜を屠殺するかのように殺戮しているのは、冒険者ギルドで受注した商隊の護衛依頼が理由であった。
山賊たちはジュウゾウが守る商隊を襲撃したのだ。
それはもう、ジュウゾウに殺されても文句はいえない。
ジュウゾウは無表情のまま次々と山賊たちを屠っていく。
NUKITEと呼ばれる業は、ジュウゾウのお気に入りだ。
気を込めた手刀で腹をぶち抜く。
気により硬質化した手刀は、相手が鎧を着こんで居ても意に介さない。
鎧ごとぶち抜くのだ。
暖かい内臓が手に触れるとき、ジュウゾウは命の尊さと暖かさを知る。
あるいは、母の胎内だろうか?
母を知らぬ哀れなジュウゾウ。
橋の下に捨てられていた幼子は、みよ、ここまで逞しくなったのだ。
賊のやわらかい腹をぶち抜いたジュウゾウは、まだ湯気の立ち上る臓腑を見て顔も知らぬ母へと誇りたくなった。
返り血を浴びるジュウゾウの姿。
まるで血の雨でも降らせているかのような凄惨さに依頼主の商人は顔を蒼白にする。
ジュウゾウにとってはただの仕事に過ぎないのだが、ジュウゾウが人を殺す度に依頼主は怯えるのだ。
それがジュウゾウには不快だった。
まさかこの俺が、依頼人を裏切って打ち殺すとでもおもっているのか?
いわれのない誤解はジュウゾウの繊細な心を傷つける。
依頼人の心無い仕打ちに胸を痛めながらもジュウゾウはいつものように無表情なまま淡々と作業をこなしていた。
「終わった」
ジュウゾウの言葉を受けて、商人が生唾を飲み込んだ。
「そ……そうですか! いやあ、さすがのお手前ですな! お見事です、これほどの数の賊を……こうも……こんな……このような……」
「安心してくれ。首から上は無傷だ。無辜の商人を襲うような外道共だ、懸賞金がかかっているだろう。賞金は依頼人である貴殿との交渉により分配したいがいかがか」
ジュウゾウが殺した人数は20人を超えていた。
「けけけけ! け、結構で御座います! 賞金はジュウゾウ様、是非あなた様に……実際に働いてくださったのはジュウゾウ様ですから! あなた様がいなければこのギルデロイ! 賊の餌食となっていたに相違ありますまい! そ、そうだろう、皆!」
ギルデロイは振り向き、商隊の者たちへ必死の形相で問いかけた。
しばしの沈黙が流れる。誰も答えない。
口が恐怖により縛り付けられているのだ。
しかし彼らは恐怖に打ち勝ち、全身全霊で首肯した。
「なに? そうか……うむ。そういうことであるならばこの銀等級冒険者、ジュウゾウ、快く貴殿らの心遣いを受取ることにしよう」
ジュウゾウはその無表情を緩め、やや笑顔になってギルデロイたちに礼を言う。
ジュウゾウはそう、金がほしかったのだ。
汚い金ではない、お天道様の下でしっかり胸をはって稼いだ、綺麗な金がほしかった。
それは、なぜか。答えは娼館にあった。
■
ここは高級娼館【月光蝶】
容姿や性の技術だけではなく、人格面や知識においても研鑽を積んだ高級娼婦達が数多く所属するこの娼館は、王都でも有数の格の高さを誇る。
話によれば王侯貴族ですらも月光蝶を訪れることがあるとかないとか……。
そんな高級娼館に、ジュウゾウもまた入り浸っていた。
■
「母上……母上、なぜ俺を捨てたのです!?」ちゅぱちゅぱ
ジュウゾウが女の●●にむしゃぶりつきながら、涙を流して問う。
女の年のころは30の半ばと言った所か。
この世界で、この歳になっても春をひさぐ女というのは、それこそ路上で寝泊りするほど食い詰めた者くらいだ。
だがジュウゾウから母上と呼ばれた女は肌も美しく滑らかで、髪の毛もしっかり手入れをしており、とてもそんな者には見えない。
当然だ、彼女は月光蝶でも上から数えたほうが早い程の人気な娼婦だからだ。
彼女の名前はアリアンナ。
ジュウゾウのオキニの女だ。
「んふ、……ジュウゾウ、母はあなたを捨てたわけではないのです……」
アリアンナが妖艶に笑う。笑いながらジュウゾウの後頭部をかきいだき、その豊満な胸に顔を押し付けた。
「わたくしは、ジュウゾウ……あなたに強くなってほしかったのです……」
アリアンナがジュウゾウを抱く腕に力をこめる。
同時に、ジュウゾウのそれ自身がはちきれんばかりに膨張する。
アリアンナの、母の愛を、愛しているからこそあえて厳しい境遇へと己を突き落とした厳しさをしって昂ぶってしまったのだ。
ふれられてもいない、言葉だけで達してしまうジュウゾウ。
「……っ! くっ、くううううう! 母上!!」
「まだ……頑張れますね? ジュウゾウ。還っていらっしゃい、母の中へ」
ジュウゾウはもはや辛抱たまらなくなり、ジュウゾウのそれ自身に血が集中していく。
それはすでに硬度を取り戻しており、その勇壮さたるや東国に伝わりし伝説の剛剣、クニツナ・ブレードもかくやと思わせるものであった。
こうして夜は更けていくのだった。
ちなみに、当然だがジュウゾウとアリアンナは親子関係にはない。
これはいわゆるマザコンプレイである。
■
翌朝、ジュウゾウは全裸のままベッドから起き出した。
