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僕のカレシ

「――柊人(しゅうと)!!」


 呼ばれた声に、手元のスマートフォンを弄る手を止め、向出柊人(むかいでしゅうと)はゆっくりと顔を上げた。

 きっかり夕方、午後六時。

 柊人には、ここ――柊人の住むマンションから徒歩5分の児童公園――に毎日やって来る“カレシ”がいる。


 はぁはぁ、と息を切らして、全速力で柊人の座るベンチの方へと駆けて来た彼は、飛び乗るようにして柊人の隣にぴたりとくっついて座った。まだ元気があり余っているのか、地面に着かない足を、忙しなくバタつかせている。スニーカーの靴紐が跳ねる様子が可愛らしくて、思わず柊人は微笑んだ。


「こんばんは、リョウちゃん。今日も時間に正確だね。夕飯は?」

「もう食った!」

「もう? 早くない?」

「お前が……柊人が来るから、早めにしてんだ」

 少し照れたように唇を尖らせ、ぶっきら棒に彼は言う。元々、柊人の腰程度までしかない背丈の彼は、いつだって上目遣いだったが、今みたく柊人の機嫌を伺うように見上げて来る自信なさげな表情は、特に子供らしいと思えるものだった。


 そう、柊人の”カレ”はとてもとても小さい。背丈だけの話じゃない。

 体重も、頭の大きさも、手のひらも。

 どれを取っても、柊人には不釣り合いだ。

 そんなの、当たり前だ。

 彼は、12歳。柊人は23歳。

 年齢が一回り近く違うのだから、自然なことだ。


「じゃあ、今日は何する?」

「柊人は何したいんだ?」

「僕? うーん……」

 考える素振りをして、最初から決まっている返事を、勿体ぶってみせる。

「そうだなあ……リョウちゃんと一緒に、プリン食べたい」

「ほんとか!?」

「うん」

 頷いてやると、彼はカバンをごそごそと探って、安っぽい大きなプリンを取り出した。コンビニやスーパーで売っている、一番メジャーな奴だ。


「わあ、たまたま持ってるなんて凄いね、リョウちゃん」

 柊人の感嘆の声に合わせて、彼は得意げに鼻の下を擦る。

「お前、これ好きだ、つってたからよ。俺も、嫌いじゃねえし」

「僕の為に用意してくれたんだ?」

「おう!」


 ありがとうと微笑んで、彼の頬に触れるだけのキスをする。

 すると、彼はくすぐったそうに肩を竦めた。

 無邪気に笑う彼は、柊人の好物が自分と同じで、プリンだと思い込んでいる訳だが、本当のところ、柊人はプリンがあまり好きではない。というか、甘いもの全般が得意ではないのだ。

 けれど、彼が喜ぶのだから、このままで良いのだと思う。


 彼としては、プリンを柊人に与えるということで、世間的に言うカレシがカノジョに『奢ってやる』という行為をしているのと、同じ気分なのだろう。偉そうに、「やる」とプリンを突き出して来る仕草が、なんとも男前なのだ。

 彼がランドセルの他に小さな手提げを抱えている時は、そこにプリンを詰め込んでいるのだと、とっくに知っていた。柊人と一緒に食べるつもりで、二個用意していることも、紙製のスプーンも二人分ちゃんと持って来ていることも。全部分かってはいるが、彼は自分から柊人に「食べよう」と無理強いすることはないので、いつも柊人からそれとなく言ってやることにしている。


 彼は、いつだって柊人を優先する。

 だって、柊人のカレシだからだ。小さくたって、そのくらいの甲斐性はある。

 なかなか、将来有望そうだ。

 ぺりり、と蓋まで剥がして、スプーンの袋も破いてから、彼はそれを柊人に手渡す。何から何まで、お世話をしてくれているつもりなのだろうか。余程、彼から自分は、頼りなく見えているらしい。


(まあ、まだ一般の大人なら働いてるって時間に、ふらふら一人で児童公園に遊びに来てる大人なんて……そりゃ、ロクでもない風に見えるか……)


 実際は、時間に縛られない仕事をしているだけの話で、柊人だって稼ぎは充分にある。フリーのライターとして、ちょっと危険なネタを扱っている柊人はその界隈では少しばかり名が売れている。

 芸能人のスキャンダルや、現役政治家の裏人脈の繋がりなど。その手の情報を手に入れる為、柊人の活動時間は専ら夜中から早朝までだ。朝から昼過ぎまで寝て、起きたらネットで更に情報を漁ったり、集めた情報を原稿にあげたりと、部屋での仕事も多くある。息抜きが出来る時間と言えば、リョウと会っているこの夕方のほんの僅かな時間くらいだ。

 その時間だって、単純に遊んでいる訳ではない。外を歩き、自分の目で見て、何気ない日常から些細な情報を集めるのは、趣味と仕事の両方を兼ねていた。


(最近は、この子につきっきりで、周りを観察してる暇もないけど)


 ガツガツと横でプリンを食らう彼の横顔を盗み見て、ふ、と目を細める。

 頬に飛び散っているプリンの欠片を指の腹でぐいっと拭きとってやると、突然のことにびっくりしたのか、彼は肩をびくりと震わせた。

「ごめん。ついてたから」

「あ、……そう……」

 かっこわりぃ、とボソリと呟いた彼に、柊人は胸が締めつけられるような愛しさを感じるのだった。


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