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ふたりの出会い


 ――半年ほど前のことだ。


 柊人が人気の若手俳優の張り込みを終え、約二週間ぶりに暇が出来た時だった。大抵の子供が夕飯時で帰り始める頃になって、一人姿を現した彼に偶然目が止まった。

 彼は何故か体中包帯まみれで、なんだか不機嫌そうに口に突っ込んであるロリポップを噛み砕いていた。滑り台の上に一人でぽつんと昇って、まるで恨みでもあるんじゃないかって程の凶悪な瞳で前方を睨みつけていたのが、妙に印象に残った。


 それから柊人は何度も彼を公園で見かけた。

 柊人の気晴らしの時間と彼がここに来る時間がかぶっていたのだろう。

 彼は、いつも孤独だった。実際にどうなのかはわからないが、柊人にはそう見えた。

 小さな膝を抱えて、時には泣いて、時には空に吼えていた。怒っている時もあったし、単純に悲しんでいることもあった。いったい彼がその小さな体に、何を抱え込んでいるのか、柊人には到底分からなかった。柊人が彼くらいの年齢の時は、放課後は日が暮れるまで友達と遊び、暗くなるころには「バイバイ、また明日ね」と言って、友達と手を振り合って別れたものである。


(寂しくないのかな……)


 柊人は特別子供好きな性格ではないし、人に優しい性質でもない。ただ、気になったものをとことん追求するような、悪癖はあった。今の仕事だって、その性格が高じてやっていると言っても過言ではない。ほんの少しの引っかかり。その直感のようなモノを、柊人は大事にしていた。

 だから、いつも独りぼっちで妙に柊人の気を引く彼に声をかけるのを、柊人は躊躇わなかった。


「君、カッコイイね」


 最初の声かけは、随分と捻りのないモノだった。というか、完全に怪しい。

 いつも通り、誰もいなくなった頃に滑り台に上った少年を追いかけて、柊人も十数年ぶりに、台に上った。  

 てっぺんで一人背を丸めていた彼は、いきなりの闖入者に目をぎょっとさせて、言葉の意味を考えるより先に、思考が停止してしまったらしかった。大きく見開かれたまん丸の瞳が、柊人の顔をじっと凝視していた。


「僕、毎日君のこと見てたんだけど、知ってる? 君さ、髪がすごい金髪じゃない? それが夕陽に映えるっていうか、目立ってたよ。凄く」


 漆黒の柊人の髪と比べれば、やたらと明るい彼の髪色は、彼が身にまとう陰鬱な空気とちぐはぐで、柊人の目にはもの珍しく映った。ランドセルを背負った小学生ながら、彼の頭髪は日本人ではありえない人工的な金色で染まり、毛先にはネイビーのようなメッシュがちらほらと入っていた。


 更に目を引くのは、小さな耳たぶに不釣り合いにバチンと決まっているシルバーのリングピアス。大人用としては細く、目立たないタイプのごくシンプルなピアスでも、子供がするには厳つい印象だ。

 この年の子供が自分でそういったお洒落にここまで熱心になるとも思えず、大方親の趣味なのだろうと考える。そもそもこの異質な容貌が、彼を独りぼっちにしてしまっているのかもしれない。


 キラキラして綺麗だね――と、うっとり目を細めた柊人に、少年は口をぱくぱくとさせ、それから俯いて、震える声でこう尋ねたのだ。


「あんた……俺が怖くねえのかよ?」


 はっきり言って、この時点で残念ながら彼の頭はあまり出来が良くないのかもしれない、と柊人は思った。大人と子供。今のところその程度しか二人を区別する情報がない以上、客観的に見て圧倒的弱者は彼の方だった。しかし何が彼にそんな言葉を吐かせたのか、この時はまだ柊人には分からなかった。


「あはは。怖いってなに? 君、すっごく喧嘩が強いとか? そう言えばよく怪我してるもんね」

 例えば彼がクラス一の暴れん坊であったとしても、所詮子供だ。

 怖いはずがない。


(あるんだよね、子供の頃って――)


 イジメられるにしても、そう。まるで、世界の誰もが自分を知っていて、自分を疎んでいる。そう思い込んでしまう。たった数十人程度のコミュニティが、世界のすべてだと思ってしまう。彼の場合はどういう訳か、全人類が彼を恐れていると思い込んでしまったみたいだ。そんなこと、あるはずもないのに、彼は素直にそう信じているようだった。


「喧嘩は……弱くはねぇ…と思う。けど、そういうことじゃなくて」

「うん? じゃあどういうこと?」


 歯切れの悪い彼に、俺は続けて聞いた。

 彼は、うーとか、あーとか、口ごもってから、ぼそぼそと小声で話し始めた。


「俺、鬼島 遼(きじま りょう)っつーんだけど……」

「うん」

「きじま、って、鬼に、島で」

「う……うん?」


 そこまで聞いて、柊人は嫌な予感がした。勿論それは、鬼の字が名前に入っているから怖がられているとか、そんな可愛らしい理由ではなくて。この地域で鬼島と言えば、真っ先に浮かぶ家がある。


 昇竜会(しょうりゅうかい)傘下、鬼島組。

 ここら辺一帯をシノギとする、中核ヤクザの一家だ。職業柄、そっち方面に知り合いがいない訳ではないが、接触するのは大体不良あがりの下っ端ばかり。だけどこの子は現組長、鬼島龍平(りゅうへい)が五十を過ぎてから授かったという、大事な組の跡取り息子――鬼島遼、だ。


 頭の中に入っている膨大な量の資料情報から、彼に対する情報をピックアップする。しかしまあ、特別深くこの組に関する事件を調べたことはない。そもそも、鬼島組は名前こそおどろおどろしいが、特に目立った活動はしておらず、正月とかクリスマスには、地域の子供たちにプレゼントをくれるような、割と地域密着型の組なのである。


(僕も子供のころ鬼島の家の門のとこで、ラムネの瓶とかもらったなあ)


 実際、情報取引で関係をもった組の人たちにも悪い印象の人たちはいない。どちらかと言うと、政治家関係の方が、ねちっこくて恐ろしい人たちばかりだ。と言っても、そういう人たちと繋がって”ワルイコト”をしているのも当然ヤのつく人たちなので、決して気を許してはいけない人種であることは間違いないのだが。

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