ベッド脇に置かれた水差しを手に取り、直接口をつけて飲み干す。
冷たい水が体に染みわたり、脳まで覚醒していくようだ。
「おはようございます。ジュウゾウさん」
隣を見ると、下着姿のアリアンナが横になっていた。
「起こしてしまったか? すまぬ。ああ、水を飲むといい」
ジュウゾウはグラスに水をいれてアリアンナへ手渡した。
「ありがとうございます」
アリアンナはそれを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはっ……ふう」
「ふふ」
「ふふふ」
二人して笑いあう。
「今日もお仕事を?」
アリアンナがジュウゾウへ問いかけた。
うむ、と首肯し、続ける。
「今日も護衛依頼を受けるつもりなのだ」
「まあ、またですか? 最近多いですね」
「うむ、隣国の政情が不安定らしい」
「ああ……サテュラ連邦で独立の気風が漂っているとかそういう話をきいたことがあります」
「うむ。さすがに耳が早いな。流れ者が増えておる。そういう時は街道もちと不穏になるものよ。それにな、仕事をがんばりたんまりと稼いで、また逢いたいのだ。お主に」
そういって身支度を始めるジュウゾウ。
頬を染めながらそれを手伝うアリアンナ。
二人はまるで恋人同士のように睦まじい。
意識してかしらずか、ジュウゾウの手がアリアンナの胸へと伸びてしまう。
「もう、ジュウゾウさんったら」
■
ジュウゾウは足早に冒険者ギルドへと向かった。
護衛依頼を受けるにあたって、護衛対象と面談のようなものがあるとのことだったからだ。
商人の護衛とあったがかなりの値打ち物を運ぶのだろう。
護衛するものの実力だけではなく、人柄もよくよく検討したいといったところか。
ジュウゾウは人柄には自信があった。
嘘の類は決してついたことがなく、やるといったことはかならずやる有言実行ぶり、依頼人の利益を第一に考えた行動を取り、決して裏切らない。
はっきりいって自分でも護衛を依頼するならば、このジュウゾウという男を置いてほかにはいるまい、とすら思っている。
さて、ギルドに到着したジュウゾウはまず受付で面会について尋ねると、早速これから行うとのことらしい。
ジュウゾウは気合いを漲らせ部屋へ向かうことにした。
部屋の前に到着すると、礼儀正しくノック。
「どうぞ」との声がかえってきたので、入室前に身なりを確認する。
そして失礼します、と一言のべて入室をした。そこにいたのは一人の男だった。
年齢は30前後だろうか? 背はやや低いが鍛えられた体つきをしている。
精悍な顔つきをしていて、眼光鋭い男であった。
戦うものとしても鍛え方ではないものの、海千山千を乗り越えてきた者特有の覇気を感じる。
「なるほど、ギルドには腕が立ち、信用出来るものを、と依頼しましたが……なるほど、なるほどね」
男はジュウゾウの全身を余すことなくみやり、納得したように頷いた。
「失礼しました、私はバルド。しがない商人です。あなたに護衛を頼むことにきめました。場所はサテュラ連邦のイズール市。しかし、この都市からイズール市へ向かうのではなく、イズール市からこの都市へ向かうのです」
承知、とジュウゾウは答える。
事情を一切問いただそうとしないジュウゾウに対し、バルドは面白いものでもみたような顔で聞いてきた。
「良いのですか? 事情をきかなくても。厄介なことくらいは分かるでしょう。非常に危険な依頼かもしれませんし、あるいはあなたをハメようとしているのかもしれませんよ」
「知るべき事があれば貴殿が伝えてくれるでしょう。俺はただ貴殿を守り、イズールから荷を運ぶのみ、ご安心めされよ。俺は決して裏切りはしませぬ。もし、依頼中に貴殿を害そうというものがあれば、それが貴族でも王でも国でも排しましょう。貴殿もどうか俺を信じ、裏切ることのないようにしていただきたい」
もし裏切ったら? という質問は要らないな、とバルドは思った。
この男の目を見ればわかる。
これは本気だ。
本気なだけで実力が伴っていないならともかく、全身から漂ってくる強烈な暴と死の気配にさきほどから鳥肌がおさまらない。
バルドとて多くの修羅場は潜り抜けてきた。
その眼をもってして断言できる。
このジュウゾウという男は、呼吸をするように人を殺してきた男だ。
100か? いや、1000か? それとも?
とにかく夥しい死体を積み重ねてこなければこんな濃密な死の気配は漂ってこない。
この男の経歴は調べた。
東国出身とあって、やはりなとおもう。
あの国のものなら、確かに貴族でも王でも国でも排するだろう。
だからこそ信用できる。
あの国のものは病的なまでに誠実だ。嘘も決してつかない。
なにせ、嘘をついたならば針を1000本飲んだ上で、その場で腹を十字に切り裂いて果てねばならないなどという狂った価値観を持っている連中だ。
依頼の成功、ひいては救出任務の成功を確信し、バルドは一息ついた。
これは全年齢では書きづらいか?




