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転生者は二人もいらない

「馬鹿馬鹿しい……あなたに構っている暇はありませんの」


 大階段の前で、公爵令嬢のリリアーナが、エミの脇を通り過ぎようとする。その瞬間、エミは、


「きゃあああああ!」


 と甲高い悲鳴を上げ、大階段の下へと自らダイブした。階段を激しく転げ落ちながら、エミはにやりと笑う。


 やったわ。フラグ回収よ。

 リリアーナ、これであんたは断罪確定よ!


 この程度の怪我なんて安いものだ。

 「悪役令嬢リリアーナが階段から聖女エミを突き落とす」最終イベントを完遂し、晴れて王太子ルートのエンディングを迎える事ができるのだから。

 ようやくこのゲームを正しい形に戻せる!

 リリアーナは自分と同じく転生者で、散々ゲームの筋をゆがめてくれた。一ゲームのファンとして、エミは一生懸命、元の道筋に直し続けてきたのだ。本当にここまで苦労した。


 なにが溺愛よ、チートよ!

 ヒロインである私から、元悪役の分際で物語をガメるなんて、おこがましい転生者が!


 勝利を確信し、転がり落ちながら、エミはリリアーナをかえりみる。そして、目を見開いた。


 リリアーナは、笑みを浮かべていた。ちょうど、いま、自分が浮かべたかのような――


 リリアーナは、慌てず騒がず、ダンスの誘いを受けるように手をのべる。そして、


「スキル:拡張!」


 ただ一言だけ叫んだ。


 ◇


 ――拡張? それが何だって言うのよ?


 エミは鼻で笑った。

 いつものしたり顔で、「私は悪くありません。私は正しいんです」というポーズかしら? なにかの悪あがき?

 バカな女! そんなだからしてやられるのよ! 遅いのよ、もう全てが!


 エミは心のなかで、思う様にリリアーナを嗤った。が、しばらくして、ふと違和感を覚えた。


 待ってよ。私はさっきから、なんでこんなに長く思考ができているの?


 てっきり極限の集中状態から起こる超高速思考だと思っていたが、どうやら違うようだ。

 もしかして……単純に、長くない? この時間……。そこで、エミは気づいた。


 私、いつになったら床に着くの?


 最初にあげた「きゃあああああ」という悲鳴も、とうに息切れだった。

 それもそのはず、エミはゆうに、三十秒以上、階段を転がり続けているのだ。

 明らかにこれは異常事態だ。

 勝利を確信していたエミも、だんだん焦り出した。

 塵も積もれば、と言うより最初から尖った石くらい痛いものが、ずっと積もり続けている。体はアドレナリンではもうごまかせないほど、悲鳴を上げだしていた。


「痛いっ、痛いーーーーっ! はやく落ちてえええ!」


 気づけばエミは叫んでいた。自分の叫びさえ身を打ち付ける衝撃に、うまく聞こえない。


「痛いよぉーっ! 殿下ああ、助けてえーっ!」


 悲鳴を聞き駆けつけてきた王太子に、エミは泣きながら叫んだ。


「どうしたんだエミ!」

「階段から落ちれないのおおお! 痛いッ! だすけてぇーっ!」


 わあわあと泣きながら、階段を転がり続けるエミを、王太子をはじめ一同は啞然と見ていた。

 階段の長さは変わっていない。

 どうやら、階段という“概念”が「拡張」し続けているらしい。エミは、概念を転がり続け、一向に地面に到達することが出来ないのだ。

 ゴロゴロゴロゴロと、階段の中腹で、ただ一人回転し続けているエミは、まるで曲芸師のようだった。


「ぷっ」


 人間性を捨てている魔導師などは、そのシュールさに思わず吹き出した。王太子は、我に返り、


「エミ!」


 と、エミを助けにかけだした。

 しかし、王太子が一段目に足をかけたが最後、彼もまた概念に取り込まれ、進むことができなくなった。必死の形相で、一段目を上り続けている。


「痛い! 痛いーッ! 何してるの、殿下ーっはやく助けてよおーっ!」

「助ける! 走ってる! でも君の元へ行けないんだ!」

「うわああああー!」


 魔導師がもう耐えきれないと言うように、大笑いしだした。お腹を抱えての大爆笑である。

 騎士団長令息と、宰相令息は、いっそ呆然として、どうしたものかとこの光景を見上げていた。


 いったい何故、こんなことになったのだろう?



 ◇


 リリアーナは、その場をとうに後にしていた。騒ぎに紛れ、彼女の存在に誰も気づきはしなかった。

 背後に、エミの悲鳴が、余韻となって響いてくる。


 エミ。あなたは遅いのよ、全てが。


 リリアーナは笑う。

 ゲームの展開に固執して、こちらの出方を全く計算にいれないなんて愚かの極み。ヒロインだからと、思考を放棄するから、そんなことになるのだ。


 そこで一生踊り続けなさいまし。

 そうすれば、この世界の“神”が、あなたをバグだと見なして、あなたの存在をこの世界から抹消するでしょうから。

 おまけの王太子も、冥土の土産に差し上げる。二人で元の世界でもどこかの異世界のモブにでも成り下がるとよろしい。


 転生者は二人もいらない。

 そして、今日から私こそが、正真正銘のヒロインなのだ。


 いけない、まだ勝利の美酒には早いわ。

 リリアーナは、わきあがる笑みを抑え、ひとり廊下を歩いていった。



 《完》

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― 新着の感想 ―
 なんか怖かったです。  ポイントはラストシーンの「そこで一生踊り続けなさいまし」でしょうね……。  笑ってしまう魔道士がいいスパイスになって、少しコミカルに見えてしまう展開ですがリリアーナの冷酷さ…
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