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お坊ちゃん恋に落ちる


(でも、この子は――)


 子供は生まれる家を選べない。そりゃあ、その一家の中で育てられるのだから、一般家庭との常識が違ったり、この子の言動で迷惑をこうむる人たちもいるだろう。当然だ。この子のバックには恐ろしい人たちがついている。けれど、それとこの子自身とは別の話だ。


「俺、自分の家が普通じゃねぇって、わかってけど。親父も、おふくろも、組のみんなも、俺には優しいし……皆が怖がる理由、よくわかんねぇ」


 諦めたように笑う彼の表情は、年の割には随分と大人びて見えて、柊人はたまらない気持ちになった。これは同情心か、それとも庇護欲のようなものか。そんな感情が自分に備わっているなんて、知らなかった。柊人は一人っ子なので、年の離れた弟みたいな存在に、ちょっとした憧れみたいなのもあったのかもしれない。


「怖くないよ」と。

 言葉だけでなく、態度でも示そうと、柊人は遼の手を握る。包帯が巻かれた手では、強く握ったら痛いかもしれないと少し思ったが、構わずギュウと力強く握れば、遼は電気にでも撃たれたかのようにビビビと背を震わせた。それから、戸惑うように、けれどしっかりと柊人の手を握り返した。


 ふくよかで、小さな手だった。子供の手そのものだったが、彼は力を加減していた。柊人の手を、壊してしまわないように、大事に包んだのだった。


「カッコイイって……」


 今の今まで、働いていなかった頭がようやくぼんやりと動き出したようだった。少し前に柊人の言った言葉を繰り返して、本当か、と問う。


「本当に決まってる。俺、君のことほとんど何も知らないけど、その髪の色は綺麗で好きだし、君の顔もね。カッコイイだろ? だから、好きだよ」


 同じ言葉を繰り返すだけの、つまらない言葉の羅列だった。だって、柊人は遼の他のどこを褒めればいいのかちっとも分からなかったし、子供がどんな言葉を悦ぶのかなんて、想像もつかなかった。だから分かりやすく、カッコイイという、いかにも子供の喜びそうなワードを選んだ訳だが、遼はボンっと顔を赤くして固まってしまったのだから、間違ってもいなかったのだろう。


「お前、好きって言ったか?」

「え? うん。言ったよ」

「それも、本当か?」

「うん。もちろん」


 他意のない笑顔で、柊人はこくこくと頷く。

 嘘ではない。

 遼は、ふわふわとした色素の薄い髪と、わずかばかり吊り上がった大きな目が特徴的な、全体的に見てとても可愛らしい風貌をしている。生傷のせいでやんちゃ坊主と言った印象はあるが、育てばそれこそアイドルのような――さぞイケメンになるだろうということは容易にわかる。

 性格は、今のところ驚くほどに素直で、控えめ。

 柊人の言葉に一喜一憂しているさまは、見ていて微笑ましい。

 これからもずっとそうなのかは分からないが、少なくとも今、彼に抱いている感情は好意に他ならない。


「だったら……、しかたねえか」

 付き合うか、とボソリと言われて、「え?」と今度は柊人の方が訊き返す羽目になった。

 話の飛躍は、子供にはありがちだが、それにしたって唐突過ぎやしないだろうか。これは予想外な急展開だ。


「こないだ、タツとドラマ見てたら――って、タツってのは、俺の世話係ってやつなんだけど、ソイツが言ってたんだ。好きだったら付き合うんだって。そんで、カレシがカノジョを守ってやるんだって」


 タイトルを聞いてみれば、そのドラマは深夜枠で結構な大人向けの内容で人気を博しているもので、柊人も時々缶ビール片手に流し見したことはある。キスシーンもベッドシーンも多く、子供には刺激が強すぎる内容のような気がしたが、彼の家では特に問題視されていないようだ。

 尤も、愛憎渦巻く本筋のストーリーなんて、子供に理解出来るはずもない。だからこんな風に、変なところだけ切り取って記憶して、間違った知識が入ってしまうのだ。


「えと……嬉しい、けど。それって、ほら、男と男じゃなかったり、お互いが好き、ってのじゃないと駄目だったりしなかった?」

 真面目に説明するのも滑稽な気がしたが、一応は説明してやると、遼は目に見えてしょんぼりと肩を落とした。


「駄目……なのか?」

「いや、まあ世の中には色んな愛の形があるからね。男同士は別に駄目とかじゃないけど」


 子供の夢を打ち砕いてしまったことに胸を痛めながら、やんわりとフォローを入れる。そもそも、恋愛の概念がわかっていない子供相手に、どう説明したらよいのか分からない。


「じゃあ、好き同士ってのが問題なのか? ――それなら、問題ねえよ」

 遼と目線を合わせるために、しゃがみ込んでいた柊人の真正面、驚くほど近くに、彼の真剣な顔があった。ちょっとつり目がちの、大きな猫の目に似た可愛らしい瞳が、金髪の下でキラキラと輝いている。

 無邪気なようでいて、その瞳の奥には、なんだか有無を言わせない圧があった。まるで見つけた獲物を逃すな、と何かに駆り立てられているような、獰猛な何かが。

 それこそが彼の育った環境における、血筋の証明なのかもしれない。


「俺、お前のこと、好きになるし。なれるし」

「え? は?」

 ぐいぐいと前のめりになる遼に、気づけば柊人は乗り上げていた滑り台の階段から落とされそうになっている。

「大事にする!」

「うわっ……かっ、わ」

 思わず可愛い、と柊人が叫んでしまいそうなほど、耳まで真っ赤になって必死に告白する遼は可愛かったのだ。付き合うと言ったって、どうせ子供だ。何がある訳ではない。

 どうせママゴトのようなもの。そうであれば、ここで大人気なく彼を突き放す方が、柊人にとっては余程問題のように思われた。

 だから、柊人は頷いた。

 いいよ、付き合おうか、と。


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