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将来は約束されたスパダリです

 ――あの時のリョウちゃんは、カッコ良かったなあ……。


 差し出されたプリンをつつきながら、柊人はぼんやりと出会いの思い出に浸る。こういう時、大体柊人の反応は鈍くなるのだが、遼と会っている時にはよくあることなので、遼は特に気にすることなく柊人の横でプリンにパクついている。


 遼と付き合いだして、もう一か月が経とうとしている。

 意外なことに、彼に夢中になっているのは柊人の方だったりする。


 放課後毎日柊人のところにやってくる遼は、好きだ、綺麗だ、とことあるごとに柊人を誉めそやしてくる。

 ドラマの真似だったり、両親の影響だったりのようだが、遼の愛情表現というのは世間一般では使われないような、やたらと大げさなものばかりだ。遼を見ている限りでは、彼の両親は非常に仲の良い夫婦のようだ。それだけ聞くと微笑ましい限りだが、それが鬼島組の組長と、その極道の妻の話だと思えば、少しばかり背筋が震える。

 なまじ家が裕福なせいか、プレゼントの類も結構あって、子供のお小遣いでは到底買えるとは思えないようなデカイ花束とか、時にはヒカリモノを持ってきたこともある。流石に高そうなものは、後が怖いので家に持って帰って貰ったが。


 教育もしっかりと施されているようで、強いものが弱いものに手を出すべからず――と叩き込まれているのか、遼は学校で幾らイジメられたとしてもやり返すようなことは一切なかった。彼は極道一家の跡取り息子として、大切に育てられているのだろう。組を愛し、家族を愛し、とても誠実な心を持っていた。

 そしてなにより、恋人である柊人の扱いはとても丁寧で礼儀正しかった。


(僕、恋人からこんな風に大事にされたことってないし、僕が大事にしたいって思ったこともない)


 仕事柄、恋愛で身を亡ぼす様も山ほど見ているし、人間関係の酸いも甘いも知り尽くしている。恋人なんかより仕事を優先させる結果、誰かと付き合ったところですぐに別れてしまう。見た目だけで言えば、柊人は優しく大人しそうで、きっと誠実に見えるんだろう。しかしそれは、仕事において警戒心を抱かれない為の偽装の面もある。

 なんにせよ、柊人はそこまで身綺麗な男ではない。スクープを取る為に、ターゲットと寝るなんてこともあったし、極力ワンナイトで爛れた恋愛関係を送って来た柊人にとって、遼の存在は信じられないほどに眩しかった。 


(そんなの、好きになっちゃうのは仕方ないよね)


 この子供が可愛いと思う。カッコイイと思う。

 ごくごく自然に好きだと思って、だからこそ、傍にいたいと思う。 


 勿論、この感情がいわゆる”恋愛”と言えるのかは難しいところだが、このままずっと彼との関係が続いて、遼が柊人の身長を追い越す頃には、そういう関係だって吝かではないと思う。

 少なくとも、彼が大人になるまで彼を手放しなくないと、柊人が思っているのは事実だ。


 例えば遼が二十歳になった時、柊人は三十一だが、それならまあアリだな、と計算している自分がいる。


「柊人」

「ん?」

「お前も、ついてんぞ、そこ」

「――?」


 気もそぞろに口に運んでいたせいだろう。

 口の端にプリンが付いていることを指摘され、柊人は慌ててそれを指先で拭おうとする。

 けれどその手は、遼に掴まれてしまった。


「俺が取る」

 言って、遼の伸ばした舌先がぺろりと柊人の口の端を舐めて行った。

 途端、頬がカっと熱くなったのが自分でも分かった。


「ハハ、何、照れてやがんだよ」

「……リョウちゃんが悪いんだろ! ほんと、最近は変に余裕があって、可愛くないよ?」

 ほんの少し拗ねた素振りで顔を逸らすと、遼の戸惑う気配がして、ぺたりとその手が、柊人の背中に押しつけられた。


「なんだよ、嫌だったのかよ」

 あるはずもない犬の耳と尻尾が、がっかりと垂れさがっているのが見えるような遼に、縋るように見つめられると、とても弱い。


「あーもー! リョウちゃん、それ絶対分かっててやってるでしょ? くそっ……」


 たまらない気持ちになった柊人は、おもむろに遼の頭に手をのばすと、わしゃわしゃと髪を撫でまわす。


「あ、こら! やめろって! 折角髪決まってたのに!」


 柊人に会う為に、これでも髪型とか服とか、気にかけているところが可笑しくてたまらない。それは彼を子供だからと馬鹿にしているのではなくて、単に愛しいということだ。

 

「リョウちゃんはどんな時でも男前でしょ?」

 言ってやれば、ぐぬぅ、と悔しそうに唇を噛んで、

「そ……れは、そう、だけど!!」

 と、絞り出すような声で言い返してくる。

 口先三寸で、それなりに危ない界隈を渡り歩いてきた柊人に、まだお子様である遼が口で勝てるはずはないのだが、一丁前に彼は負けるのが悔しいらしい。


「リョウちゃんはさあ、きっと大人になったら絶対、すっごい天然タラシになるよ」


 柊人は昔から、何を考えているのかわからないと言われることが多かった。感情が、表情にあまり出ないからだ。友達相手に怒ったこともないし、悲しくて泣いたこともない。そこまで相手に興味が無かったし、事実心を動かされることがなかった。

 誰にでも優しく出来るから友達は多く、敵も作らない。

 人当たりが良いから、人づての情報集めが基本の、ゴシップ関係のライター仕事は性にあっていた。自慢ではないが、人を振りまわすことには慣れていても、振り回されることには慣れていない。


 だから、遼といる時は戸惑ってばかりだ。遼が具体的に何かをして、柊人を困らせる訳じゃない。今みたいに、遼に――こんな子供一人に、心を奪われて爆発しそうな感情に振り回される自分が、何より柊人は不可解なのだ。


「……なんだそれ。アホくせぇ」


 呆れた溜息を零した彼は、柊人の手のひらに自分の小さな手のひらを重ねて、


「だったらしっかり捕まえとけよ」

 大人になるまで――と、気の遠くなるようなことを平然と言った。


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