鬼島組からの招待
遼とのママゴトのような交際は順調に進み、季節が変わり、夏になっていた。うだるような暑さの中、柊人はコンビニの袋からアイスを取り出し、遼に渡した。遼は袋の上からパキリと中身を割ると、袋をあけて、二本の棒の片割れを柊人に手渡した。プリンが主流だった二人のおやつは、今はもっぱらアイスだ。中身が変わっただけで、二人でベンチで並んで食べるのは変わらない。
「――夏祭り? ああ、商店街が毎年やってるあれか」
遼がランドセルから取り出したチラシを横から覗き込み、柊人は言った。地元の神社の境内に夜店を出して、小規模ながら祭りの最後には花火があがる。大したイベントごとの無いこの街では、唯一と言って良い楽しいイベントだ。
「俺、組のやつらの手伝いで毎年行ってんだけど、今年は柊人も一緒にいかね?」
「手伝いで?」
「おう。屋台の半分はうちの組の出店だから」
「そ、そうなんだ?」
確かに祭りは大事なシノギの一部だと聞いたことはあるけれど、まさかそんな子供の頃から慣れ親しんだイベントに、組の皆さんが駆り出されているとは知らなかった。それどころか、遼まで――。と言っても、仕事とは名ばかりで、きっと友達のいない遼を祭に連れ出してやる口実だったのだろう。
「僕、お邪魔じゃないの?」
「え、なんで? あ、手伝いなら俺、今年は祭り見てまわりてぇからって断るし、その……柊人に一緒にまわってほしい」
照れくさいのか、ほんの少し俯いてお願いをする遼に、柊人はギュっと抱きしめてしまいたいのを必死に我慢しながら、「いいよ」と頷いた。
「ほんとか!?」
「うん。祭りなんて高校の時彼女と行ったの以来かも」
「ハァ!? 女の話なんてしてんじゃねぇよ。クソッ」
一丁前にヤキモチをやく遼に、ははっ、と思わず笑い声が漏れる。流石ヤクザのお家柄というのか、遼は大層口が悪い。まあ子犬がキャンキャン吠えているようなもので、可愛いものだけれど。
「じゃあ、一週間後。またここで」
「絶対、浴衣着て来いよな!!」
「うん。遼もね」
そんな約束を交わした帰り道。
柊人は今夜の張り込みの算段を立てる一方で、浴衣はどこで調達しようかと考えつつ、ぶらぶらと歩いていた。
すると、突然黒塗りのワゴンが柊人の前を横切った。
「うわっ、」
柊人の真横に急停車したそれに、あぶなっ、と叫びそうになった所で、ワゴンから出てきたスーツ姿の男に両脇から抱えられ、車の中に放り込まれる。
「兄さん、ちょっと顔貸してもらえますかね?」
「なあに、暴れなければ痛いことはしませんよ」
「お話をね、伺いたいだけなんで」
柊人の身体を後部座席に両脇から挟むようにして抑えつけている二人と、運転席の男が口々に言う。
見るからにカタギではない人たち。スーツの柄は縦じまで、中のシャツは派手な柄シャツ。泣きたいほどに分かりやすい。そして、柊人がこの手の人たちに連れ去られる心当たりなんて、たった一つしかない。
「あ、はい……できれば、お手柔らかにお願いします……」
早々に抵抗を諦めた柊人は、降参のポーズで両手を上げながら苦笑いした。
(とうとうこの時が来たか……)
正直、いつかはこういう日が来ると思ってはいた。
遼の立場は、遼が思っているほど自由なものではない。遼の実家の鬼島組は、親分筋の昇竜会で跡目争いが勃発し、それに乗じて下剋上を狙う羽柴組とが抗争中である手前、直接的ではないにせよ、抗争の真っただ中にある。つい先日も、新聞の一面に隣町で昇竜会の幹部の一人が刺され、この街の鬼島組の息のかかった病院で治療中だとニュースになったくらいだ。
組長が、大事な一人息子の動向を気にしないはずがない。
遼と公園で会う時も、何度か入り口付近にとまっている、窓にスモークのかかった黒塗りセダンからの視線を感じたことがある。大方、既に柊人の仕事からなにから全部調べ上げた上で声をかけてきたのだろう。
車を走らせること、約20分程度。見慣れた鬼島組の門構えが見える。
門番に向かって運転席の男が窓から手をあげて軽く合図をすると、車庫のシャッターが開く。
中には一様に黒塗りの高級車がブランド、大きさも色々に取り揃えられていて、車には少なからず興味のあった柊人は、ほう、と感嘆の息を漏らしてしまった。
「降りろ」
背後からドンと小突かれて、先に出た男が開けたドアの向こうに身体が押し出される。
「っと……、出来ればもう少し丁寧にしてくれません?」
「そいつはスイマセンね。堅気の相手は久々なもんで」
運転席の男が、車を降りて柊人の前に立つ。
背は170センチ丁度の柊人より頭一つ分高く、なにより筋肉の盛り上がった腕が窮屈そうにスーツにおさまっている辺りが武闘派を思わせる。
「突然お呼びたてしてすみません。私は遼お坊ちゃんの世話係に就かせてもらってます、鬼島組の辰巳っちゅーモンです。以後お見知りおきを」
「ああ、貴方がタツさん!」
遼がいつもタツが、タツが、と気安く呼ぶものだから、柊人も思わず気が緩んでしまって、へらりと笑った。それに釣られるように、辰巳も苦く笑って、ハァ、と呆れたようなため息を吐いた。
「坊っちゃんはアンタに俺のことなんて言ってるんですか」
「口うるさいけど、俺のこと可愛がってくれるお兄ちゃんみたいな存在って言ってましたよ」
「本当かねぇ」
辰巳はガシガシとスキンヘッドをひっかくと、胡乱な目付きで柊人を頭のてっぺんから爪先まで見下ろし、ニヤリと笑った。
「胡散クセェ野郎だが、度胸だけはありやがる。普通こんなとこに連れてこられたらもっとビクビクしてるもんだが……」
「リョウちゃんがいっぱい教えてくれましたから。あの子にとってはこの組の人は大事な家族でしょ?」
「知った風なこと言いやがる。まあいい。ついてこい」
辰巳は庭を進むよう顎で柊人に指示する。
柊人は車で柊人を拘束していた二人に軽く頭を下げて、辰巳のあとついていく。
広い日本庭園の真ん中をつっきる道を行けば、これまた趣深い和風家屋の入り口に辿り着いた。